緑ヶ丘・第二幼稚園 最新かがやき日記

緑ヶ丘・第二幼稚園のかがやく子ども達の成長を見守り、親も教師も園長も子どもに負けず共に成長する日々を綴った日記です。

子育て講演会(平田敏子先生その2)

2011年01月30日 21時36分10秒 | 研修会・セミナー

平成23年1月1月27日(木)

晴れ渡った空、久し振りに薄日が射して穏やかな日です。

 

今日は、平成22年度第286回子育て教室 第9回オヤジ講座 共催

母の会主催の親育ち・子育ち 子育てセミナー『子育て講演会』がありました。

    受付: 9:40~  開会:10:00~

演題:『小さな心の叫びを聞いて』

講師:平田敏子先生

       会場:緑ヶ丘第二幼稚園 2F ホール  司会進行:坂本英子

 

以下は、平田敏子先生の講演その1の続き

 

 五、厳しすぎる親

    2年生と幼稚園年長組の男の子の兄弟。

    夜8時過ぎ、電話で「家に帰ってきません。」との連絡。学校に向かう。

    11時頃にやっと二人が見つかった。幼稚園の裏に隠れていた。

    「おとうさんが恐くて帰れない。」という。

     お父さんは、子どもをしつけるために厳しく怒って、叩いているらしい。

   ちょっとでもお父さんの気に入らないことを子ども達がすると、殴りつけたり蹴ったりする。

   それで、学校で、友達をいじめてうっぷん晴らしをするようになった。

   ミラーの法則で、父親がしてみせるとおりに、ひとに同じことをしてみせる。

   「おとうさん、もう、体罰はやめて、言葉でなぜかわかるように言って注意してください。」

   そのこは、ふと気づくと、自分のクラスの掃除区域があるのに、その他にも校長室に来て

   机をピカピカに拭いて帰るように変わった。

   親の心一つで良い子になる。  

 

    4月、1年生で、身体検査の時に背中、腕、すねにもあざがある子どもを見つけた。

    体重測定に特に注意して減ってないか気をつけていた。

    「こけた。」とか、「階段ですべった。」とか言い訳して本当のことを正直に言わない。

    お父さんは、実父ではない。

    お母さんは、虐待を目撃しているのに「やめて!」と言えない。 

    9月にの身体検査で、体重が減っていることがわかって、問題視の矢先に

    他人を崖から突き落とそうとした。

    義理の仲のお父さんともじっくり話し合い、

    「躾」と「虐待」はちがうと理解してもらった。

    いくら悪いことをしても、食事を与えないのは良くない。

    カーッと感情的に怒るのではなく、言葉で言って聞かせるように。

    なぜいけないのか、なぜ叱られているか分かるように 教え諭す。   

 

六、両親が不仲

   これが一番子どもにはこたえる。悲しくて情緒不安定になる。

   5年生の例、学校に連れてきても、30分もしないで怒鳴りだす。

   学校に来ている間に、お父さんとお母さんが喧嘩して、自分を置いたままいなくなるのでは?   

   結局自殺を図って、薬を飲み出して、不登校になっていました。

   よく観察していると、猫が好きらしい。手話も出来る。

   先ずは、保健室への登校。

   だが、教科書類は一切触らず、まずは好きな猫の話だけ。

   日増しに話す時間を延ばして、手話の話で盛り上がり、やっと、国語の教科書へ。

   給食の前に帰宅していたが、徐々に給食を食べたら帰るように滞校時間を延ばしていった。

   6年生になって、やっと普通に通学出来る様になってきた。

   ところが、中学校の入学式には行ったが、また翌日から行けなくなった。

   いわゆるひきこもり。 高校は行かなかった。

   毎晩のように夜中、2時、3時に「先生、死にたい!」と自宅に電話をかけてくる。

   「親はどうでもいい。私が死んでも泣いたりせんちゃ。死んでも悲しむ人は誰もいない。」

   投げやりで、自尊感情がない。

   「そんなことしたら、私は泣くよ!」「先生は悲しいよ!」

   「先生は、本当に泣く?」「本当に悲しい?」と言っては、思いとどまる。

   その繰り返し。

   本当に自分の存在価値が見出せずに苦しんでいて、

   胃が悪くなり、体調がいつも良くない。自傷行為を繰り返し可哀想な子ども。

 

   プラス・マイナスの法則 

    とかく、色々他人様には言っているが、実は、わが子には違う。 

    わが子は、学校の勤務で忙しかった自分に反抗し、

    一時は物も言わず親子喧嘩をしていた。

   「物は、次々色々買って貰った。でも、私は物なんかは欲しくはなかった。」 

   「私が欲しいのは心やった。」

   と、高校生の時についに爆発して訴えた一人娘さん。

   「私が悪かった、ごめんね!」一緒に寝よう。

   「ゴメンネ!ありがとう!」を言い合ってわだかまりは無くなった。

    

  こんな子どもになって欲しいな!

 子どもは皆、何かこの世に役立つために生まれてきている。

 芽を摘まないで!折角生まれてきた子、この子は、どこにいいところがあるか?親が見つける。

 ありがとう!ごめんなさい!が言われなくてもスーッと自然に言える子どもに育って欲しい。

 おはようございます!挨拶がきちんとできる子どもに育って欲しい。 

 

某所のクリスマス会で、見かけた光景ですが、サンタさんが来てくれ、

子ども達はプレゼントをもらった。

 けれども、「有難うございます!」と言った子どもは、たった6人だけ。

生活の中の言葉は自然に出てくる子どもになり、

自分の命も、ひとの命も大切にする子になって欲しい。

道に針金や釘が落ちているとしたら…× だれなの危ないね、すかんね~ と反応するか

                       ○あら、危ないね、人がケガしたら危ないね と言うか

 その人の感性・感じ方・反応の仕方により、言葉も異なり、幸せに繋がる。

善悪が、はっきり判断出来る子にする。

×「あそこに行ったら いじめられる」 「もう いかん」 ではなくて

○「交代で遊ぼうね~」と 仲良く遊べる子どもに育てる。

          色々な原因が重なっていることがよくある。

 

Q1)ガミガミしてはいけないと反省しつつも、朝、ダラダラしているので、ついイライラして「はやく!」  と追い立てる。言葉かけのコツは?

