在日22年になるオジュグ・アダムさんは、現在京都で輸出入会社を経営するかたわら、同志社大学で哲学を教えています。京都府の名誉友好大使としても活躍、国際理解や料理教室の講座を受け持ったり。本当はインド料理が一番得意だそうですが、この日は最も伝統的なポーランド料理を紹介してもらいました。
ビーツのスープ『バルシチ』は、『ボルシチ』に具がたくさん入っているのに対して、透明なコンソメ、という意味があるそうです。本当は生のビーツをぐつぐつ煮ていい味のスープを出すそうですが、日本ではなかなか生は手に入らないので缶詰で代用します。ホール・ビーツはチキン・スープで20分ほど煮出してから取り出し、塩こしょう、リンゴ酢で味を調え、茹で卵を浮かべていただきます。あっさりとしたさわやかなス-プでした。取り出したホール・ビーツは千切りにし、砂糖と酢をまぶてサラダにしました。
ビーツは地中海沿岸原産のアカザ科、サトウダイコンの変種で、ショ糖を多く含んでいるので独特の甘味があります。日本にない野菜で、欧米人がなぜこんなに好きなんだろう、といつも私が不思議に思うものに、ビーツとルバーブがあります。ルバーブにもショクヨウダイヨウと日本名はあるようで、蕗のような茎の部分を砂糖で煮込んで食べます。甘酸っぱいルバーブ・ジャムやルバーブ・パイに欧米人は目がないのですが、そのおいしさが私にはもう一つ理解できません。こちらもビーツほど鮮やかではないけれど、きれいなピンク色をしています。このルバーブに比べると、まだビーツの方が私にはおいしいかな。
メインとして、ザワークラウトと肉類、ソーセージを煮込んだ伝統料理、『ビゴス』を教えてもらいました。ポーランド人にとってのビゴスは、日本人にとってのカレーライスのようなものだそうです。老若男女に好まれ、食卓によく上がる家庭料理、おふくろの味、といえるものだそうです。日本ではドイツ、スイス、アメリカなど色々な国の瓶詰めザワークラウトが売られていますが、ビゴスにむかない味のものもあるそうで、この日はポーランド産ザワークラウトを使いました。生のキャベツを混ぜることもあるそうで、他に玉ねぎ、きのこが必ず入ります。今回は干しシイタケを使いましたが、日本風の味にもならず、長時間煮込んだザワークラウトも酢の味が完全に消え、水煮トマトとケチャップでマイルドな味に仕上がりました。本場では黒パンとともに食べるそうですが、この日はマッシュポテトを付け合わせにしました。日本人の口にも合って、美味しかったですね。
『ピエルニキ』は伝統的なお菓子だそうです。ジンジャー・クッキーのようだけど、ジンジャーではなくてシナモン、クローブ、ナツメグであんなにスパイシーになるんですね。
もう一つ教えてもらった『クルスキ・ズ・マキエム』は芥子の実入りパスタ、という意味だそうですが、デザートなのか前菜なのかよく分からない一品でしたね。ブルー・ポピー・シードを30分ほど煮込んで柔らかくしたものをすり鉢ですり、それに手作りのオレンジ・ピールとクルミをきざんだものを加えてソースを作ります。これをマカロニなどのパスタにあえて食べるそうで、クリスマス・イブの定番料理の一つだそうです。ポーランド人の9割は敬虔なカトリック信者で、クリスマス・イブには肉を食べないそうです。その代りに、この日にしか食べないベジタリアン料理がイブの日は並ぶそうです。今回はリボンパスタに加え、手作りパスタもささっと作ってみせてくれ、2種類のパスタの食感を楽しみました。オレンジ・ピールもあんなに簡単に、ウオッカと砂糖を加えて炒めるだけでできるんですね。
皆さん、初めて食べるポーランドの味に戸惑いや開眼もあったみたいですが、旦那さんがお料理できるといいですよねぇ。アダムさんと孝子さんの娘さんは、お父さんの手料理で育ったんですよ。私達親子が遊びに行っても、食事を作ってくれるのはいつもアダムさんです。
ところで、2006年の夏、孝子さんが仕事でポーランド住んでいたので、シアトルから遊びに行きました。冷戦時代はソ連の影響下に置かれ共産主義政権が支配していたため、民主化したとはいえ、人々の働く意欲の低さは驚きものでした。国から平等に給料をもらっていた彼らには、「サービス業」 という概念がないわけです。客を待たせるのは平気だし、スーパーの肉売り場でソーセージを物色していると、突然売り場の電気が消え、閉店だからおしまい、と店員がさっさと帰り支度しだした時にはたまげました。閉店10分前だったのに!でも、孝子さんが連れて行ってくれた小さな食堂はどこもとても美味しかったのが、救いでした。夏の一押し、きゅうりとディルの冷たいスープ、ふんだんに採れるきのこを使ったスープやソース、肉料理などなど。アウシュビッツを訪れる気力はその時の私にはなかったのだけど、何度も国土を侵略され、虐げられてた国民の苦悩を色々なところに感じた少しつらい旅も、素朴で美味しい家庭料理によって暖かく埋め合わせてもらえたような。もちろんウオッカとソーセージをたくさん買って帰りましたよ。あれっ?肉はアメリカ持ち込み禁止だったはずなのにね!?