関東地方は、今日も猛暑日となりました。もう、具合が悪くなりそうを通り越して、頭がおかしくなりそうです…。
そんなこんなでダラダラしていたら無為に時間だけが過ぎていってしまって何のブログネタもなくなってしまうのでどうしたものか…と思ったのですが、今日は久しぶりに自筆譜シリーズをしてみようと思います。ということで、今日は最近登場率の高いリストをとり上げてみることにしました。
フランツ・リスト(1811〜1886)は、ハンガリー王国出身で、ヨーロッパ各地で活動したピアニスト、作曲家です。最近は晩年の姿を載せることが多かったので、今回は若い時の姿を載せてみようと思います。
若い頃のリストはご覧の通りのイケメンで、リストがリサイタルを開くと女性たちが熱狂して叫んだり、中には失神してしまう人もいたりしたといいます。
上の絵はパリでのリサイタルの様子を描いたカリカチュアで、つめかけた女性たちがステージ際まで押しかけて熱狂している様子が見て取れますが、さしずめビートルズのライブで熱狂するファンたちのような感じだったのかも知れません。
そんなリストの自筆譜が
これです。これはリストの《ピアノソナタ ロ短調》の自筆譜ですが、はるか昔にご紹介したショパンの自筆譜と比べると小節線が真っ直ぐに引かれ、音符の玉も読みやすく書かれています。
リストの《ピアノソナタ ロ短調》は、1852年から1853年にかけて作曲されました。ただし現存する最も早いスケッチは1849年に遡り、また同年の時点で初期形が演奏されることもあったのではないかと考えられています。
完成の翌年1854年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版され、ロベルト・シューマン(1810〜1856)から献呈された《幻想曲 ハ長調》への返礼としてシューマンに献呈されました。しかし、シューマン自身は献呈譜を受け取る前の2月27日にライン川に投身自殺を図ってしまい、未遂に終わったものの精神病院に入院してしまいます。
この作品が書かれたのは、ピアニストを引退したリストがヴァイマールの宮廷楽長に就任して5年近く経ち、キャリア的に最も充実していた時期でした。公開初演は1857年1月27日にベルリンで、弟子のハンス・フォン・ビューロー(1830〜1894)によって行われました。
このピアノソナタの特徴としては、ソナタであるにもかかわらず明確な楽章の切れ目は無く単一楽章で構成されていることや、主題変容の技法によって曲全体が支配されていることが挙げられます。このような技法で書かれたことによって、楽曲全体が高い統一感を示しています。
また、このソナタのエンディング部分は
作曲当初はリスト作品らしく華やかで力強く終わるように書かれていましたが、その後リスト自身の手によって大きく削除されて静かに消え入るように終わっていくように変更されています。上の自筆譜で赤い❌が書かれているのが始めの構造によるもので、その下の書き直された部分が最終決定された版ですが、
「ソナタにおいては、新しい終結が作品をはるかに良いものにしたことに疑いはない」
とも言われています。
この作品が発表された当時、この曲の賛否は真っ二つに分かれて、長い間議論が交わされました。出版直後の1854年、ロシア出身の作曲家アントン・ルビンシテイン(1829〜1894)はこの曲がそれまでとは違った新しい形式問題を投げかけていることを理解していましたし、リヒャルト・ヴァーグナー(1813〜1883)は
「このソナタは、あらゆる概念を超えて美しい。偉大で、愛嬌があり、深く、高貴であり、君のように崇高だ」
と、リストに賛辞を書き送っています。
一方で、献呈されるはずだったシューマンの妻でピアニストでもあったクララ・シューマン(1819〜1896)は、夫ロベルトの自殺未遂から間もない1854年5月25日の自分の日記に
「(リストのソナタは)ただ目的もない騒音にすぎない。健全な着想などどこにも見られないし、すべてが混乱していて明確な和声進行はひとつとして見出せない。」
「そうはいっても、彼には(献呈された)その作品のお礼を言わないわけにはいかない。それはまったく大儀なことだ」
と苛立ちの気持ちを書き残しています。献呈するはずだった当人の奥様からの言われようとしては、かなり辛辣なものです。
いずれにしても、このソナタは世々弾き継がれていき、今ではリストの重要なレパートリーのひとつとなっています。これまでにも、2008年に引退したアルフレート・ブレンデル(1931〜)やヴラディミール・ホロヴィッツ(1903〜1989)といった名ピアニストたちが、自身のリサイタルのプログラムにとり上げています。
そんなわけで、今日はリストの《ピアノソナタ ロ短調》をお聴きいただきたいと思います。20世紀を代表するピアニストのひとりであるスヴャトスラフ・リヒテル(1915〜1997)の演奏で、独特の世界観を持つリストの名曲をお楽しみください。