ケン坊のこんな感じ。
キーボーディスト、川村ケンのブログです。




面会時間の開始くらいに病院へ行くと、もう既に父や叔母が来て、ベッドの傍に座っていました。

でも、昨夜からも状態は変わらず。悪くもなっていないけれど、良くもなってはいないとのこと。



今日は、後で弟も来るといいます。


父の希望で(祖母は父の母親です)、「(お前たちが来てるのだし)せっかくなのだから」と、二種類点滴している内、一種類の痛み止めを一時的に停止してみてもらうことにしたそうです。

もしも痛みを訴えるようなら、すぐにまた開始する用意はしておきつつも、そうすることで、意識の混濁を少し抑えることが出来るからだそうです。

そうしたら、話が出来るかも、という父のはからいでした。「母さんも、きっと話したいはずだ」、と。



お昼を過ぎて、なんとなくだけれども意識が少し戻ってきたようで、それでも天井の一点を見つめたまま、呼吸補助装置の助けを借りて、必死に病と戦っている祖母。

「大丈夫?痛みは無い?」

と訊くと、ゆっくりと首を横に振ってくれました。でも、見ているだけでも、本当に辛かったです。大正生まれの、あんなに闊達で元気な祖母が、もう、自分で息をすることもままならないなんて。

まもなく、弟も到着し、祖母に声を掛けていました。でも、まだ意識は朦朧としているのでしょう。なんとなく、目を見開くのが精一杯の様子でした。


昨日もでしたが、皆で祖母のベッドを囲んで、昔話や色々な思い出話をしました。こうして、遠く離れて住む家族が集まって話をする機会って、本当になかなか取れないものです。こういうのも、祖母の力なのだろうな、と思いながら、知らなかった父の昔話などを聞いていました。


やがて、お昼時になり、皆で食堂に行こうという話になったのですが、僕は

「先に、行ってきて。僕が見てるから。」

と、皆を送り出しました。




なんだか、皆が居ると、照れくさいような、気恥ずかしいような気がして、思うように声を掛けられなかったのです。


だから、ようやく祖母に、改めて「わかる?来たよ。久しぶりだね!ごめんね、ずっと会いに来れなくて」と謝って。


それから、沢山色んな話をしました。話、というには、一方的だったけれど、それでも時折、目を大きく見開いたり、首をこちらに少し傾けてくれたり、「あ、あ」って声を出してくれたり。


今も、全国をツアーで周ってること、沢山の素晴らしい音楽に、人たちに出会えていること、仕事がとっても楽しいこと、

それから、おばあちゃんの梅干が本当に酸っぱくて、でも美味しくて、焼酎のお湯割りに入れると最高なこと、

おばあちゃんのニンニクが最高に美味しくて、これでパスタを作ると、三人前くらいペロッと食べられちゃうこと、

おばあちゃんの作るリンゴが毎年楽しみで、仕事仲間にもおすそ分けするんだけど、いつもとっても喜んでくれるんだよ、ってこと、


それから、


もうすぐお正月だね、お餅の季節だね、また、美味しいのついて、送ってね、って。楽しみに待ってるからねって。




手を握りながら、話しました。時々、弱々しかったけど、ちょっとだけ握り返してくれたりもしたような気がします。天井を見たままだったけど、耳は、最後までちゃんと聞こえているのだそうですね。



でも、なんかふと自分の言葉が辛くなって、僕は、ちょっとそのまま、祖母の顔を見ながら黙ってしまいました。



5分もした頃だったでしょうか。


祖母が、何か小さい声で、呟いたんです。


「え?おばあちゃん、今、何て言ったの?」

と聞き返すと、祖母は、もう一度、言いました。小さい声ですが、今度は、はっきり聴こえました。

「ねむい?」



!。


黙ってちゃだめだ。もっと話さなきゃ。


「ううん!眠くないよー!全然眠くないよー。おばあちゃんは?眠い?」


祖母は、首を横に振りました。


でも口をついて出てくるのは、「今年の夏は暑いねー、こないだ北海道に行ったんだけどね、もう南の島みたいだったよ。」「そうそう、畑は今は何作ってるの?」「お家はどう?あいかわらず?」なんて、・・・どうでもいい事ばっかり。

慌てちゃうんですけどね、でも、なんだか昔の思い出話は、したくなくて。まだ、なんだか。



ふと、思い出して、「そうそう、最近ね、学校でせんせーしてるんだよ。若い子に、音楽を教えてるの。あと今年ね、本を出したんだよ。音楽の本で、『緑ちゃん』ってあだ名で呼んでるんだけど、今でも沢山の人に読んでもらえてるんだよ。」って言ったら、


また祖母が口をもごもごさせて、何か言ったのです。


「ん?なんて?もっかい言って?」

と、耳を口元に近づけると、祖母は大きく息を吸って、はっきりと



「・・・うん、たいしだもんだ」



って。





本当に、本当に嬉しかった。喜んでもらえて、褒めてもらえて、本当に、嬉しかったです。





それから、皆が戻ってきて、しばらく傍にいて、ワイワイと話をしました。自分から声をだしてくれたし、少しだけだったけど、お話できたし、皆、少し安堵したようでした。


そして、今日、とんぼ帰りで戻る弟と一緒に、僕も一緒に新幹線に乗ることにしました。


おばあちゃんに、「じゃあ一旦帰るね、バイバイね!またね!また来るからね!」と声をかけ、


自分の「バイバイね」という言葉に、なんだかとってもショックを受け・・・。


「じゃあね!またね!」

と最後に声を掛けると、祖母は、


手を上げて、ゆっくり、バイバイをしたのです。


その手を見た瞬間、もう堪らなくなり。



一度病室から出ようとしたのですが、もう一度もどって、


「おばあちゃん、また来るからね。お餅、楽しみに待ってるからね。」


と声を掛けると、


また、祖母は手を上げて、振りました。


いつもなら、なんでもないこと。今まで、ずっと別れるときにはそうしてきたこと。誰とだって、すること。




でも、


多分、本当の、バイバイ。




人間には寿命があって、どうしたって勝てない病もあって、それは、今までもずっと続いてきたことで、これからもずっと繰り返されていくことで。


もう大人ですから、受け入れていないわけじゃないです。



でも、辛い。


心が千切れそうなくらい、辛かったです。



もう、これ以上は戻れないと思って、少し早足で、病室を後にしました。


一度だけ振り返ると、祖母は、天井を見つめていました。




奇跡、起きて欲しい。


祖母のお餅が、また食べたいです。




ではです。

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