じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

志賀直哉「流行感冒」

2020-10-20 10:23:39 | Weblog
★ 天声人語で紹介されていたので、志賀直哉の「流行感冒」(「小僧の神様・城崎にて」新潮文庫所収)を読んだ。

★ 志賀家で働く「石」という女中を中心とした話だった。志賀家では初めての子を亡くしてから、子育てにはかなり神経質になっていた。この辺りは他人目には、良家の親バカとも思えるのだが、子を思う気持ちに貧富、身分の差はない。

★ 志賀家には「石」、「きみ」という二人の女中がいた。スペイン風邪が流行していた時代。例年楽しみにしていた巡業芝居の観劇も今年は自粛することにしていた。ところが「石」は目を盗んで芝居に行ったようだ。それを疑う主人に「石」はウソを繰り返す。一事が万事、主人は「石」に暇を出そうと決心する。しかし、いざ門を出てしまうと、いささか極まりが悪い。「石」の将来が気になりだした。

★ とりあえず今回は許すことにした矢先、主人が流行感冒に感染した。あれだけ口やかましく感染しないようにと言っていた本人が罹ってしまい、少々気恥ずかしいようだ。それに妻や幼子にも伝染してしまった。さらに女中の「きみ」や東京から呼んだ看護婦まで。この時、活躍したのが「石」だった。昼間は普段以上に家事をこなし、夜はむずかる幼子を負ぶって、不眠不休の働き。その姿に主人は感心したようだ。やがて「きみ」が養生先の実家から帰ってくるともとに「石」に戻ってしまうのだが。

★ 普段はボーっとしていたり、欠点が目につく人物もいざというときには思いもかけない活躍をする。この場面が一番面白かった。
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薬丸岳「黄昏」

2020-10-19 01:57:30 | Weblog
★ 薬丸岳さんの「刑事の怒り」(講談社文庫)から「黄昏」を読んだ。情景がありありと浮かぶ作品だった。

★ 夏目信人は東池袋署から他署へ異動の辞令を受けた。同僚に惜しまれての異動だった。送別会が予定されたその日、事件が起こった。女性が母親をトランクに詰め放置していると通報してきたという。夏目たちが現場に急行すると、確かにベッドの上に死後数年を経た遺体がトランクに小さく詰められていた。

★ 外傷はなかったものの、女性は死体遺棄と年金を不正受給した詐欺で裁かれる可能性があるという。なぜ、女性は母親を3年間も放置したのか。通帳には葬儀を出せるぐらいの貯金は残っていた。それに女性と母親は5年前に厚木からこのアパートに引っ越してきたという。女性は仕事の都合と言うが。

★ 夏目は女性の供述に引っかかるものを感じて、捜査を続ける。そしてある事実に行き当たる。

★ 物語の運びがうまい。最後は「遺留捜査」の「3分間だけ時間をください」や「はぐれ刑事純情派」のような人情味のあるエンディングになっている。薬丸さんの作品をもっと読んでみたくなった。
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津村記久子「浮遊霊ブラジル」

2020-10-18 15:39:32 | Weblog
★ 短編を続けて4作読んだ。

★ まずは、藤沢周平さんの「時雨みち」(新潮文庫)から表題作。ある店で奉公をしていたところ仕事ぶりを見込まれて大店の婿養子となった男。それから20年、奮励の甲斐あって、商売は繁盛、店は日々栄える一方だ。

★ そんなとき、かつての奉公仲間が顔を出すようになった。同じ奉公人だったとはいえ、今では自分は大店の旦那、一方は行商で日銭を稼いでいる。最初は昔話に花が咲いたが、それも回を重ねるごとに煩わしくなってきた。何度か商売を助けてやり、少ないながら金銭の都合もつけてやった。しかし、月日が過ぎると、果たして自分の好意をちゃんとわかっているのかと、いら立ちさえ覚えるようになった。

