先ず最初の二人ですが、正恩は弟、正男は兄の異母兄弟ですが、弟が自分の地位を脅かすだろうと考えて、兄を、密かに、マレーシアで、誠に、奇天烈極まりない巧妙な手口を利用して、葬り去った事件です。よくも、こんなことができる物だと呆れているのですが、日本でも、1300年も前の事になりますが、此の事件と全く同じとは云えませんが、よく似た事件が起きております。しかし、北朝鮮の場合は、弟が兄をですが、此の時起きた日本での事件は兄が弟を殺しております。但し、この場合は暗殺ではありません。「謀反」の罪をでっちあげて、正々堂々と????殺しているのですが、考え方はどちらもどちらですが。
672年の壬申の乱の後、685年の事です。天武天皇の皇子「草壁」が、次の天皇にはるはずですが、その弟「大津」が、昨日書いたように、能力的にも、肉体的にも、精神的にも、余りにも優れた能力を備えていたため、兄「草壁」はどう思っていたのかは分かりませんが、草壁皇子の母親「鵜野皇女」は、どうしても我が子「草壁」を次期天皇にと考えたのです。そのためには、どうにかして我が子「草壁」の大敵となるべき弟「大津」を出来るだけ早くこの世から消えてもらう必要があるのです。しかも、その死に「正男事件」のような疑惑がかからないような方法で。その為の策を母親は練ります。
685年9月9日天武天皇は崩御されます。その喪も明けない10月2日です。突如として大津皇子の謀反が発覚します。どのような謀反があったのか、この辺りの事は何ら明確になっておりません。まるで、稲田かなんかという人の発言のようで、その全貌には霞がかかっており、云うことがその時々で激変する支離滅裂であきれ返っておりますが。それと同じで、何が真実か不明な不思議な事件だそうです。草壁皇子の母「鵜野皇女」が深く関わっていたということは疑いの余地がないと言われております。 新羅の怪僧が関わっていたとか、川島皇子が関わっていたとか色々なうわさが立っていますが、1300年の今でもその真相は不明なままのようです。なお、稲田さんの方は大分明らかになりつつああるのでしょうかね????