「もうすぐ幼稚園に行くので、字を教えようと思っています。どんなふうに教えたらいいでしょうか」と尋ねられて、年齢を聞くと3歳になったばかりだというのです。
■文字獲得の前提
焦らなくてもいいのです。文字獲得の前提となるさまざまな土台になる力が育っていない段階で、文字を教えこむなどするとかえって障害にすらなりかねません。
土台になる大切なことは、どんなことでしょうか。
まず一つ目は、話しことばが豊かに育つこと。4歳頃に話しことばが一応でき上がるといわれています。5歳半頃になると、自分のしたこと、見たことなどがある程度、筋道立てて相手に話せるようになっていきます。この育ちを待たずして、いかに文字を読むか書くかなどは、問答無用というところでしょう。
話しことばが豊かになるためには、ごく日常の生活の中でいろいろな体験をして、それをことばにすることが大切です。ことばになるためには、よい聴き手が必要です。たどたどしくしゃべる子どもの目をしっかり見て、ふんふんとうなずきながら聴き、共感してやりたいです。
同時に、自分を絵で表現したり、身ぶり手ぶりで自分の想いを表現するという活動がとても大切なのです。絵にお話がいっぱいあると一層うれしいです。丸が3つあるだけでも、子どもはそこにたくさんの話を詰め込んでいます。たくさんおもちゃを買うよりも、白い紙とパスや鉛筆を与えたいものです。
二つ目は、文字の形が描けるようになるには「形を描く力の発達」が必要なのです。
ぐるぐるのなぐり描きから始まり、3歳では丸が描けるようになり、横線と縦線を十字にしたような形が描けるようになっていきます。4歳頃になると四角い形が描け、5歳にもなると三角も描けるようになります。
いろいろな形や線が描けるようになって初めて、文字という形が書けるようになるのです。だからと言って、三角や四角を描く練習をさせるのではありません。
身体を動かす運動や折り紙、ハサミを使う活動や粘土遊び、あやとりなど手をしっかり使う活動を十分にすることで、形を描く力が育っていきます。
三つ目には、文字に対する興味や関心が出てくるということが大切です。
親子で読み聞かせを楽しんでいると、自然にことばを覚えたり、「この字何?」と興味を持ち始めます。ただし、本の読み聞かせを、文字を覚えるためや知識を与えるためにするのは本末転倒で、かえって読書嫌いにさせます。本は楽しいと感じれば、結果として、文字への関心が生まれてくるのです。
身近にある文字が読めるようになることで、新しい世界と出会ったり、まわりのできごとに意味づけができるようになっていきます。これが文字を覚えるおもしろさと意欲になっていくのです。
私なども働きながらの子育てで、子どもより帰りが遅いことも多いので、よくお手紙を書いていました。
「めだかのあかちゃんがうまれて、うれしいなあ。えさをわすれないであげるんだよ」
文字が生きて働くという体験が大切です。折り紙が大好きだった次男は、新しい折り紙が次々したくて、説明の文字を何度も聞いては挑戦。いつのまにか文字を覚えました。
だから私は、無理矢理教え込むのではなく、興味を持って聞いてきたら自然に教えてあげればいいと思っています。
そして、読めたらすぐ書かそうなどと、これまた焦らなくていいのです。文字を学ぶ土台がつくられていったら、書くことは、小学校に入学したら急速に覚えることができるので心配はいりません。
反対に今気がかりなのは、文字の読み書きはできるのに、話が聞けない、自分のしたことや思いがことばで表現できない、絵が描けない、全身運動や手の機能が育っていないという子どもたちです。子どもの育ちには順序があるのです。そこを無視した悪しき「早期教育」に落ち込まないよう心したいですね。
(とさ・いくこ 中泉尾小学校教育専門員・大阪大学講師)
*参考文献『小学校までにつけておきたい力と学童期への見通し』丸山美和子著