★ ついに、その憤懣をぶちまけたのだが、そこでその男から若い日の不始末をつつかれる。今となっては痛くも痒くもないある女中との惚れた別れたの話だ。しかし、大店に養子に入るため、強引に分かれた不義理が気にかかる。彼は、昔の女に会いに行くのだが・・・。という話。

☆ 男の身勝手さを感じた。


★ 続いて読んだのが、あさのあつこさんの「みどり色の記憶」(「1日10分のぜいたく」双葉文庫所収)。中学3年生、いよいよ進路を考えなければいけない季節。友人は家を継いでパン職人になるという。自分は絵を描くことが好きだが、代々医師を継ぐ家庭、芸術系の高校へ行きたいとは言いにくい。

★ 彼女はかつて遊び、木登りをしていた落ちたこともある公園の大木を訪れる。そこで、不思議な声を聞くことに。

☆ 友人のパン屋さんの焼き立ての食パンが実においしそうだった。


★ 3作目は、高田郁さんの「ムシヤシナイ」(「1日10分のぜいたく」双葉文庫所収)。製麺会社を定年退職し、今は大阪のある駅の駅蕎麦の店長を務める中年オヤジ。電車の発着と共に、それぞれの生活を抱える人々と接してきた。

★ 東京に息子はいるが、孫の教育をめぐり口論の末、今は険悪疎遠な関係に。5年前に妻が先立ち、孤独ながらもつつましい毎日を送っていた。ある日、彼が切り盛りする駅蕎麦に長身の中学生がやってくる。どうやらしばらく会っていなかった孫のようだ。小学生だった彼も見違えるほど成長した。東京から大阪に来るとは、何かあったに違いない。しかし「ジイちゃん」は何も聞かずに、彼を泊めてやる。

★ 2日目、進学校での戦い(勉強)に疲弊し、苦戦を父親に日々なじられる苦しみを彼は告白する。このままでは父親を殺してしまいそうだと。「ジイちゃん」は深夜の駅蕎麦で彼にネギを刻ませる。そして「ムシヤシナイ」という言葉を教えてやる。

☆ 父親にも言い分はあるだろう。父親にとっては一人息子に一流の人物になって欲しいのだ。かつて苦学した自分の経験も影響しているのだろう。しかし、その気持ちが息子に伝わっていない。父親は無謀な暴君でしかない。これが少年の心を疲弊させ、家庭を不幸にしている。「ジイちゃん」との日々が「ムシヤシナイ」になってくれれば良いのだが。


★ そして津村記久子さんの「浮遊霊ブラジル」(文春文庫)。妻に先立たれ5年が過ぎた。男はそれなりに生活を続け、町内会の活動も積極的に行った。ある会合で、海外旅行の話が盛り上がり、町内有志でアイルランド・アラン諸島への旅が計画された。しかし旅立つ前に、彼は72歳の生涯を終える。心不全だった。

★ 物語は彼の死から始まる。アラン島への旅に執着する彼は成仏できずに浮遊霊となる。あるきっかけで人に憑く技術を身に付けた彼は、人と人を渡り歩きながらアラン島を目指すのだが、果たしてたどり着けるのか。

☆ 落語のような面白さがあった。
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乃南アサ「凍える牙」

2020-10-16 19:42:59 | Weblog
★ 乃南アサさんの「凍える牙」(新潮文庫)を読んだ。ベテランの男性刑事と若い女性刑事とのやり取りが面白かった。

★ 物語は劇的に始まる。ファミレスの客が発火したのだ。続いて、人が犬にかみ殺されるという事件が立て続けに起こる。目撃者の証言から、どうやら普通の犬ではなく「オオカミ」ではないかと思われた。誰かが意図して「オオカミ」を調教し、凶器に仕立て上げたのか。

★ 白バイに乗っていた音道貴子巡査も捜査に加わる。しかし、そこはパワハラ、セクハラ横行の男社会、そして相棒は、その権化のようなオヤジ、滝沢。貴子は最初、口を聞いてもくれなかったが、次第に実力を認めさせていく。