「時間は大丈夫?」とか「時計を見て準備をしましょうね!」「気をつけていってらっしゃい!」などがオススメ。「早く!早く!」と追い立てて言っていると、いつまででもぐずぐずして、「うるさい!」「わかってる。」「せからしい!」となってとても朝から険悪になり雰囲気が良くない。

  遅刻して困ったら自分で考えるようになる。忘れ物も自覚を促すこと。

Q2) 我が家には、3人の子どもがいる。参考になる良いお話が聴けました。チクリとささる言葉が有りました。さて、近所に男の子と女の子の二人が留守番している家がある。母親は、イライラ。きになる。

構って欲しい、抱っこしてもらいたい。腕白。 → 両親が、愛情を注ぐようにお話をする

      また「あんたエライネ!」「いいことしているね!」と、オ-バーに褒める。

 

Q3 )長女2年、外ではやんちゃで、テキパキ頑張っているが、学校のことを話してくれない。外では、男の子と遊び元気が良い。

  「おともだちと仲良くやってる?」「きょうは、何して遊んでいたの?」

 

Q4 )6年、1年、年少4歳の男の子で、3人兄弟。年少4歳の男の子は、一番上の兄は、尊敬しているが、次兄にはライバル意識が強い。

「そのお兄さんの素晴らしさを伝える。張り合うことは、良い事。ライバル意識を持ち負けん気が強いのは良い。受け止め方見方により、子どもは変わる。」

Q5 )高2年男の子、中2年男の子、小3年の双子の女の子。下の娘が赤ちゃん言葉でふざける。

「赤ちゃん返りで、親の気を引くことは良くある。特に下に弟や妹が生まれたり、兄弟姉妹に母親を取られていると感じた時には、兄弟姉妹と張り合って、自分が独り占めしたいという気持ちを表現している。甚だしい時には、おねしょが始まったりすることもあるし、指吸いや爪噛みという形で表現することもある。ひどい時には、目をパチパチ不自然にまばたいたりすることもある。これは、チック症といいます

とにかく、言葉をかけることも必要だが、小中学生は、乳幼児と同様にまだ、場合によってはスキンシップが大事。一緒に寝たり、一日一回は抱っこしてしっかり抱きしめるとよい。母親の愛情が一人ひとりにたっぷり伝わるように。」

長時間にわたり、直ぐに役立つ具体的なお話で、勇気とやる気が出ました。 

平田敏子先生、ありがとうございました。 


子育て講演会(平田敏子先生その1)

2011年01月29日 13時56分45秒 | 研修会・セミナー

平成23年1月27日(木)

晴れ渡った空、久し振りに薄日が射して穏やかな日です。

でも、気温が低く、底冷えがします。

今日は、平成22年度第286回子育て教室 第9回オヤジ講座 共催

母の会主催の親育ち・子育ち 子育てセミナー『子育て講演会』がありました。

    受付: 9:40~  開会:10:00~

演題:『小さな心の叫びを聞いて』

講師:平田敏子先生

会場:緑ヶ丘第二幼稚園 2F ホール  司会進行:坂本英子

 

        平田敏子先生 のプロフィール

 昭和17年東京にて誕生。当時は、お父様が東京で教員をなさっていた。

 2歳の頃、東京大空襲の前にご両親の故郷の北九州へ戻った。

 福岡教育大学卒業と同時に北九州市門司区の鎮西女子高校(現敬愛高等学校)の

数学の教師になり4年間勤務。

 その後、福岡県の教職員に採用され、福岡市板付小学校に赴任。

 また、4年後、北九州市の教職員採用試験に合格。

 以後、北九州市内で教育のスペシャリストとしてご活躍。

 八幡西区黒畑小学校や門司区大里柳小学校の校長を歴任されて平成16年3月に

定年退職を迎えた。

 退職後は、日本有数のカルスト台地平尾台の麓の自然ゆたかな場所にある

北九州私立東谷市民センターの館長として地域の生涯学習活動やコミュニティ活動

及び保健福祉活動に2年間ご尽力。

 その後、平成17年7月、ご自身が初めて教鞭を執られた敬愛学園高校の

附属敬愛小学校の校長職を命じられ2年間勤務されてご退職。

 その後、教育現場から退き、現在まで多くの趣味を満喫していらっしゃいます。

 幼少から抹茶を好まれ大学入学と同時に茶道部へ入部。

正式に茶道(表千家流)を始めた。今も1月に3回、お稽古に通っていらっしゃいます。

また、茶道と同様にピアノにも幼少時から興味を持ち、こちらも1月に2回、お稽古している。

 その他に、平均年齢73歳男性30人女性50人で構成されている合唱団

『童謡・唱歌 かたりべの会』の一員として毎週木曜日に北九州市小倉北区大門の

北九州市立生涯学習総合センターで団員の方々と

明治・大正・昭和の時代の童謡や唱歌を練習し、

毎年7月に北九州ソレイユホールでの定期演奏会に出演されています。

 

