川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

時夫くん

2010-09-03 20:26:18 | 友人たち
 信州(安曇野・大町・白馬)への4泊5日の「避暑」から昨夕帰ってきました。留守中も多くの方が「川越だより」を覗いてくださってありがとうございます。

 この「避暑」で心が温まったせいか、僕はすこぶる元気です。まだまだ続く炎暑をこの勢いで乗り切っていきたいものです。

 29日、下仁田から国道254の快適なドライブで昼前には安曇野に着きました。時夫くんにはジャスコで落ち合った後、自宅を訪ねてお連れ合い共々交流の時を過ごしました。

 その後は安曇野のあちこちを案内してもらい、最後にお連れ合いの実家近くの長峰山から安曇野を俯瞰しました。

 この間5時間あまり、僕は言いしれぬ喜びの中にいました。

 僕が時夫くんたちをHR担任したのは1975年のことです。池商(池袋商業高校)に入学したばかりの彼らはまだ15歳で少年の幼さをどこかに残していました。

 様々な事情から翌年は組合(日教組系列の都高教組池商分会)の仕事を担当することになり、担任は一年限りでした。そのため、時夫くんの印象も一年生の時のママです。

 ジャスコの駐車場で会ったのは34年ぶりということになり、彼ももう50を過ぎているはずなのですが、向学心に燃えている青年に会っているような印象を受けました。「これがあの時夫か」とびっくりしたといってもいいでしょう。

 家族と人を大切にしながら日々学びの心を忘れず、一生懸命に生きている人の姿がそこにあったのです。「本当にいい男になったなあ」。

 語らいの時間が足りなかったのか、もっと話しておきたいことがありそうだったので私たちは旅の最後の宿を浅間温泉に取り、仕事を終えて訪ねてくれた時夫くんと再び交流の時を持つことができました(9月1日)。


 覚え書き①

 僕は当時、一人もやめさせないぞと張り切って生徒理解に努めていたが、本当のところは何も解っていなかったなあ。

 早くに父と別れて貧困のただ中で育った。おばあちゃんはよくスイトンを食べさせてくれたという。具は何も入っていないただの醤油汁のスイトン。僕の世代ならまだしも、高度成長期の東京にもそのような生活があったのか。

 くず鉄商をしている近所の朝鮮人の友達の家でごはんを食べさせてもらうこともあった。家族で食卓を囲む団らんはなかった。父も母もいない。「家族」への渇き。同じような境遇のこどもたちがたむろする。僕には想像がつかない少年時代。


 覚え書き②

「<池商1~7>はこれが高校生活というものか、と感激した。みんなの仲がよく楽しかった。」

 そのぶん、2年生以後は苦労の連続。時夫くんを「学校のダニ、ゴキブリ」などといってはばからない教員や校長がいたという。

 「上から目線でしか生徒を見られない教員の中には平気で女子生徒にも暴力をふるう者までいた。」

 (この時期は非常勤講師組合の待遇改善闘争を巡って分会が分裂し、組合が少数派になった直後で、多数派となった人たちが学校を思うままにしようとしていたがここまでとは思わなかった。)

 今、人の親になり、人に物事を教える仕事に就いてから教育のあり方を自分のこととして考える毎日だという。
 僕は全員に「5」をつけるなど格別に変わった教員だったかもしれないが、その生き方が教育のあり方を考えるヒントのひとつにでもなっているとしたらうれしい。


 覚え書き③

 時夫くんはお連れ合いのことを心から尊敬している。

 信州に来て貧しさの中でも働いて大学に通った彼女を知って「自分はなにをしてきたか」と馬鹿さ加減に気づいたという。そこから人生の再出発が始まったのだろう。

 話をしていると学びの広さと深さが感じられる。根底に人に対する優しさが宿っている。

 お連れ合いのお父さん、お母さんが家族の一員として迎えてくれた。どんなにかうれしかっただろう。

 義父の最後を看取り、昔ながらのやり方で葬った。それが彼にとっては義父からの何よりの贈り物だった。「父」のぬくもり、家族の絆を実感することが出来たのだ。

 こんな親子のつきあいがどこにでもあるわけではない。ぼくも聞いていてうらやましいやら恥ずかしいやら。

 お連れ合いとその家族に出会って渇きをいやし、再出発へのエネルギーを蓄えたのだろう。今彼が若々しく魅力的なのはそのような出会いに感謝し、みんなの目に見守られながら精一杯生きているからだろう。

 覚え書き④

 未熟な教員だったのに僕は本当に幸せ者だ。30余年ののちに15の少年の生活と心の内をいくらかでも知ることが出来た。この人がもっとも苦しんでいたときに力になることは出来なかったが、今こうして再会することは出来た。これから折に触れて交流する友達になれるかもしれない。それを本当にうれしいと思う。

 



 
 

 

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