★ もう一人(?)の主人公はオオカミ犬の疾風(はやて)だ。終盤、貴子と疾風が見つめ合うシーンは、空気が凍りそうな緊張感が漂う。それでいて、両者の間には温かい心の通い合いも感じる。

★ 韓国映画では、中年刑事をソン・ガンホさんが、音道巡査をイ・ナヨンさんが演じていた。ソンさんはさすがに芸達者だが、イさんの美しさには目を見張った。

★ 日本でも2度ドラマ化されているというから、機会があれば観てみたい。中年刑事役は小林稔侍さんが良いように思うのだが、どうだろうか。音道役は誰が良いかな。30歳前半でバイク姿が似合う人だね。迷うところだ。

★ 乃南さんの作品は他も読んでみたい。
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映画「太陽を盗んだ男」

2020-10-15 23:25:13 | Weblog
★ 映画「太陽を盗んだ男」(1979年)を観た。面白かった。

★ 教職に情熱を失った理科教師が、一人で原爆をつくり、それを使って国家権力を脅すというストーリーだった。プルトニウムを盗んだり、普通のアパートで核物質を精製し原爆に仕上げるといったことは現実にはありえないだろうが、そう思いながらも見入ってしまう。

★ この理科教師に政治的あるいは宗教的意図は感じられない。今で言えば愉快犯だ。犯罪を犯している自分に酔い、自らの犯罪によって自己を顕示する。犯罪を通してしか他人や社会と接するとができない。原爆は彼にとっては作品であり、生きている実感なのだろう。

★ 理科教師を沢田研二さんが迫真の演技で見せる。彼を追う警視庁の刑事役は菅原文太さん。この二人の対峙が見ものだ。日本ではめったに見られないカーチェイスもすごい。

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宇佐見りん「かか」

2020-10-14 15:58:20 | Weblog
★ 宇佐見りんさんの「かか」を読んだ。圧倒される言語感覚。既成の言語世界を超越した新しい時空を体験したようだった。

★ 文藝賞を受賞した宇佐見りんさん、それに「アキちゃん」で文學界新人賞を受賞した三木三奈さん。この二人のこれからが楽しみだ。

★ 「かか」は主人公のうーちゃんが「おまん」に語るという独白体で書かれている。「かか」とはうーちゃんの母親のことで、この「かか」は独特な言葉遣いをするらしい。いわゆる「かか弁」。本作は「かか弁」で書かれている。

★ 音便や活用が既成の文法を超越。それでいて意味が通るのは、文法の骨格はしっかりしているからだろう。ときどき見られる豊かな言語表現にはド肝を抜かれる。例えば「風のくらく鳴きすさぶ山に夕日がずぶずぶ落ちてゆき、川面は炎の粉を散らしたように焼けかがやいていました」(15頁)、「かかは十四歳の娘のまだ鼠の毛のようだった柔こい髪にかおを埋めて胸一杯に吸いました。頭皮に感じる小さな痛みの先を自分の指で辿ると、髪を絡めたかかの指が涙で濡れているのんがわかります」(32頁)など。

★ 「かか」は心が病んでしまった。酒を飲んで暴れまくり、遂には病院に入れられる。背景にはババとの母娘関係やととの浮気があったようだ。その「かか」が今度は癌に冒される。うーちゃんは、妊娠して「かか」を生みなおそうと旅に出る。

★ 随所に、女性の業やアイデンティティを感じさせる表現がある。SNS世代ならではの表現も多い。

★ 時代の移り変わりを感じさせる作品だった。
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伊集院静「残塁」

2020-10-11 22:30:37 | Weblog
★ 伊集院静さんの「乳房」(講談社文庫)から「残塁」を読んだ。

★ 演出家として成功している主人公のところに1枚の葉書が届いた。かつて大学生の頃、同じ野球部で過ごした知り合いからだった。彼は大学卒業後、数年プロ球団に所属し、今は自分で焼き鳥屋をやっているという。主人公はワクワクする気持ちと何か割り切れない気持ちを併せ持ちながら、彼に会いに行くことにした。