    平田敏子先生 6つの提案

一、朝食を摂らない子   

   毎朝、「きつい」といって保健室へ

二、さびしい子

   ちょっかいを出しいたずらをする子

   4階のトイレの窓から飛び降りようとする子

   ひとの気を引いて構ってもらいたい

   母親の帰宅が遅い子

   おばあちゃんに預けられていた子

   不憫な子と甘やかされ靴のひもも結べない子

   祖父母のお金を盗む、万引きする子 他人に物をやり遊び相手になって貰う子

   愛情が欲しかった子 物を与えるより心を与えて欲しい子

   「まず、抱っこしてね、お母さん。」

   「悪かったね。寂しかったね、ごめんね。」と言ってしっかり抱く。

   二度と盗まないようになった。

   不登校の5年生の女の子、家庭訪問。一人で暗い部屋にいて本を読んでいる。

   部屋にはカップヌードルの食べ殻がごろごろ。

   「まず、抱っこしてね、お母さん。」

   「マア先生、こんなに大きな子を 抱っこやら しきらんが 」

   「かかえあげなくていいから、まず、抱っこして。」

    2年生の女の子も不登校だったが、休まなくなった。

   「この子が静かにしているから、仕事に行けるでしょう」

   「子どもが、黙ってガマンしてくれているから、出かけられるのでしょう。」

   子どもの心の叫びを汲み取って欲しい。

   親は、心からわが子を抱きしめてあげよう。

   弟ばかりをいじめる6年生の兄

   「おかあさん、おにいちゃんと弟を比べて 叱り付けていませんか。」

   「夜、寝る時に、一緒に寝て抱っこしてやって。」

   いじめなくなった兄

三、甘い親   

   わが子に注意したり、叱ったり出来ない親、

   5年生男の子、不登校家庭訪問。本箱いっぱいゲームがある。

   友達もゲームしに来るが、一言もものを言わないで、一日中ゲーム漬け。

   夜中にアイスクリームを食べたがる。母親は、だめといわずに買いに行ってやる。

   叱ると切れる子どもに毅然として叱かれない。

   父は添乗員の仕事で、滅多に帰ってこない。茨城のおばあさんに預ける。

   幼・3年・5年の3人の男の子は、一日も登校してこない。朝9時まで寝ている。

   起こそうとしてもベッドにしがみついて起きない。

   夜遅くまで、ゲームばかりして、お父さんは運送業で、深夜しか帰らない。

   生活リズムが壊れている。

   「おかあさん、子どもは何時に寝かせていますか?」

   子どもの成長ホルモンは夜10時~ 熟睡している時に出るのですよ。

   遅くとも、9時には寝かせましょう。

   お父さんとの話し合いで、

     父親が、決まりを作って厳しく 規則正しい生活にした。

   やっと、子ども達は学校へ通えるようになった。

 四、ガミガミうるさい親

  1~2年は大阪にいた。転勤で北九州に来た。母親は、躾を良くしている。

   環境が変わりイライラしてる。

   ストレスが溜まり、3年生の終わりごろから5年生の終わりまで不登校になっていた。

   「転勤して来たら、急に友達が悪くなった。誰誰が悪い。」人のせいにする母親。

   子どもが帰宅するや否や宿題を完璧にさせて、塾へと追い立てる。

   お手伝いもさせるが、キチンとしないと、厳しくガミガミ叱り付ける。

   そうでないとお父さんがかんしゃくを起こすから。

   両親に、子どもとの接し方を変えてもらった。

   良いところを探して務めてほめる。6年生になってからは、やっと教室に入れるようになった。

   転校してきた4年生のみっちゃん、テストの時に大暴れする。

   一番が分からないと、直ぐにパニックに。大きな声を出して、「わからん!」と、大騒ぎ。

   「一番の問題がわからんやったら二番からしていいんよ。」と言っても

   裏返して自分の顔を描いて、ゲンコツする絵を描く。

   「みっちゃんが悪いんよ!」と、鉛筆で描いたその自分の顔をツンツン突き刺す。

   「親戚は皆東大出だから、この子も…」と、親は期待している。

   5年生になって、また今度は大分に転校した。中学生になってあの親から手紙が来た。

   「自分の手に負えなくなって、反省している。」

   「ガミガミ言うと気持ちがゆがんでくる。」

 

                         その2に続く


ロバート・ワトソン先生講演会その2

2011年01月15日 06時10分25秒 | 研修会・セミナー

平成23年1月15日(土) 

  以下は、昨日のロバート・ワトソン先生講演会のお話の続きです。

   さて、皆さんは、スプライトという清涼飲料を知っていますか?

   暑い国、サウジアラビアで発売開始したが、全然売れなかったのです。

   もちろんテレビで宣伝しました。 三枚の絵を並べて、ポスターも作りました。


①太陽が照り付けて暑そうな人の絵 ②スプライトを飲んでいる絵  ③元気に爽やかな絵 


     でも、何故か、スプライトはサウジアラビアでは売れなかったのです。

     売れなかったのにはちゃんと理由がありました。     

 

     普通、欧米人は、左から右へ視線を動かして三枚の絵のイメージをします。

     すると、「暑くてぐったりしている人が、スプライトを飲めば、元気になれる…」

     そういう風な爽やかイメージを描いてこのPR画面を見てくれるものと

     勝手に思い込んでいたのです。 

      ところが、サウジアラビアの人は、この三枚の絵を、右から左へ文字を書く

     文化的な背景から、絶対に左から右へ視線を動かして見ないのです。

     (我々の想像の範囲では思いもよらないことですが)実は、サウジアラビアの人は、

     この三枚の絵を、右から左へ視線を動かして見て、判断しているのです。

     つまり、「元気な人が、スプライトを飲めば、暑くてぐったりする」と、なるのです。

     だから、サウジアラビアの人は、誰も、好んでスプライトを飲みたいとは思わない。

     売れない訳がこのようにちゃんとあったのです。

      

      やはり、育った環境や受けた教育の違いで 色々と解釈が異なり

     全く同じ絵を見ても受け取り方や意味づけが全然違ってくるのです。

 

