今日は曇天模様が続いたためか、前日に天気予報で脅かされていたほどには暑くはなりませんでした。それでも湿度の高さはなかなかなもので、冷房の効いた電車や商業施設から出るとちょっと汗ばんでくることもありました。
さて、今日は久しぶりに横浜に出かけました。今日は、以前に横浜開港記念会館で演奏会を行ったアンサンブル山手バロッコのメンバーが出演する
モーツァルトの室内楽のコンサートがありました。
会場は、港の見える丘公園にある
横浜イギリス館のホールです。こうした旧館は冷房設備が脆弱だったりするので、今日の涼しさは有り難いものとなりました。
今回のプログラムはオールモーツァルトで
◎フルート四重奏曲ト長調
◎《グラン・パルティータ》による、フォルテピアノ・フルート・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロのための《グラン・クインテット変ロ長調》(抜粋)
◎ピアノ四重奏曲第1番ト短調
という、なかなかの充実ラインナップです。
今回のコンサート一番の目玉は、何と言っても
モーツァルトが愛用していたアントン・ワルターのフォルテピアノのレプリカが使用されることです。
ガブリエル・アントン・ワルター(1752〜1826)は18世紀末から19世紀初頭にウィーンにおいて活躍した鍵盤楽器製作者で、18世紀後半における最も知られた楽器製作者の一人です。
モーツァルトが幼少期に演奏していた鍵盤楽器といえばチェンバロでした。それが、ロンドンでバッハの末息子であるヨハン・クリスティアン・バッハと出会った頃から現在のピアノの前身楽器であるフォルテピアノに移行していきました。
1781年にウィーンに移住して独立したモーツァルトは、ウィーンの名工として名高いワルターのフォルテピアノを所蔵していました。今回のコンサートでは
1800年頃に製作されたワルターモデルのフォルテピアノを、山梨県在住の楽器製作者である野神俊哉氏が再現したものが使われました。
会場に入ると
調律師の方による最終チェックが行われていました。因みにこの調律師さんは、今回のコンサートのチェロ奏者でもあります。
やがて開演時間となり、コンサートが始まりました。先ずは1778年頃に作曲された《フルート四重奏曲ト長調》が演奏されました。
次に演奏されたのは《グラン・クインテット変ロ長調》から第1、第2、第6、第7楽章です。この曲は1784年前後に作曲された《グラン・パルティータ》を、フォルテピアノとオーボエ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで演奏できるように編曲されたものです(今回はオーボエの代わりにフルートで演奏されました)。
この編曲を手掛けたのは、何と昨日の《グノーのアヴェ・マリア》にも登場したクリスティアン・フリードリヒ・ゴットリープ・シュヴェンケ(1767〜1822)なのです。あの、バッハの《平均律クラヴィーア曲集第1巻》の第1番プレリュードに『チョイ足し』しちゃった人物です。
このシュヴェンケは作曲家、鍵盤楽器奏者としての他に編曲者としても活躍していたようで、この《グラン・パルティータ》の編曲も手掛けていました。原曲はオーボエ✕2、クラリネット✕2、バセットホルン✕2 ファゴット✕2 ホルン✕4、コントラバスという総勢13名の大規模編成で演奏されるものですが、シュヴェンケはそれを巧みにピアノ五重奏に編曲しています。
休憩を挟んで後半が始まる前には
来場されていた製作者の野神俊哉氏によるワルターモデルのフォルテピアノの解説も行われました。
野神氏によって再現されたワルターモデルのフォルテピアノは、木材の美しさを活かした外観で、反対側から見ると
音域が現在のピアノよりも狭いこともあって、スラっとしたスタイルです。
発音のアクションは
グランドピアノと比べると非常にシンプルで、張られている弦も現在のピアノのピアノ線よりもどちらかというとチェンバロに近い細さです。
グランドピアノと比べると非常にシンプルで、張られている弦も現在のピアノのピアノ線よりもどちらかというとチェンバロに近い細さです。
響板や弦の張り方も
現在のピアノのような金属製の響板にクロス式でピアノ線が張られているのではなく
チェンバロと同じようにシンプルな木製の響板で、弦の張り方も
チェンバロと同じように真っ直ぐに張られています。
ところで、
このワルターモデルのフォルテピアノには、ピアノにあるべきものが見当たりません。何だかお分かりになりますか?
実は、このフォルテピアノには
音を伸ばすためのダンパーペダルや、音を弱めるためのウナコルダペダルが見当たりません。ではペダル機能は無いのかというとそんなことはなく、実は鍵盤の下に
こうしたレバーがついていて、これを膝で押し上げると、右がダンパーペダル、左がウナコルダペダルの役割を果たすようになっています。
音を伸ばすためのダンパーペダルや、音を弱めるためのウナコルダペダルが見当たりません。ではペダル機能は無いのかというとそんなことはなく、実は鍵盤の下に
こうしたレバーがついていて、これを膝で押し上げると、右がダンパーペダル、左がウナコルダペダルの役割を果たすようになっています。
後半のプログラムは、名曲《ピアノ四重奏曲第1番ト短調》です。
フォルテピアノと古弦楽器との演奏は、グランドピアノとモダン弦楽器での演奏と比べて音色の融和具合が絶妙でした。現代楽器での演奏だとどうしてもグランドピアノの音の強さが前面に出てきて、どうしても『ピアノVS弦楽器群』という力関係になってしまうのですが、繊細な音色のフォルテピアノによる演奏は弦楽器群を凌駕せずに響くので、全ての声部がきちんと融け合うのです。
勿論、現代楽器でのアンサンブルが無意味だとは思いません。それでもモーツァルトを演奏するにあたっては、この木の響板のフォルテピアノでの繊細な響きを知って演奏する必要があるのではないかと、改めて思いました。
久しぶりにフォルテピアノの音色を聴くことができて、幸せな気持ちになることができました。私も随分昔に演奏したことがありますが、またいつか自分でもピアノ四重奏曲を演奏したい気持ちになりました。