緑ヶ丘・第二幼稚園 最新かがやき日記

緑ヶ丘・第二幼稚園のかがやく子ども達の成長を見守り、親も教師も園長も子どもに負けず共に成長する日々を綴った日記です。

ディズニーランドのカストーディアルとは?

2007年03月22日 21時30分15秒 | 近頃思うこと・政治・経済・時事問題

平成19年3月22日(木)ぽかぽかあたたかくなりました。

明日は、三学期の終業式。 

残念ながら、明日でお別れのお友だちや先生もいます。

遠くへ引っ越して行くのです。

お別れは寂しくて辛いのですが、また、

新しいお友だちを沢山作って元気に活躍して欲しいですね。

明日は、大掃除もします。

長いことお世話になった教室や棚や机や椅子にも御礼を言います。

そして、新しいお部屋へ引っ越しします。

新しいお部屋で、新しいお友だちや先生との出会いは楽しみですね。

ピカピカのお部屋に入って気持ちよくスタート出来るように、大掃除ですね。

                               

掃除と言えば、「カストーディアル」と呼ばれる人をご存知でしょうか?

ディズニーランドに行った人は、いつ行ってもゴミが無いし、とても綺麗に掃除が行き届いていることに感動します。

ディズニーランドは、日本最高の人気のテーマパークで、混雑していること以外は、いつも気持ちよく楽しく過ごす事が出来ます。

その秘密は、カストーディアルの存在です。

カストーディアルは、ディズニーリゾートを掃除をする人ですが、清掃係とかゴミ拾い等とは呼ばれません。

カストーディアルは、実は、ディズニーランドが最も力を入れている主役級の仕事なのです。

ウォルト・ディズニーは、かつてディズニーランド開設前にこう語っていたそうです。「いつでも掃除が行き届いていて、おいしいものが食べられる。そんな夢の世界を作りたい。」

無論これは現在のディズニーランドの土台となっている大事な思想で、「夢と魔法の王国であるためには、現実を想起させるゴミが落ちていたら全てが台無しになる」と、考えました。

しかし、パーク内には至る所にポップコーンなどの販売所があり、子ども連れがたべちらかしたり、こぼしたり…と言った様子がそこここで見られ、その状況を見て、ゴミを見つけたら、片っ端から徹底してすぐに綺麗にする仕組みを作ることが大事と考えました。それが、カストーディアルだったのです。

掃除人であると同時に、エンターテインメントな役割を演じる存在でもあります。

それが、ほかの「掃除をする人」と大きく違う点です。
エンターテイメントといわれる所以は、踊るように掃除をする姿…スイーピングです。

トイブルーム(ほうき)とダストパン(ちりとり)をテンポよく動かし、踊っているようにも見えるような動作で、カストーディアルはキャストの中でも、独特な行動様式を持って表舞台に立ち、今では、カストーディアルはディズニーランドの中でも最も人気のある仕事の一つになっているそうです。

町で見かける掃除の人や、ふつうのキャラクターキャストとも違う 誇り高い行動様式はカストーディアルの特徴です。踊るように掃除をする姿~これは、結局のところ、動きながらスピーディーに掃除をすることの追求から生まれたスタイルです。立ったまま掃除をするカストーディアルは、けっしてしゃがまない、ともいわれている。

例えば、地面にジュースなどがこぼれた痕があったとき、しゃがんで拭き取ることは基本的にせず、装備している紙ペーパーを地面に落として、足を使って拭き取る。一見、行儀が悪い、横着のように見えるこの行動は、しゃがんで拭くと、通りかかったゲストが、しゃがんだキャストに気づかずにぶつかって転倒してしまう危険性があるからなのだそうです。それを極力避けるために、しゃがまない。

もちろん、しゃがまないと対応できないものの場合は、周囲をよく確認してからしゃがむのです。めったにしゃがまないカストーディアルは足技をよく使うのです。例えば、ゲストが硬貨を地面に落としたとき。転がる硬貨を踏みつけて止めたあとに拾う。

このように安全に気をつけているカストーディアルは、清掃の資機材の使用でもいろいろと見えない気配りをしているらしい。ホウキやモップなど、先が細い資機材を使う場合、その先端を手で覆うようにつかんでガードすることになっている。

これは、先端がゲストにあたって怪我をさせないための安全行為です。
チリトリやごみを回収するカートなど、ゲストにぶつかると怪我をさせるようなものをどうしても人ごみの中で使う場合が多いとき、あやうくぶつかりそうだ、と思ったときは、その資機材を自分の方にもってくる、つまり、自分の身体にぶつけることで、ゲストをお守りするのがマニュアルなのです。

カストーディアルは自然とやっていることなのですが、足などにはチリトリをぶつけたアザができることなど、生傷も多いそうです。人ごみの中を突っ切りながら掃除をするカストーディアルならではの勲章ともいえます。