     これは、同じ日本人でも よくあることでしょう。

    味噌汁の作り方、子どもの躾け方、掃除の仕方、洗濯物の干し方、…

    それぞれの生育歴や家庭毎に微妙にやり方が違うのです。

    今、二人の息子達が通っている高校のPTA会長をしていますが…

    その話の中からの例ですが、ある時に会議がありました。

    部活生の親は、平常も夏休み中でも、ビシバシと厳しくしごいて県大会で

   活躍できるようにと願い、「宿題はたくさん出さないで!」と言う。

     だが、一方、「いや、就職や進学が迫っているから、宿題をしっかり出して、

    家庭学習でも学力をつける癖ができるように配慮してほしい。」と

    まるで正反対の事を要求してくる親たちもいる。

    かと思うと「日頃は、たっぷり出して欲しいが、夏休み中は家族旅行に行きたいから

    宿題は無いほうが助かる。」とか… 色々と人により考え方が違うのです。

     

     ワトソンさんは、歌が好きで、高校生の頃、合唱団で歌っていた。

    夏休みにその高校の合唱団はヨーロッパへ演奏旅行に行った。

     その頃は、海外の色々な国、国際的なことに強い関心があった。

    それで、その後、日本へ19歳の時に来た。 東京・神奈川に2年間滞在。

    そのときに、初めて日本の家で、靴は脱いで家に上がる和風の生活を体験した。

    最初の歓迎の日に、ご馳走が出ていた。最後に美味しそうな手作りのケーキが出た。

    とても食べたかったが、日本では、「遠慮」という言葉がある、と知っていたので、

    最初は遠慮するのが常識と思いこんでいた。それで3回目に勧められたら

    食べるつもりで、「結構です。いりません。」と言ってしまった。

    それで、その人は、そのケーキは直ぐに片付けてしまい食べられず残念だった。

     後日、その時の事をその人に話したら、傑作なことが判明した。

     その人は、気を利かせて相手のことを思い遣り、外国の人は、ストレートに

     ハッキリ返事をするものだと、思い込んでいたから、「いらない」と言われたら、

     しつこく勧めて無理やりにケーキを食べさせてもいけないと思ったので、

     ワトソン君は、本当に ケーキは嫌いでいらないのだと思い込んで

     直ぐに引っ込めたと話して、まるで、笑い話みたいなエピソードです。

 

     そして、8月になり、盆踊り大会がありました。

    自分は、二階にいたら、一階から素敵な歌声が聞こえて来たのです。

   ♪「守りもいやがる ぼんからさきにゃ 雪もちらつくし 子も泣くし

   はよも行きたや この在所(ざいしょ)こえて 向こうに見えるは 親の家(うち) …」

    哀切なメロディーにのせて、1971年にフォークグループ「赤い鳥」が

    大ヒットさせた歌 ♪『竹田の子守唄』でした。

    子守唄に出てくる「在所」は、京都の竹田では被差別をさすことがあるそうです。

    明治から大正、昭和にかけて、幼い少女たちが子守奉公や弟妹の世話をしていた。

    『竹田の子守唄』は、子守りのつらさや嘆き、自らへの励ましを込めた労働歌だった。

    この歌声に魅了され、とりこになって、この歌詞を日本語で覚えたそうです。

    (ここで、大山町カラオケ大会では、3回も優勝したその美声をご披露くださった。)

    2年間、東京で日本語を学んで米国に帰ってから、日本大使館に電話した。

    「日本で働きたいので、どうか職を探してください。」

    すると、国際交流協会からの紹介で

    コーネル フォーインターナショナル リレーションズ とあったので 大使や公使の

    お手伝い役かと思っていたら、東京や大都市でなく、大分県の日田市大山町に就職。

    待っていますと手紙が来た。夜9時に着いた。翌朝山々からうぐいすの声が聞こえた。    

    ここは、故郷のアイダホと自然環境や風景が似ている。人口4000人の小さな農村。

    少し散歩、通りかかった人が「ワトソンさん!おはようございます!」と言って挨拶。

    またもう少し行くと、自転車に乗った中学生も

    「ワトソンさんですね!おはようございます!」と笑顔で言ってくれた。

    なぜ自分の名前を知っているのか?不思議に思っていたら、会う人会う人

    「あ!ワトソンさん、あなたのことは皆知っているよ。」

    「いらっしゃるのを待っていましたよ。」 と言って大歓迎の様子にビックリ。

    

    この田舎には、OYT(大山有線テレビ)と言うのがあって、すでに

    『ワトソンさんがやってくる!』という番組がながされていたのです。

    だから、町民は、全員ワトソンさんのことをよく知っていたのでした。

 

   大山町は、一村一品運動のさきがけの村おこしの村としてよく知られている町です。

   町民の合言葉は、「梅、栗、植えて、ハワイへ行こう!」です。

   ここで、日田美人との出会い。

   その人は3人の子連れ。結ばれて一気に5人家族。

   長男 ワトソン竜太(大学3年生) 

   次男 ワトソン祥太(高校3年生)

   三男 ワトソン健太(高校2年生)

   いきなり3人の男の子の父親にもなった。

   無限の可能性を持った子どもたち。

   今では、プロ野球のダルビッシ選手や タレントのウェンツや、ヴィッキーもいて

   混血のハーフの人やカタカナの名前の人に対する世間の風当たりは昔のように

   厳しくはなくなったが、それでも、偏見や先入観で判断し、ジロジロ見る人が多い。

  

   大分県杵築市の野上さんの案内で大原邸という所に行った。 

    野上さんは、案内しながら、大変心を打つ話をしてくれた。 

   「現代人は、日本の形を守ってはいるが、心を忘れている。…」

   

