nonnon日記
6年生の遠足の折の・・・・そこだけ鮮明な記憶・・・。
どこに行ったかは忘れたが、電車で移動する遠足であった。
私が座席に座っていて、W先生は、すぐ前のつり革につかまって
立っておられた。 私がいきなり
「先生、今日の私のお弁当、お父さんが作ったんですよ」
と言い出すと・・・・W先生は・・・
「アラ、いいお父さんねェ」・・・とおっしゃったが、
その笑顔の後・・・、とても悲しそう・・・な顔をされたのである。
そのお顔に不意をつかれた形で、私は次に言おうとしていた
言葉を飲み込んでしまった・・・・。
(先生、お母さんがね、お父さんと喧嘩して家を出て行って1週間・・・
先生、私は不安で、悲しくて、遠足を楽しむどころじゃないです・・・・。)
でも‘我が家の恥’ではあるし・・・・言えない、言えない・・・。
(6年生の女の子は既に‘外聞’を気にするのです。)
「お母さんは?」と聞かれれば、何か言えたかも知れない。
でも先生は、‘悲しそう’な顔をされたっきり、横を向かれた・・・・・・・
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W先生、あの時、先生は亡くなられたご主人のことを思って・・・、
坊ちゃんのことも思って、お父さんのいる家庭を羨まれたと思います。
・・・・でも私は、あの時、‘恐怖’と‘不安’の中にいたのです。
夫婦喧嘩をして出て行こうとする母親に取りすがって泣く子・・・
大人であれば、笑える光景ですが、子供には、なかなかに
心理的に厳しいものがあります。
・・・・・・・・後で、ロシアの文豪トルストイが
「幸福な家庭はどこも似たり寄ったりだが、不幸な家庭は、さまざまに不幸だ」
と書いていることを知りました。
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家庭を築いて、それを維持していくのは、大変なことだと
自分も体験して解りましたが・・・・。
(その後1週間で、私の母は、帰ってきて、父と別れることもなく、
67歳で亡くなりました。)
W先生は現在、息子さんご夫婦と同居されて、リハビリに励んでおられる由、
年賀状に震える字で書かれていました。
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W先生、あの時、淋しい思いを味わわせてしまって、申し訳ありませんでした。
幸せそうな家庭に見せてしまいましたが、私はあの時、結構不幸でした。
お会いして、お話しても、きっと先生は思い出せないでしょう。
・・・遠い日の・・・私の心にだけ引っ掛かっている遠足の思い出です。