【保存会会員や地元小中学生らが練習の成果を披露】
奈良市東南端に位置する都祁吐山(つげはやま)町の下部(おりべ)神社で23日、秋の例祭が執り行われ奈良県指定無形民俗文化財の「吐山太鼓踊り」が奉納された。起源は定かではないが、元禄6年(1693年)の歌本が残っており、少なくとも江戸時代前期まで遡る。この日、神社拝殿前には7基の大太鼓が横一列に並んで、保存会会員や地元小中学生が太鼓を力強く打ち鳴らしながら踊りを披露した。
この太鼓踊りは本来、雨乞いを祈願するもので不定期に奉納されてきたが、戦後、灌漑設備が整備されると踊られることが少なくなった。このため地元有志が1984年、伝統芸能の継承を目的に保存会を結成、94年からは地元の吐山小学校でも郷土学習の一環として採り入れられた。そして2007年からは豊作の御礼として毎秋奉納されるようになり、今では民俗芸能継承のモデルケースと県内で高く評価されている。
この日太鼓踊りに参加したのは太鼓の踊り手のほか、シンボウウチ、シデ振り、鉦叩き、歌出し、幟持ちなど総勢65人。午後2時、花火を合図に吐山公民館など3方向から太鼓の行列が出発し、恵比寿神社前の三差路で合流、お祓いを受けた後、豪快に「辻太鼓」を打ち鳴らした。この後、天狗を先頭にそばにある下部神社に向かった。幟には大きく「春日神社」や「春日大明神」の文字。これは別の場所に鎮座していた下部神社が現在地の春日神社に合祀され、下部神社が名を引き継いだことによるそうだ。
宮入り後、境内では小中学生と保存会のメンバーが合同で「干田(ひんだ)踊り」「宝踊り」「家方(やかた)踊り」などを披露した。小学生たちが3人一組で入れ替わりながら飛び跳ねるように太鼓を打ち鳴らすと、観客から大きな拍手が送られた。「家方踊り」は1953年に演じられたのが最後で、実に64年ぶりの復活という。太鼓の前面中央には「天テコ 天テコ、天テコ天」と打ち方を示す〝譜面〟が高く掲げられていた。締めくくりは「納め踊り」で、太鼓を叩きながら鳥居をくぐって神社を後にした。