   和室では、年長者、偉い人、目上の人は、「上座(かみざ)」といわれて、案内され、

  床の間の前の席を上席として座らせられた。

  そして、掛け軸や、生け花や床飾りの説明が始まった。

   自分は、床の間を背にして座らせられているので、首を曲げて説明を聞いていた。

  花瓶や掛け軸の説明がある間は、身体を曲げて、首も痛くなってきていた。どういう

  理由で、上座に目上の人や、お客様を座らせるようになったのか?は大事じゃない。

  どういう心でそうなったのかが大事。お侍がいた時代は背後から切りつけられない。

  出入りする人の顔が見えるので、いきなり敵に切りつけられないようおもいやりの心。

  だから、今までやって来た事を守っているだけというのは、形に拘った考え方。

   人権同和問題でも、生まれたところだけで問題視、差別されるのは、単なる形だけに

  囚われてしまった人のすること。男女差別も、「男はこう、女はこうあるべき」という形に

  囚われてしまった人のすること。

  

  さて、その頃、バングラディシュから派遣されていた職員のカンさんと仲良しになった。

 カンさんが、故郷に帰国してから、暫くして

 「今だったら、少し治安がよくなり政情が落ち着いてきたから遊びにいらっしゃい。」

 という連絡がきたので、バングラへ行くことにした。(一日に5人も暗殺される国。)

 ムンバイ空港から8時間かかり、ガンジス川のフェリーに乗った。

 船のトイレには、板があるだけで、その隙間から排泄物は直接ガンジス川へ。

 牛や馬の死体も全て川に捨てる。そこで、沐浴する人もいれば、煮炊きの水も汲む。

 貧しくて、衛生状態のよくない国。だが、家庭にはとびきりあたたかい心のある国。

   やっと、カンさんに会えた。カンさんの二人の息子は、18歳と15歳。

  挨拶も良くできる子ども達。家では、3人で仲良く肩を組んですわっていた。

 父親のカンさんを 二人の息子は尊敬し 心から敬愛しているとわかった。

 何故ならば、「父が働いてくれるお陰で、一日三食のカレーが食べられるし、服もあるし、

 学校にも行かせてもらえるから。」と、幸せそうに言いました。

 本当に、この国では、学校に行ける子は、30パーセント以下です。学校は、無料ですが、

 仕事に行かなくては食べられない子どもが多いのです。

 「ぼくが大きくなったら、お父さんのように役に立つ人になりたい。」 と息子達は

 父親を誇りにして、日本と比べると何も物質的には恵まれては無いが、

 胸を張って生き生きと明るく楽しそうに生きている。

  カンさんが電話をしていた。 子ども達もその言葉づかいがとても丁寧。

 

 ところが、ワトソン先生は、いつも気になる場面に遭遇しているそうです。

 大山に少年バスケットボールクラブを設立し指導してるのだそうですが、

 その事を思い出したのは、家族への言葉遣いの違いに気づいたからでした。

 大山では、子どもは家に電話でただ「終わった。」だけ。

 親が迎えにきたら「おせえ。」だけ。

 「バカ!」「死ね!「アホ!」と、ひとに平気で言う子どももいた。

 携帯ゲームや、ゲームのソフトが欲しいばかり、とにかくこずかいのお金が欲しい。

 見栄を張りひとより良い車に乗りたい。 少し注意されたり、きついと直ぐに辞める。

 ワトソン先生は、家族の間の、「言葉」と「態度」と「接し方」がこれでよいのだろうかと、

 日本人の心の在り方に警鐘を鳴らしてる。

 家族は、愛し合っていますか? それとも拒み合っていますか?

 

 「愛」という字は、「受ける」という字をかきます。何を受けるのでしょうか。

 「心」を「受ける」と書いて「愛」なのです。

 日本人は、この「心」を見失っていませんか?

 「形」を離れて自分の「心」を見直すことが大事です。

 つまり、「感謝して、やさしい心を持とう!」と、訴えておられるのです。

 

 第22回全国人権作文に 中学1年生のワトソン竜太君のが最優秀賞に選ばれた。

 鞄の中から、大事そうに取り出して、その作文を読んでご紹介くださった。

 

 「ぼくのお父さんは、アメリカ人です。…大山に12年間、その前は東京に2年間いたので、

 日本語も分かるし、『おにぎり』位は何度も食べていて、知っている。

 だのに、運動会の時には、ある人が、「おにぎり知ってる?」と言って話しかけてくれた。

 お父さんが「勿論知っているよ!何度も食べているよ。」と言う間もなく、その人は、

 「あっ!外人は、おにぎりより パンのほうがいいのでしょう。」と、早合点して、

 悪気は無いのでしょうが、さーっと向こうへ持っていってしまった。

 普通だったら「おにぎりをどうぞ!」とだけいう筈なのに。

 とても変!… というような 外国人に対する予断と偏見について書かれていました。

  

 さて、今、精神障害者の作業施設『まんげきょう』の所長をしている。

この人たちは、「もっと元気を出せ!」と言っても無理です。

家族皆で、親が、この人はおかしいと、決め付けて判断している。

人を見た目で判断してはいけません。

違う。だからうれしいのです。

 

実家の母は、結婚すると報告の電話をすると、

「よかったね!おめでとう!3人も孫が出来た!」

と、とても喜んでくれ、人種に拘ったりはしなかった。

そして、夏休みにアイダホへ新しい家族を連れて帰ったのです。

アメリカでは、人種差別を受ける恐れもあったが、

親戚の子たちも最初から黄色人種の3人を仲良く受け入れて遊んでくれた。

 

最近の若い父母は、赤ちゃんが出来て、初めて抱っこをする人が多いが、

ワトソン先生は、6歳の時に抱っこしてあやした経験があるそうです。

初めてオムツを替えたのは7歳のときだった。

そして、12歳の時には赤ちゃんの子守り(ベビーシッター)をして、

午後8時には寝かせつけてねと頼まれて、そうしていたそうです。

 

最近は、夜遅く11時、12時まで起きていて、朝寝坊をする子どもが増えているそうです。

祖父母には「くさい!早く死ねばいいのに。」と、言う孫達もいるのだそうです。

 

ある小さな町で、畑でおじいさんが作業しているところで、

中学の真新しい制服を着た子どもが通りかかった。

「おはようございます。」「おや、きみは中学生?」と、おじいさんは声をかけた。

「おはようございます。」「はい、入学式です。」

毎朝のように、挨拶を交わしていた矢野さん。

2年で、剣道部に入って活躍。剣道の試合の日には、矢野さんは応援に来てくれていた。

嬉しい心の交流。

3年生になって、ヘルメットを被ってないのに気づいた矢野さんは、

「危ないぞ、必ず被れ!」と注意した。

高校生になったある日、矢野さんは倒れた。

「ホームヘルパーを派遣しましょうか?」と役場の人から連絡があったが、

「いや、いらないよ。」と、矢野さんは断った。

なぜなら、近くの若者が、入れ替わり立ち代わり様子を見に来るから。

小さい頃から、声をかけて貰い、いつも励ましてくれていた矢野さんには、

孤独死という言葉は、無縁です。

 

学力がトップの子どもより、ひとの心の痛みがわかる人に育てたいものです。

 

ワトソン先生は、5人兄弟姉妹で育った。

スキーには行ったことはない。

6歳の夏、大好きなスイカの種を蒔いた。

で、毎日、水をやり観察したが、芽が出なかった。

それでも、母親は、馬鹿にせずに、頑張りを褒めた。

挑戦することの大事さを教えてくれた母親だった。

頑張った分、決して無駄ではなく、その体験は何かになる。

 

ある日、学校から帰ったらよい香り。

「お客さんは誰?」と聞くと、「おかあさんには一番大事な人が来る。」 とのこと。

誰が一番大事な人なのか?と、思って待っていた。

その一番大事な人はぼくだったのです。その日はぼくの誕生日だった!

自分の子どもが生まれた日を思い出してください。どんな気持ち?

「愛している!」「ありがとう!」「この子のためならば何でもしてあげたい。」

「わが子が命が助かるならば、今死んでも良い。」

 

幼児期はケンカばかり。小学校は、勉強が思うように行かない。

中学時代は、部活をサボっていた。高校生は、言葉が悪くなる時代。

 

子どもがいるからこそ「先生」です。

こどもがいるからこそ「楽しい集い」が出来る。

すごい力や可能性を持っている子ども達。

 

この国が「人が人を愛する国なるように」と願い、

子ども達の幸せに尽力されるワトソン先生でした。

遠路はるばる運転して来られました。お疲れ様です!

あたたかいご講演、本当に有難うございました。


ロバート・ワトソン講演会その1

2011年01月14日 22時43分05秒 | 研修会・セミナー

平成23年1月14日(金)

朝方は、曇り。次第に晴れ。午後からまた曇り時々雪。

午後3時~5時、北九州市私立幼稚園連盟第4ブロック(八幡西)主催の教職員対象

『人権同和研修会』が、八幡西生涯学習センター3F視聴覚室で開催されました。

講師は、Robert Watson ロバート・ワトソン先生

 プロフィール:大分県日田市大山町在住

          和都村企画 代表

          精神障害者小規模作業所『工房まんげきょう』 所長

          大分県立日田林工高等学校PTA 会長

 1959年、アメリカ合衆国アイダホ州ボイシ市に生まれる。

    19才で来日し、東京、神奈川県に2年間滞在。

    その後アメリカへ帰り、アイダホ州立ボイシ大学で国際関係、東洋学を専攻。

 1989年5月卒業、同年8月、国際交流員として大分県大山町役場に勤務。

 1990年から、毎年夏休みに町の子どもたちを故郷のアイダホ州に連れて行き、

    2週間の異文化生活を体験させており、過去400名以上の子どもが参加している。

 1996年10月、自治大臣功労賞を受賞。

 2000年〜2004年、NHK大分ニュースコメンテーターを務める。

 2004年8月大山町役場を退職し、「和都村企画」を設立。

     人権,教育、子育て等、講演活動を中心に、全国各地で

     「和の心」を優先にする社会づくりに努めている。

 2005年〜    精神障害者小規模作業所「工房まんげきょう」所長。

 2007年〜2010年、「(株)おおやま夢工房」事業本部長。

 2005年〜2009年、日田市立大山中学校育友会(PTA)会長

 2007年〜2009年、日田市連合育友会(市P連)会長。

 2010年〜      大分県立日田林工高等学校PTA会長

  連絡先: watosonkikaku@me.com

  演 題: 『今の子どもは…』という前に

  要 旨: まず、自己紹介で興味深いお話は始まりました。

      皆様、こんにちは。ロバート ワトソン(Robert Watson)と申します。

     「梅栗植えて、ハワイへ行こう」で有名な大分県日田市大山町に住み着いて、

     もう20年以上過ぎました。

 http://www.pref.oita.jp/10400/o_net/japanese/vol_16/index.html

     2004年に、大山町と日田市の合併を前に、長年お世話になった

     大山町役場を退職して、「和都村企画」(わとそんきかく)を立ち上げました。

     昼間は、 精神障害者小規模作業所「工房まんげきょう」を運営し、

     夜は週数回英語を教えています。

     合間に全国各地で「子育て」や「人権」をテーマにした講演活動をしたり、

     翻訳や通訳の仕事をさせていただいています。

     仕事以外に、次男と三男が通う高校のPTA会長を務める等、

     より明るい社会を目指して地域の方々と肩を組んでいます。

     妻と三人の息子と楽しく暮らしています。この21年間、行政、商業、教育、

      福祉、少年育成など、様々な分野に携わり、

     多くの方々にお世話になりました。

     少しでも恩返しをしたく、これからももっともっと

     「和の心」を優先にする社会づくりに努めたいと思います。

     ホームページで、活動の一部を紹介していますので、

     よろしければご覧になってください。

     役に立ちそうなことや気になることがあれば、

     どうぞ遠慮なく連絡して下さい。お待ちしております。

 

     さて、皆さんは、スプライトという清涼飲料を知っていますか?

