今日、神奈川県は久しぶりの雨音に包まれました。普段ならしかめっ面をしてため息でもつくところですが、ここ数日空梅雨気味の猛暑が続いていた中にあっては、正に恵みの雨となりました。
小学校の教室で窓の外を見れば、欄干に打ちつける雨粒がいくつも飛び跳ねていました。それをジッと見ていた一人の支援級の子が、突然こちらにクルリと向き直ると
「共結先生、雨の音楽ってあるの?」
と質問してきたのです。
雨の音楽…と聞いて真っ先に思い浮かぶのが、
フレデリック・ショパン(1810〜1849)作曲の前奏曲『雨だれ』です。これは、ショパンの作曲した《24の前奏曲作品28》の中の一曲です。
《24の前奏曲作品28》は、ショパンが病気療養のために滞在していたスペインのマヨルカ島で1839年1月に完成しました。24曲がすべて異なる調性で書かれていますが、これはJ.S.バッハの大作《平均律クラヴィーア曲集》に敬意を表したものといわれています。
『雨だれ』は、その前奏曲集の中の15曲目の作品です。
(ショパンの自筆譜)
甘美なメロディを下支えするかのような左手の8分音符の連打が、まるで窓辺に滴る雨だれのようです。
パリの社交界で女流作家のジョルジュ・サンド(1804〜1876)と知り合って愛を深めたショパンは、地中海に浮かぶ島マヨルカ島へ渡りました。当時の有名人カップルのスキャンダラスな噂で騒ぎ立てるパリから逃れることと、病弱なショパンの静養も兼ねての長期旅行でした。
しかし島に到着後、ショパンが持病の肺結核をこじらせてしまいます。サンドによる献身的な看病を受け続けるもショパンの病状は死の淵をさまようほど悪化してしまい、またそうしたショパンの病状を忌避した島民たちによって山奥の修道院に追いやられてしまったのでした。
そんなある日、サンドはショパンを滞在先の修道院に残して買い物に出かけます。夜遅くにサンドが修道院に帰ると、一人残されたショパンは不安に苛まれながら作曲したばかりの曲を弾いていたのですか、その作品こそが、この『雨だれ』でした。
個人的な話で恐縮ですが、この曲は私が音楽大学の卒業試験で弾いた曲でもあります。当時のピアノの先生に
「卒業して世の中に出るんだから、ショパンの一つも弾けるようにしておけ!」
という一喝されたことで取り組んだ曲ですが、おかげさまで今では私が弾ける唯一のショパン作品となっています。
そんなわけで、今日はショパンの《24の前奏曲作品28》から第15番『雨だれ』をお聴きいただきたいと思います。辻井伸行氏が、2010年にマヨルカ島で演奏した動画でお楽しみください。