★ 短編を続けて4作読んだ。
★ まずは、藤沢周平さんの「時雨みち」(新潮文庫)から表題作。ある店で奉公をしていたところ仕事ぶりを見込まれて大店の婿養子となった男。それから20年、奮励の甲斐あって、商売は繁盛、店は日々栄える一方だ。
★ そんなとき、かつての奉公仲間が顔を出すようになった。同じ奉公人だったとはいえ、今では自分は大店の旦那、一方は行商で日銭を稼いでいる。最初は昔話に花が咲いたが、それも回を重ねるごとに煩わしくなってきた。何度か商売を助けてやり、少ないながら金銭の都合もつけてやった。しかし、月日が過ぎると、果たして自分の好意をちゃんとわかっているのかと、いら立ちさえ覚えるようになった。
★ ついに、その憤懣をぶちまけたのだが、そこでその男から若い日の不始末をつつかれる。今となっては痛くも痒くもないある女中との惚れた別れたの話だ。しかし、大店に養子に入るため、強引に分かれた不義理が気にかかる。彼は、昔の女に会いに行くのだが・・・。という話。
☆ 男の身勝手さを感じた。
★ 続いて読んだのが、あさのあつこさんの「みどり色の記憶」(「1日10分のぜいたく」双葉文庫所収)。中学3年生、いよいよ進路を考えなければいけない季節。友人は家を継いでパン職人になるという。自分は絵を描くことが好きだが、代々医師を継ぐ家庭、芸術系の高校へ行きたいとは言いにくい。
★ 彼女はかつて遊び、木登りをしていた落ちたこともある公園の大木を訪れる。そこで、不思議な声を聞くことに。
☆ 友人のパン屋さんの焼き立ての食パンが実においしそうだった。
★ 3作目は、高田郁さんの「ムシヤシナイ」(「1日10分のぜいたく」双葉文庫所収)。製麺会社を定年退職し、今は大阪のある駅の駅蕎麦の店長を務める中年オヤジ。電車の発着と共に、それぞれの生活を抱える人々と接してきた。
★ 東京に息子はいるが、孫の教育をめぐり口論の末、今は険悪疎遠な関係に。5年前に妻が先立ち、孤独ながらもつつましい毎日を送っていた。ある日、彼が切り盛りする駅蕎麦に長身の中学生がやってくる。どうやらしばらく会っていなかった孫のようだ。小学生だった彼も見違えるほど成長した。東京から大阪に来るとは、何かあったに違いない。しかし「ジイちゃん」は何も聞かずに、彼を泊めてやる。
★ 2日目、進学校での戦い(勉強)に疲弊し、苦戦を父親に日々なじられる苦しみを彼は告白する。このままでは父親を殺してしまいそうだと。「ジイちゃん」は深夜の駅蕎麦で彼にネギを刻ませる。そして「ムシヤシナイ」という言葉を教えてやる。
☆ 父親にも言い分はあるだろう。父親にとっては一人息子に一流の人物になって欲しいのだ。かつて苦学した自分の経験も影響しているのだろう。しかし、その気持ちが息子に伝わっていない。父親は無謀な暴君でしかない。これが少年の心を疲弊させ、家庭を不幸にしている。「ジイちゃん」との日々が「ムシヤシナイ」になってくれれば良いのだが。
★ そして津村記久子さんの「浮遊霊ブラジル」(文春文庫)。妻に先立たれ5年が過ぎた。男はそれなりに生活を続け、町内会の活動も積極的に行った。ある会合で、海外旅行の話が盛り上がり、町内有志でアイルランド・アラン諸島への旅が計画された。しかし旅立つ前に、彼は72歳の生涯を終える。心不全だった。
★ 物語は彼の死から始まる。アラン島への旅に執着する彼は成仏できずに浮遊霊となる。あるきっかけで人に憑く技術を身に付けた彼は、人と人を渡り歩きながらアラン島を目指すのだが、果たしてたどり着けるのか。
☆ 落語のような面白さがあった。