     暑い国、サウジアラビアで発売したが、全然売れなかったのです。

     もちろんテレビで宣伝しました。 三枚の絵を並べて、ポスターも作りました。


①太陽が照り付けて暑そうな人の絵 ②スプライトを飲んでいる絵  ③元気に爽やかな絵 


     でも、何故か、スプライトはサウジアラビアでは売れなかったのです。

     何故でしょう?                      以下 その2に続く


『福岡県幼児画展』表彰式

2011年01月10日 17時11分57秒 | 心を育てる・感性をゆたかに

平成23年1月10日(月・祝)

 昨夜からしんしんと雪が降り一日中雪が降ったり止んだり。

成人の日の朝は、毎年雪になることが多いのですが、

今年も 一面の銀世界、とても寒い朝を迎えました。

午後からは、殆どの近隣の幹線道路や高速道路の通行止めは解除されました。

晴れ着姿の若者が街角には、多数見かけられました。

 

本日は、 『第15回 福岡県 幼児画展 表彰式』がありました。

主催:福岡県幼児造形教育研究会 及び 西日本新聞社

場所:博多リバレイン福岡アジア美術館8階交流ギャラリー『あじびホール』

    福岡市博多区下川端3-1  TEL092-263-1100

 http://www.kodomo-museum.or.jp/

入賞作品の展示:平成23年1月8日(土)~10日(月) でした。

緑ヶ丘第二幼稚園の園児の作品は、多数入賞しました。

中でも、年中さんと年少さんの二人は特別賞に輝きました。

年少組 牧野祐奈ちゃんの

『到津の森のやぎさんたち』を表現した絵が

特別賞

『福岡県教育委員会賞』を受賞しました。

年中組 遠藤史菜ちゃんの

『動物園でカメにさわったよ』を表現した絵が

特別賞

『松本文化芸術振興財団賞』を受賞しました。

おめでとうございます。

 

特選

角  瑛二

北村 萌衣

小嶺 愛琉

小畑 七海

切通  淳

小林 涼音

島田 佳歩

中野 慎二郎

毛利 天音

森木 悠登

山下 槍己 

有尾 花恋

井上  陸

柴田 柚希

中島  涼

中村 奈都美

中山 結生

松岡 侑花

三村 朋也

入選  

廣渡 光紀

村田 虎大朗

上田 颯大

梅原 虎大

岸本 謙伸

古賀 丈一郎

佐々木 和也

松井 瑠華

村上 健心 

向坊 春佳

森岡 心優

井澤 かえで

森元 陽翔

山田 杏実

吉永 慎之介

安藤 理玖

井上 碑駈

白尾 優朱

叢  秋悦

中村 一貴

林  春輝

山地  隼

受賞 おめでとうございます。

 ※ 展示されたのは、特別賞18点・特選132点・入選300点

  計450点のみ  応募総数:6260点

  応募作品は、返却は出来ません。

  

明日は、三学期始業式です。 

早寝・早起き・朝ごはん、そしてコミュニケーションをしっかり頑張りましょう!

 

さて、明日も明後日も、雪の天気予報がでています。

道路が凍り付いているかも知れませんので、場合によっては

雪のために臨時休園になるかもしれません。

雪のために臨時休園の時には緊急連絡網で午前6時過ぎから連絡します。

朝方の、電話連絡に ご注意ください。

園児の安全第一です。ご理解とご協力をおねがいします。

 

 

 


新年の抱負は?初夢は?

2011年01月02日 17時28分14秒 | 教育

 平成23年1月2日(日)快晴、穏やかな天気、小春日和!

皆様、どんな初夢をみましたか?

今年はどんな年になるでしょうか?

また、どんな年にしたいでしょうか?

今年の 抱負を、具体的な目標を、ご家族と話し合いましたか?

 

さて、こんな新年の抱負はどうでしょうか?

私の尊敬する藤森先生のブログからの情報ですが、

「たいへんよく できなくても いいんです。」

これは、ハンコの文面です。

 

日本新聞協会は、

2010年度新聞広告クリエーティブコンテストの最優秀賞に、

武重浩介氏(電通)の作品「元気にさせるハンコ」を選びました。

小学生の頃、誰もが「たいへんよくできました」というハンコをもらいました。

というより、もらうように努力をしました。

それは、学校で望む答えを書いたときにもらえるハンコでした。

このコンテストに応募した武重さんがこんなコメントを書いています。

「このハンコが象徴するようにたった一つの答えにたどりつくことが正解だと

教えられて育ってきました。

でも人生において正解を求めても幸せにはなれないんですよね。

そもそも正解なんてないんですから。私たち一人ひとりが

身近に元気になれる要素をもっているはず。

そんな身近にある幸せに気づいて元気になってほしい。

そんな思いをこめて制作しました。

いろいろ言いましたがざっくり言うと、

「出来の悪い自分が元気になれる原稿」

をつくろうと思いました。」
taihenyoku.JPG
 今年のコンテストは「元気」をテーマに、公募されました。

 

昨年は「絆」がテーマで、

「さみしくなったら‥」が受賞したのでした。

この作品を覚えている人は少ないかもしれませんが、

かなり省略されたシングルラインで書かれた人物が自分のへそを眺めている絵です。

作者は、こんなコメントを書いています。

「人のカラダは、使わない部分はだんだんと退化していくはずなのに、

生まれる時にたった一度しか使わないおヘソが一生消えないのはなぜだろう、

という会話からはじまりました。

人は孤独なときほど、絆を感じたいものです。

大げさなことではなく、おヘソを見るというちょっとした行為が、

そのきっかけになればと想いを込めました。」

 「今年の「たいへんよく できなくても いいんです。元気であれば、いいんです。」

についての審査員の批評も合わせて新聞に掲載されていました。

それは、まさに今の時代の課題が込められています。

 

