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はりさんの旅日記

気分は芭蕉か司馬遼太郎。時々、宮本常一。まあぼちぼちいこか。
     

新緑の大原の里 古知谷 阿弥陀寺へ

2024-05-12 10:39:39 | 寺社めぐり
この日は絶好のお出かけ日和になりました。
めざすは大原の里の奥にある古知谷 阿弥陀寺です。
実は前日にブログ仲間のtakayanさんからコメントをいただいたのですが、その中に阿弥陀寺に行かれたとありました。
阿弥陀寺では九輪草が見ごろを迎えているようです。

山が笑っています。


京都市内を抜けて大原の里にやって来ました。新緑が美しかったです。


阿弥陀寺の山門にやって来ました。2022年の秋(11/22)に訪れて以来です。


山門から本堂までは車なら3分ほどですが、歩けば10分です。道が狭いので、今回も歩きを選択です(笑)


緑の中を歩くので苦にはなりません。


静かな参道を進みます。


苔むした石仏もありました。


小さな滝もあります。


「くんしんしゅにくをきんじる」と読むのでしょうか。
要は、ニンニクなどの匂いの強い野菜や肉、酒を飲んだ者は入ってはならぬということでしょう。
昨日、餃子とビールを飲んだけど大丈夫かな(笑)


名前はわかりませんが、一面が黄色になっていました。


秋は紅葉が素晴らしい阿弥陀寺です。


苔むした石垣が歴史を感じさせてくれます。


阿弥陀寺の歴史を語ると長くなりそうなので、割愛させていただきます。


受付を済ませて本堂の前に立つと、素晴らしい景色が待っていました。


山深いところに阿弥陀寺はあります。


本堂前のカエデも新緑に輝いていました。


そして、客殿に入ると、お目当ての九輪草が咲いていました。


庭におりると見ごろを迎えた九輪草が咲き誇っていました。


今回はここまでです。次回につづきます。

※訪問日 2024.5.10

百済寺の石段とミツマタ

2024-04-01 18:15:15 | 寺社めぐり
百済寺の庭園で猩猩袴(ショウジョウバカマ)を楽しんだら本堂にお参りです。
本堂には長い石段を登って行くのですが、その石段が百済寺の魅力だと思います。
この石段と紅葉や新緑を何度か撮りにきました。

歴史のある石段です。本当はもう少し下にある赤門から歩くのが一番なんでしょうが、まだ歩いたことはありません。


仁王門が見えてくるあたりが一番の撮影ポイントです。


今回は石段の右側にミツマタが咲いていました。


この時期に来るのは初めてなので、百済寺のミツマタも初めて見ました。


仁王門が近づいてきました。


この辺りにも沢山のミツマタがありました。


苔の中にカタバミも咲いていました。


ミツマタを眺めながら本堂に向かいます。


本堂の前にもミツマタがありました。


帰り道に石段からショウジョウバカマの群落が見えました。


百済寺では、この時期にショウジョウバカマとミツマタが楽しめるのがわかりました。


下まで戻ると、またまたニャンコが見送りに来てくれました。


※訪問日 2024.3.27

<おまけです>
連れ合いさんがご朱印をいただきましたが、なんと金色でした。


熊野を旅しました(花の窟神社)

2024-03-15 19:15:55 | 寺社めぐり
熊野で訪れた神社で一番印象に残っているのは、新宮にある神倉神社です。
その御神体であるゴトビキ岩には圧倒的なパワーを感じました。
そして、今回訪れた花の窟(いわや)神社も神倉神社と同じく巨岩が御神体でした。

道の駅 熊野・花の窟に駐車して神社にお詣りです。大きな岩が見えますが、これは御神体ではなかったです。


境内を進みます。


稲荷社もありました。


社務所を通り抜けると突然目の前に巨岩が現れました。この巨岩が花の窟神社の御神体です。


花の窟神社には社殿はありません。


花の窟神社は、日本最古とされる神社で、イザナミノミコトが火の神カグツチノミコトを産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵と伝えられています。


高さが45mもある巨岩です。


166mの大綱が御神体の頂上から七里御浜へ掛けられています。


やはり、ここもパワーを感じる神社でした。


すぐ目の前の海岸(七里御浜)に出ると、熊野灘が広がっていました。


熊野市から紀宝町まで約22kmも続く長い砂礫海岸です。


こちらは、先ほどまでいた鬼ヶ城です。


海岸から花の窟神社を振り返りました。


鬼ヶ城も花の窟神社も大地のパワーを感じる場所でした。

※訪問日 2024.3.10

<おまけです>
連れ合いさんが花の窟神社でいただいた御朱印です。


春の薬師寺にて

2023-03-16 19:15:15 | 寺社めぐり
久しぶりに薬師寺にお参りしました。
薬師寺は天武天皇により発願、持統天皇によって本尊開眼、文武天皇の時代に飛鳥の地で堂宇の完成を見ました。
その後、平城遷都に伴い718年に現在地に移されました。
現在は東西両塔を持つ立派な薬師寺式伽藍のお寺ですが、昭和初期頃は東塔だけが往時の様子を伝えているという有様だったようです。
昭和42年高田好胤管主により、写経勧進による白鳳伽藍の復興が発願され、今見るような伽藍が再建されたそうです。


南門の前からギリギリで東西両塔を写しました。



土塀ごしに見る東塔です。(土塀好きです)



土塀ごしに見る西塔です。



梅はそろそろおしまいのようでした。



白鳳時代にタイムスリップしたような空間です。



中門からの金堂です。



金堂は1976年(昭和51年)再建されました。中には国宝の薬師三尊像が安置されています。



国宝の東塔(三重塔)です。六重に見えますが裳階(もこし)をつけているからです。



こちらは1981年(昭和56年)に再建された西塔です。



大講堂です。こちらは平成15年に再建されました。



春の陽射しを受けて鴟尾が輝いていました。



カメラを向けたくなります。



風が通り抜けます。



不動明王と不動堂です。



その横にサンシュユとハクモクレンが咲いていました。



サンシュユを見て明日香のサンシュユの丘を思い出し、このあと向かいました。



薬師寺の南にある休ヶ岡八幡宮です。




久しぶりに薬師寺にお参りをして、心も安らかになりました。


※訪問日 2023.3.15

冬の三井寺にお参りしました

2023-01-19 19:15:15 | 寺社めぐり
三井寺といえば、春の桜や秋の紅葉がよく知られていますが、この時期は冬枯れの季節です。
三井寺は、正式名称を「長等山園城寺」というのですが、「三井寺」の方が親しまれているようです。
ここを訪れたのは、西国三十三所観音霊場巡礼の時以来となりました。


立派な仁王門(大門)が迎えてくれました。




桜の季節は額縁になりそうです。




近江八景の三井の晩鐘として親しまれている大鐘です。




金堂の横で、冬枯れの中に梅が咲いているのを見つけました。




一切経堂の屋根が素晴らしかったです。




石灯籠が並ぶ景色が素敵でした。




比叡山は信長に焼き討ちされたことが知られていますが、三井寺は比叡山に10回も焼き討ちにされたそうです。
比叡山と園城寺には激しい戦いの歴史があったようです。




西国三十三所巡礼で御朱印をいただいた観音堂です。




もう16年も昔の話です。




こちらは観月舞台ですが、こんな建物も覚えていませんでした。




ここからは琵琶湖が見えます。




次に訪れたのは三尾神社です。元は三井寺を守護する「鎮守社」だったそうです。




うさぎの神社として知られています。(この神社は、たまたま観ていたお正月のテレビのニュースで知りました)




私も卯年生まれなので、しっかりお詣りさせていただきました。




冬枯れの季節なので色彩はありませんでしたが、最後にピンクのうさぎさんに出会えました。




※訪問日 2023.1.18