地面の掃除は、赤ちゃんがハイハイできるほどきれいにしなければならない。

これは、幼稚園や保育園での教諭や保育士の基本と一緒です。

あとは、どれだけ早く歩いていても、必死に掃除をしていても、

ゲストから声をかけられれば、

最高の笑顔で親切に答えるのもカストーディアルならではの心得です。

こうした存在がいるから、ディズニーランドへのリピーターが多いのも、夢と感動を与える為に清掃を徹底して出来ているのも 納得でき頷けます。

清掃に対する意識の高さが、

常に心地よい快適な空間や環境の提供に繋がっているのです。

幼稚園や学校でも、子どもたちが毎日、快適に

健康ですくすく成長できるように、

日々の清掃にも力を入れて取り組まねばなりません。

カストーディアルに、学ばねば

元カストーディアルが後輩に、コツを述べたくだりがHPにありましたが、…

高速にスイーピングをするには、早く歩かなければならない。走るとだめなので、ぎりぎりバッドショーにならない程度に、大股で早く歩くこと。
簡単なことのようだが、実は難しい。
早く歩くと、ついごみを見落としてしまう。ゲストの声や困った様子に気づかない。混んでいるときはゲストを避けることが難しい。早足で歩きつづけると体力の消耗が激しい…などの理由で、簡単なようで一番難しいことなのだ。
私がキャストとなったとき、最初に指導されたことは
「ごみをちゃんと拾えなくてもいから、とにかく早く歩きなさい。そのかわり、ゲストの様子をきちんと見ること」
…今なら、ぜったいに言われないことだろうが、昔は早く歩くことが基本だった。ごみを拾わなくてもいいから早く歩け、というのは、早く慣れるため、ということもあったが、すばやく動くカストーディアルの中で新人がゆったりと歩いているのはバッドショー、ということでもあった。
…今は、ごみを拾わなくてもいいから、というわけにはいかないだろうが、移動は早く歩くことを心がけ、ごみがあるたびに「立ち止まって」スイーピングする、というのが、よい訓練方法だろう。
そのうち体力もつき、余裕もでてゲストの様子やまわりも見えるようになるし、人ごみの中をぶつからずに高速で通り抜ける術が身につく。

ただ、あまり無理をすると手首を痛めるので、注意です。

どんなに高速でスイーピングをしていても、忘れてはならないのが、ゲストの存在。つい一生懸命掃除をしていると、困っているゲストや、声をかけようかどうしようか迷っているゲストを見逃してしまいそうになる。
高速でスイーピングしようとするキャストほど自分の動きとごみだけに集中してしまう。あとはゲストにぶつからないように距離をとろうとする。
その結果、一番大切なはずのゲストサービスがおろそかになってしまう。一時期、技や早歩きが禁止されたのも、こういったことが原因だ。
 どんなに急いでいても、掃除に集中していても、ゲストの様子には注意し、声をかけられたり、こちらから声をかけるときは、笑顔になって応えよう。
慣れないうちは、ゲストがいないところで速く動くようにして、比較的混んでいるというか、ゲストの人通りが多い場所はゆっくりと歩く。

…以上のポイントは、現在最速のスイーパーがいかにして、今のような速いスイーパーとなっていったか、を 私(元カスト)が、傍目から見て感じたこと、を元に書いてみました。実は、私は、上記のようなパワースイーピングよりも、現在の多くのカストーディアルが行なっている落ち着いた流れるようなスイーピングの方が好きです。
でも、各エリアに一人くらいは、パワースイーピングの人がいると、にぎやかさがあって、いいな、と思います。 (原文転載)

清掃日本一への取り組みは、心磨き日本一にも繋がります。
 
 
昔、団塊の世代の私が小倉の米町小学校へ通っていた時代のことを 
思い出しましたが、…
当時は、『清掃学習』の時間といっていました。
 
清掃の時間には、マスクを掛けて、頭には三角巾のようなもので、埃よけを被り、
「心磨き」といって、建て替わる前の古い木造校舎の木の床や、廊下や、講堂を、ゴシゴシ力を入れて黙々と乾拭きし、ピカピカにしていました。
 
私の担任の先生は、清掃中のおしゃべりを禁じていましたが、他のクラスはしゃべっても良いクラスもありました。
 
なかには、先生の目を盗んで、
特に外掃の時には、
箒を持って、チャンバラごっこをする男の子たちがいました。
 
それで、先生は、私が副級長だったので、さぼった人をいつも記録させ、
報告させていました。
バカ正直にいちいち報告するものだから、
男子の級長他数名~いつもふざけて、私をからかっていた掃除をさぼる連中が、
いわば「チクリ」を怒って、私は結局 相当いじめられました。
でも、少々悪口いわれても、後ろからお下げの髪の毛を引っ張られても、ほっぺたをひっかかれても平気でした。
逆に、やられたら、必ずやりかえし、負けん気も正義感も強かったようです。
 
先生からも、祖父からも、
「一見おとなしいが、正義感が強くて、勇気があり、男の子と同等にやり合っても絶対に負けないので、できたら、やさしい弟と気の強い姉が入れ換わっていたら丁度良かったのに…」などと、 小学生の頃には よくいわれていました。
 
弟が、泣かされて帰ってくると、
「どうしたの?誰が泣かせたの?」
と、聞いて、すぐ箒を持って飛び出して行って 
いじめっこを退散させていた そんな姉だったようです。
 
中学生になってからは、性格ががらりと変わり
無口な文学少女?になりましたが…
 
            
 
さて、明日は、終業式です。
 
「カストーディアル」のようにパフォーマンスしながら清掃する必要はありませんが、
 
身の回りを整え、教室や机や椅子にも感謝して、
 
「ありがとうございます」
と、
「立つ鳥跡を濁さず」
美しくして引っ越していきたいものです。
 
                
 
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