副田さんは

「右肩上がりが難しい現代社会で、価値観をどこに持って行くか。

この作品は、すべてが100%満点である必要はなく、

物差しは一つでないというメッセージを出しています。」

確かに、「よくできる」という価値観はどこにあるのでしょうか。

同じように「よい子」というのもどのような子を指すのでしょうか。

それは、往々にして大人に都合のよい子であることが多いのです。

子どもというのは、

動き回ることが好きで少しもじっとしていませんし、

キョロキョロとあちらこちら 好奇心を持って 眺めますし、

探究心を持っていろいろなものを触ろうとしますし、

じっと人の話を聞くよりも 自分からいろいろと話したがります。

しかし、それらのこどもに特有の行動は、大人が子どもを叱る主な項目です。

 

また、一倉さんは

「今の状況下では、

“なぜ元気を出さなくちゃいけないの?僕らも大変なのに、頑張っているのに”

と感じている若者が多いのかもしれませんね。

この作品は、競争社会へのアンチテーゼ、掛け声よりも暖かい肯定など、

やはり時代の体温をうまく表したメッセージだと思います。」

いまだに子どもたちは競争社会へと駆り出されています。

競争が必要ないとは思いませんが、

今行われている競争は、切磋琢磨で自己を高めるのではなく、

相手を打ち負かすことを目指します。

 

今を頑張っている子どもに対して、

それぞれの特性を生かす社会をつくり、

その特性から貢献し、ともに協同して生きていく社会

を目指す時期に来たと思います。

そのような評価をしたのが児島さんです。

「やさしさや人との関係を重視して、

“愛”“絆”といった過去のテーマに通じる表現が、

応募作品には多かったのが印象的です。」


時代の変化に、保育、教育は先行していかなければなりません。

 

さて、あなたは

「たいへんよく できなくても いいんです。」

というこのハンコを

わが子や周りの人たちに たくさん押してあげることにしますか?

成績や結果だけを問題にするのではなく

つねにプロセスを見守り、

その努力の道筋を共に辿り、励ましながら

「たいへんよく できなくても いいんです。」

という余裕を持った気持ちでいると、

本当にこどもたちも元気になってきそうですね。

 

諸外国に比べて、自己肯定感の少ない子供が

統計のデータでは、日本には驚くほどたくさんいます。

日本の子供たちは、なぜ 向上心ややる気をなくし、

朝から自信もなくして疲れてるのでしょう?

 

私たち一人ひとりが、身近に元気になれる要素をもっているはずなのに

普通は、それに気づかないで、見過ごしてしまい、首をうな垂れてしまい

自信喪失状態になりがちでしょう。

 

夢も希望もなくしている子どもたちに、どのように接していますか?

是非とも、

「たいへんよく できなくても いいんです。」「それでいいんだよ。」

といった気分で、こどもたちのちょっとした頑張りも見逃さずに、

平成23年も 身近にある幸せに気づいて 皆が元気になってほしいものです。

 

英語で「all right」という意味は、「そのままでいい。」

子どもたちも無理やりに年齢不相応に詰め込んだり背伸びさせたりしないで、

そのままでいいんです。

大人が、子ども一人ひとりの特性を認め、

「それでいいんだよ!」と言葉をかける事で、

それが自信につながり、自己肯定感を高めて

元気に過ごす事ができるようになるのですね。

 

まだ初夢をみていない人、夢を…

こども達には、特大サイズの夢を持たせてあげてください。

 

おとなが、夢を語っていないと、こどもも真似して、

その気分が伝染し、夢も希望も無くしてしまいます。

 

あこがれのモデル(=父母が多い)の 家庭教育は、

少年よ大志を抱け!

 

身近に、あるいは偉人伝や、ニュース報道からでも

この人のようになりたい!

と憧れて目指す人がいないのは、可哀想! 

 

夢は実現させるためにある!

あと一歩の努力で、あと1mm先に、あと一息で手が届くのに

あきらめたり、無理だと言って じっとしていては夢のままで終わります。

 

 


謹賀新年

2011年01月01日 15時49分27秒 | 季節の風物詩・旅・地理・歴史・建築

平成23年1月1日(土)朝方は晴れ、のち曇り時々雨

大晦日は、少し雪が降りましだが、元旦の今朝は、晴れ上がった青空!

だんだん曇ってきました。そして、時々雨。

昨年は、真っ白い雪景色でしたね。

 

新年あけましておめでとうございます

 

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

昨年よりも、少しでも進歩があり、より良い一年になりますように!

教職員一同、一丸となって、邁進したいと存じます。

子どももおとなも、健康第一で、

楽しく充実した毎日になりますよう!

心を込めて  成長をお祈りしています。

  

三学期は、1月11日(火)からスタートします。

元気いっぱい、笑顔でお会いしましょう!

                  

 

  預かり保育は、1月4日(火)から始まります。

  平  日は、8時~18時半

  土曜日は、8時~16時半

  詳しいことは園へおたずねください。

      

入園や、転入園などの手続きは、

まず、電話してから お子様と一緒に お越しください。

    TEL093-631-3939

1月7日(金)以降に ご来園ください。

                

今年は、 卯年。 うさぎと言えば、ジャンプ!

兎のように 大きな長い耳になって

こどもたちのつぶやきをしっかり聴き取り

それぞれの、こどもたちの個性の良いところを見つけて

引き出し、磨きをかけるよう、職員一同 邁進いたします。

何事も、コツコツ  地道に努力し より佳い方向へ 躍進しましょう!

 どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。