「2年で2%の物価上昇」は無理
15年2月28日
日銀の岩田規久男副総裁は2013年3月、就任前、国会で所信表明し、「2年で2%の消費者物価上昇率の達成ができなければ、辞任する」と語りました。あれからもう2年、その実現は不可能となりました。約束を守って辞任したほうがいいのではないでしょうか。
同時に誕生した黒田総裁は異次元の金融緩和に踏み切り、「2年程度で2%目標を達成する」、「できるだけのことをする」、「戦力の逐次投入はしない」と約束しました。総裁はデフレ脱却に向け、大胆な政策転換でデフレ心理を消し去るという意気込みでした。金融政策だけで物価を決められるほど単純ではありません。その後、「15年度中に達成する」と目標は後退しています。
たとえば、5年の目標が1,2年ずれても文句を言う人は少ないでしょう。2年の目標が1,2年ずれるとなると、「約束が全然、違うではないか」となりますね。それでも総裁は発言を事後的に小出しにして修正してきましたから、財務省出身者らしい巧妙さはあります。
「達成無理なら辞職」は不穏当
それに比べて、岩田副総裁は「実現できなかったら辞職する」でしたから、穏当ではありません。総裁より下位にいる副総裁が総裁より明確に、それも国会の発言で目標達成に言及するとは、いったい何だったのでしょうか。
経済、景気、金融は生き物でもあり、天気のようでもあり、コントロールも予測も難しいのです。だからこれまでの正副総裁の発言はこれまで、曖昧もこ、後に揚げ足を取られないような工夫を凝らしてきました。岩田氏のように「だめなら辞職する」といった人は、日銀史上、まずいません。よほど副総裁なりたかったのか。
今回の大胆な金融緩和の効果に、相当な自信か過信があったのでしょう。中央銀行は金融政策の軸であり、その動向に市場は過敏にします。岩田氏は就任前、学習院大教授で、積極緩和派の急先鋒、それまでの日銀の金融政策に批判的な経済学者でした。安倍政権の金融拡張的な経済思想にぴたりと合ったため、抜擢されたのでしょうね。
期限を切ったのも無謀
物価上昇率は、いろいろな要因で決まります。金融政策で方向性に影響を与えることはできても、きっちり「2年、2%」を約束するというのは無謀です。意気込みは買うけれども、また「近い将来に2%」というのならいいにしても、「2年」という期限まで明示することに、多くの経済、金融専門家は首を傾げ、懸念してきました。
原油が予想以上に下落し、物価が上がらなくなっている、とか正副総裁の周辺は言っています。国内物価といっても、海外要因に大きく左右されるのに、なぜ国内金融政策だけで物価上昇率が決まると考えてきたのか、不思議でなりません。副総裁は「電車の時刻表のようにきちんといかない」とか最近、いっていますね。元大学教授はこれまで何を研究してきたのでしょうか。
本人がここで辞めても、辞めなくても、景気情勢にはマイナスの影響も、プラスの影響もでないでしょう。プラスの効果があるとすれば、現実を知らない学者には、中央銀行のトップは務まらないということを世間に知らせ、今後の教訓にすることでしょうか。
黒田総裁についてもいえることがあります。物価上昇率は景気の体温であり、健康な体に戻して体温も正常になったかを計ってみるというならば、意味がありますね。かれらが今、やっていることには、むきになって温度計だけを懸命に温めているというおかしさがあります。だから国民が歓迎する原油安(輸入物価の下落を通じて国内物価も押し下げる)が「2%目標にとって都合が悪い」という本末転倒の反応がでてきてしまうのです。
「出口論」を歓迎する
そもそもインフレには、二つの類型があります。景気がよくなって需要が高まり、物・サービスが売れやすくなり、価格も上がるタイプ(デマンドプル型)と、円安などで輸入資材が上がり、国内価格も上がるタイプ(コストプッシュ型)があります。特に後者を消費者は歓迎できません。これをごちゃ混ぜにして「とにかく物価が上がれば」と願っているのが、彼らの経済学(リフレ派)です。
資産バブルの懸念も浮上し、日銀の審議委員や日銀内部に「そろそろ出口(異次元緩和の打ち切り)のことを考えねば」という反省が出てきたことは歓迎できます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます