燃えよ剣(第2部のみ)
司馬遼太郎原作の『燃えよ剣』
の実写化作品は数々ある。
だが、原作マニアの私として
は、この1990年正月ドラマ版
の土方歳三と沖田総司が一番
原作に近い、という事を紹介
したい。これは間違いない。
役所広司の土方歳三は司馬遼
太郎の原作の土方歳三そのも
のだ。名作とされる過去のド
ラマでの栗塚旭の土方の演技
は新劇の舞台のようで実は硬
すぎるのだ。
沖田総司に関しては1965年版
「新選組血風録」の島田順司
が歴代沖田総司役の頂点とさ
れている。
それは首肯できる。あれはも
ろに司馬遼太郎原作の沖田
そのものだ。
ただし、島田さんは現実の沖
田のようなヒラメ顔ではない。
この1990年正月長編時代劇版
(一部二部で約5時間)の沖田
総司役の新人の辻輝猛の風貌
と素振り等がもろに現実的な
沖田総司の記録から見るキャ
ラそのものなのだ。まるで
山本コータローのような顔。
それが現実の沖田総司の相貌
だった。そして背が高く、色
黒で猫背。決して美男子では
なく、撃剣稽古の時にはヒス
テリーを起こし、隊員たちは
恐れを成す。しかし、変人で
菓子好きで子ども好き。非番
の時などは近所の童と普通に
子どものように遊んでいると
いうのが実像の沖田総司だ。
剣の腕は隊内で一、二を争う
遣い手だったのは明治以降の
永倉新八の著書に記されてい
る。
土方と沖田のこの二人に関し
ては、本作1990年版ドラマは
ドンピシャの大抜擢だと思う。
さらに、だ。
志垣太郎が演じる桂小五郎が
これまた桂小五郎の決定版と
なっている。桂そのもの。
木戸孝允ではなく、江戸俎板
橋付近の練兵館時代からの桂
小五郎。近所の試衛館に道場
破りが来たら斎藤道場の練兵
館に助っ人を頼みに行ってた
頃からの桂小五郎。竹刀お化
けの撃剣巧者の。
ちなみに俎板橋の横の旗本屋
敷4050石の末裔は私と同門の
居合の先輩だった(故人)。
居合の稽古の帰りに一緒に飲
んでいたら刀を居酒屋に平気
で忘れる人で、道場仲間たち
から「だから幕府は負けちゃ
うんだよ」とからかわれて
「てへっ」とやっていたとぼ
けた人だった。幕府奏者番も
務めた家の末裔の人だった。
無論江戸切り絵図にも家名と
官名が記載されている。受領
(ずろう)官職は甲斐守。
父君は戦後直後に共産党大幹
部でレパで公職追放になった
人だった。
意外だろうが、江戸期の旗本
や各藩の武士の末裔は、戦後
には革新勢力派に属する人が
多い。明治の自由民権運動の
主力層も士族だったという事
実が日本にはある。
個人的なところでは決して支
配層に与するのをよしとせず、
民衆の側に立つ人が武士の血
脈には多かったのも隠れた日
本の歴史の事実の一コマだろ
う。
1990年版「燃えよ剣」はVHS
化はされたがDVD化は未刊だ。
是非ともDVD化が望まれる。
隠れた傑作。
劇中、髭を生やした武士が
何人か出て来るが、それは
完璧に✖。ありえない。
だが、主演の役所広司と新
選組の面々の役者の演技が
非常に良い。
伊東甲子太郎役の近藤正臣
の演技力などは特筆ものだ。
台詞回しが最高に良い。
石立鉄男の近藤勇には批判
も多かったが、いやさにあ
らず。これはこれで近藤勇
の真の姿をよく演じきって
いる。
これは司馬遼太郎の原作だ
けでなく、実際に新選組関
係者から聞き取り調査をし
た子母澤寛の記述に極めて
近い実像キャラとしての演
技を石立は実現させている。
真の近藤勇の姿に数ある映
像作品の中でも一番近いの
ではなかろうか。
鶴田浩二が演じた近藤勇な
どはもろに「時代劇」のヒ
ーローそのままでカッコよ
すぎる。活劇娯楽であり、
原作や実像の近藤とは異な
る。近藤勇は実はもっと生
生しく、土臭いのだ。そし
て人間味が溢れる。
現実的な近藤は時代劇で描
かれる硬直漢ではなく、も
っと人間的な息吹を出しな
がらも頑強なところがある
人柄だ。
漫画劇画では望月三起也の
「俺の新選組」の中で描か
れた近藤勇が一番実像に近
いが、石立鉄男もオハナシ
の創作時代劇活劇の近藤で
はなく、よく実像に迫る近
藤勇としての演技を見せて
いるのが本作だ。
この正月特番長編時代劇の
1990年版「燃えよ剣」は本
当に傑作。