昨日の5月5日は私と空手道の試合の最中に彼が亡くなった日です。
私の「トラウマの歴史のスタート地点」という言い方も出来ますが、亡くなった彼に責任があったわけではもちろんありません。
むかし風にいうと「星の巡りが悪かった」とでも言うのでしょうかね?よほど亡くなった彼の方が災難であり、身の不幸と言うことです。
5月5日だけでなく、時折亡くなった彼のご家族や当時の彼女はどうしているだろうか?と思う日はあります。私が考えてもしようがないのかも知れませんが考えてしまいます。第三者は「考えてもどうしようもない、お前が考えてもしようがない」とよく言われましたが、私は彼に次ぐ当事者で「考えるな」と言っても、その言葉は無責任に聞こえます。
ただただ、合掌