★ まずは、藤沢周平さんの「時雨みち」(新潮文庫)から表題作。ある店で奉公をしていたところ仕事ぶりを見込まれて大店の婿養子となった男。それから20年、奮励の甲斐あって、商売は繁盛、店は日々栄える一方だ。
★ そんなとき、かつての奉公仲間が顔を出すようになった。同じ奉公人だったとはいえ、今では自分は大店の旦那、一方は行商で日銭を稼いでいる。最初は昔話に花が咲いたが、それも回を重ねるごとに煩わしくなってきた。何度か商売を助けてやり、少ないながら金銭の都合もつけてやった。しかし、月日が過ぎると、果たして自分の好意をちゃんとわかっているのかと、いら立ちさえ覚えるようになった。
★ ついに、その憤懣をぶちまけたのだが、そこでその男から若い日の不始末をつつかれる。今となっては痛くも痒くもないある女中との惚れた別れたの話だ。しかし、大店に養子に入るため、強引に分かれた不義理が気にかかる。彼は、昔の女に会いに行くのだが・・・。という話。
☆ 男の身勝手さを感じた。
★ 続いて読んだのが、あさのあつこさんの「みどり色の記憶」(「1日10分のぜいたく」双葉文庫所収)。中学3年生、いよいよ進路を考えなければいけない季節。友人は家を継いでパン職人になるという。自分は絵を描くことが好きだが、代々医師を継ぐ家庭、芸術系の高校へ行きたいとは言いにくい。
★ 彼女はかつて遊び、木登りをしていた落ちたこともある公園の大木を訪れる。そこで、不思議な声を聞くことに。
☆ 友人のパン屋さんの焼き立ての食パンが実においしそうだった。
★ 3作目は、高田郁さんの「ムシヤシナイ」(「1日10分のぜいたく」双葉文庫所収)。製麺会社を定年退職し、今は大阪のある駅の駅蕎麦の店長を務める中年オヤジ。電車の発着と共に、それぞれの生活を抱える人々と接してきた。
★ 東京に息子はいるが、孫の教育をめぐり口論の末、今は険悪疎遠な関係に。5年前に妻が先立ち、孤独ながらもつつましい毎日を送っていた。ある日、彼が切り盛りする駅蕎麦に長身の中学生がやってくる。どうやらしばらく会っていなかった孫のようだ。小学生だった彼も見違えるほど成長した。東京から大阪に来るとは、何かあったに違いない。しかし「ジイちゃん」は何も聞かずに、彼を泊めてやる。
★ 2日目、進学校での戦い(勉強)に疲弊し、苦戦を父親に日々なじられる苦しみを彼は告白する。このままでは父親を殺してしまいそうだと。「ジイちゃん」は深夜の駅蕎麦で彼にネギを刻ませる。そして「ムシヤシナイ」という言葉を教えてやる。
☆ 父親にも言い分はあるだろう。父親にとっては一人息子に一流の人物になって欲しいのだ。かつて苦学した自分の経験も影響しているのだろう。しかし、その気持ちが息子に伝わっていない。父親は無謀な暴君でしかない。これが少年の心を疲弊させ、家庭を不幸にしている。「ジイちゃん」との日々が「ムシヤシナイ」になってくれれば良いのだが。
★ そして津村記久子さんの「浮遊霊ブラジル」(文春文庫)。妻に先立たれ5年が過ぎた。男はそれなりに生活を続け、町内会の活動も積極的に行った。ある会合で、海外旅行の話が盛り上がり、町内有志でアイルランド・アラン諸島への旅が計画された。しかし旅立つ前に、彼は72歳の生涯を終える。心不全だった。
★ 物語は彼の死から始まる。アラン島への旅に執着する彼は成仏できずに浮遊霊となる。あるきっかけで人に憑く技術を身に付けた彼は、人と人を渡り歩きながらアラン島を目指すのだが、果たしてたどり着けるのか。
☆ 落語のような面白さがあった。