★ 20数年ぶりの再会。上下関係が厳しかったかつての部活の様子や上級生の制裁から逃れて街中にオアシス(飲み屋)を求めた日々のことが思い出される。

★ やがて、主人公は割り切れない気持ちの正体を知る。20数年のわだかまりが解けていった。

★ 短い作品だが、何かひかれるものがあった。
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「芸術家の本懐は」

2020-10-11 13:45:54 | Weblog
★ 浜口雄幸首相は東京駅で凶弾にたおれた時、「国家の為に斃るれば寧ろ本懐とする所だ」と言ったという。(城山三郎「男子の本懐」新潮文庫、307頁)

★ 浜口が他界して数年後、盟友、井上準之助もまた凶弾に斃れる。

★ 話は変わって、仏の出世の本懐は開示悟入だという。「仏が衆生の知見を開き、教えを示し、悟らせて仏果に入らせること」(広辞苑)が仏の出現の目的だという。

★ アニメ「ゴールデンカムイ」の第2期を観ていて、「芸術家の本懐は作品を世に残すことだ」というセリフを聞いた。言われてみれば当然のことだが、「ハッ」とした。作者は死んでも作品は残る。

★ さてさて、教育者にとって「本懐」とは何であろうか。弟子を育てること、後継者を育てること。仏の出世の本懐を慮ると、実に高尚な使命があるように感じた。身の引き締まる思いがした。
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町屋良平「青が破れる」

2020-10-10 19:34:56 | Weblog
★ 町屋良平さんの「青が破れる」(河出文庫)を読んだ。町屋さんのデビュー作で、文藝賞受賞作。

★ ボクサー志望の主人公とその周りの同世代の人々を描いている。前半のリズムは体言止めが多く、ラップ調の感じがした。後半は散文になってきた。淡々とした文体が印象的だった。

★ 自動変換されそうな漢字が平仮名表記されているところ、作者の思い入れがあるのだろうか。

★ 濃密な表現とは程遠いが、このあっさり感が「今」的なのだろうか。芥川賞受賞作も読んでみたい。
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小池真理子「恋」

2020-10-10 11:23:08 | Weblog
★ 小池真理子さんの「恋」(新潮文庫)を読んだ。久々に熱中した。作者自身が「あとがき」に書いているが、まさに神がかり的な面白さだった。

★ 物語は葬儀の場面から始まる。ちょうど日本中が連合赤軍による浅間山荘事件に目を奪われていた時、同じ軽井沢で、もう一つの猟銃による射殺事件が起こっていた。その事件を起こした女性の葬儀であった。

★ 時代は葬儀から2年前にさかのぼる。鳥飼というノンフィクション作家が刑期を終え隠れるように暮らしていた女性、矢野布美子への取材を始める。物語はそこから彼女の証言という形で進む。

★ 学生運動が吹き荒れる1970年。大学生の矢野はアルバイトで、ある助教授の翻訳を手伝うことにした。助教授夫妻が住む世界、それは左翼グループのたまり場と化した安アパートで、日銭で暮らす彼女にとって異次元であった。

★ 彼女は、助教授夫婦の奔放な生活に翻弄されながらも、彼らとの一体感に充実を感じるようになる。

★ しかし、そのバランスがある男の出現で崩れる。助教授夫人がその男と「恋」に陥ってしまったのだ。遊びなら共々に性愛を許しあっていた助教授夫妻。しかし、夫人の本気の「恋」に夫は嫉妬し、彼らと一体化していた主人公の心も乱れていく。そして、知らされたある秘密。

★ そこから、物語は急流のようにクライマックスを迎える。

★ ストーリーの面白さ、人物の活写、文章のうまさ、構成のすばらしさ、それだけでは言い尽くせない作品だった。
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