それなりの ノタリ

地域活動がそれなりにやることがあって、かと言って、多忙というほどでもなく、ノタリの生活。

敬老の集い

2018年09月22日 | 再開(地域と地域活動)

今日は町内会が主催する『敬老の集い』が開催された。

私は町内会の副会長でもあり、老人会の役員でもある二股をかけているので、気持ち的にはやや複雑だ。

というのは、年齢は70歳と充分に老人となったのに、65歳以上の町内会員の長寿を祝うという、そのことが矛盾するのだ。主催者側としてそんなことも言ってられないので挨拶だけはするように、わだかまりを抱えながら知らんぷりをして喋っている。

今日の最高齢参加者は95歳のおばあちゃん。まぁ、そう考えれば息子みたいな私の年齢。お祝いするのには、おかしいことはない。

多少の出し物があったりして、時間は経過する。

89歳のおじいちゃんが毎年、自分の庭で育てた花をアレンジメントにして、1テーブルに一つを飾ってくれる。

私のテーブルにも置いてもらったので、今年は私が貰い受けて玄関の花スペースに飾った。

今朝切ったもので、新鮮なのでしばらくは楽しめるだろう。


地震によるお墓の被害

2018年09月18日 | 雑記

お彼岸も近い今日、お墓が心配になってきた。

市内の平岸霊園と里塚霊園はかなり壊滅的な状況のようだ。

我が家のお墓は真駒内滝野霊園という巨大な霊園で、現在4万7千基が建っており、今も工事が進められている。

左手前が我が家。名前は消してあるので、のっぺらぼうですが。
右隣りのお宅のお墓は明らかに損傷を受けている。本体もそうだが、灯篭2基が回ったり不安定な状態になっている。

これは我が家の墓の下の部分だ。一見しても異常はなさそうだ。

ところが、よ~~く見ると、ローソクや花、線香立てなどの役目を果たしている基部の部分の石が全体的に1cmほど右にずれているのだ。

元に戻そうとしたが、非力な私ではうんとも、すんとも動かない。

よ~~~く見れば分かる程度なので、こんど息子たちにやってもらおうと思う。

近所の人で、里塚霊園に建てている人は、復旧に6万円かかると言っていた。

思わぬ被害があったのだから、ちょっとショック。

家内の実家の墓もこの霊園にあるが、うちのより小振りのせいか、まったく損傷なかった。


地震8日後のスーパー

2018年09月15日 | 雑記

今日で北海道胆振東部地震発生から8日目となった。

我が家は、防災物資として最低限備蓄する必要ある水、食糧などに不安はなかったし、この8日間に不足して困ることはなかった。

それと言うのも、9月6日午前3時07分の地震から断水することはなく、電気は当日の19時35分に通電したので、日常生活には基本的に心配はなかったからだと思う。

当日の停電のため、冷蔵庫と冷凍庫に入れていた食品には、アイスクリーム以外の被害がなくて済んだ。当日は冷蔵庫・冷凍庫ともに扉をできるだけ開けないようにしていた。

主として食糧調達のためのスーパーマーケットだが、6日~8日くらいの3日間は品薄で、とくに生鮮品や乳製品はまったくない状態だった。私は毎日牛乳を1㍑は飲む週間があるので、地震発生後3日目くらいから、ちょっと困ったが、4日目から歩いて5分のコンビニ(地元本社のセイコーマート)で調達できた。大型スーパーはダメだったが、地元コンビニは早かった。さすがに地元なのだと思った。因みにこのコンビニは道内で1,050店を展開する大きなコンビニだ。応援したい。

ヨーグルトのコーナー(乳加工品)は品薄。

さはさりながら、今日もスーパーでは品不足が続いている。

しかも地震発生の前日の台風21号とダブルでの「震災」なので、物流や輸送や農産物の生産に多大な影響を及ぼしている。

節電をしなければ計画停電になるとの恐れから、一般市民を巻き込んだ節電が当たり前になっている。

我が家では、もともと節電しているので、画期的な節電方法はあまり見当たらないが、例えば今日は28℃を超える気温だがエアコンは使わなかったとか、冷蔵庫の温度設定を緩めにするなどはやっている。

牛乳はほぼ戻ったが、一部人気製品は、午後になると棚がゼロ。

写真ではよく分からないが、節電のためかなり薄暗い。例えば肉。色が分からずついつい、買わずじまい。

述べたように、私の必須品の牛乳は2本まで。

こんなような状態だが、間違いなく復旧しているので、まったく心配感はない。

 

それでも、札幌市清田区の里塚地区では、液状化のため相当な被害が出ている。

また、長男が住む東区では、マンション前の「東15丁目屯田通」が南北に4kmが波打って、車の通行ができない状態。仕事は歩いて地下鉄駅に行くか、自転車で通っている。市の職員なので、明後日の敬老の日も「待機役」として出勤だそうだ。

いろんなとこころに影響が出ている。

 


台風24時間後の大地震 胆振東地震発生

2018年09月07日 | 雑記

大型の台風21号が9月6日未明(午前3時ころ)、北海道に接近して大陸に通りぬけたと思って、やれやれと思っていた。

その9月6日の夜は、普通にベッドに寝ていた。

ところが、正確には翌日の9月7日午前3時過ぎに、ぐっすりと眠っていたのに、ドカーンと地震が襲来。 前日から数えればちょうど24時間後のことだった。

火事が起きても「簡単には起きれないわ」と常々、奥さんに言われていた私だが、飛び起きるような感じで目を覚ました。

テレビを点けると、震度6強クラスの地震が苫小牧東部の町、厚真町(あつま)で発生したという。

この町は、国家プロジェクトで巨大な苫小牧東部工業団地で知られる地域で、私もいろんな所用で、現役時代に訪問していた親しみのある町だ。

もちろん震源地に近い苫東の発電所も、ビジネスで訪問していた懐かしい場所だ。

 

自宅ではまずは停電した。

水は大丈夫だった。

それでも当日7日には、町内会の役員会を開いて対応を検討。

① 水の確保 ② 電気の管理 ③ 携帯とスマホ の3点について話し合い、そのとき集まれた役員5人で30班の班長に直接説明に出向いた。

しかも持参した資料は手書き。停電していたので、コピーができず、30枚の用紙を手分けして手書きで書いた。

その後(午後2時以降)は、テレビはもちろん、ネット・メール・電話など全ての通信手段が使えなくなり、今に至った。時間によってはメールや携帯電話が繋がるが、いつも使える状態ではなかった。

そんな訳で、ストレスは増すばかり。

それでも本日(8日)の午後7時半ころには全てが「開通」。やっとブログに書ける状態に復帰した。

しかし、長男家族が住むマンション前の道路は変形して、車は通れないと言う。

次男家族の方はまだ電気が通じていない。風呂も満足に入れない状態。

同じ札幌でも違いが、今のところあるようだ。

トイレやその他のために水を貯めておいたが、我が家では不必要になった。

このラジオは6日夜、情報入手のため付けっぱなしにして、すごく貢献してくれた。

北海道新聞の今日の朝刊より。
これだもんねぇ、胆振~日高は要注意だと思う。

札幌市清田区の写真。同じく北海道新聞より。

日本一の液状化らしい。

この辺まで車で40分くらいかな。

近くの国道を自転車で走ってみたが、異常な渋滞が発生していた。ガソリンスタンドに入ろうとする列だ。

異常な事態にはやはり異常事態が発生する。

全道的な災害。 これから1週間も気を付けることがひつようだそうだ。

 

 

 


我が家の台風21号

2018年09月05日 | 雑記

3日前くらいから、テレビの気象情報で大騒ぎしていた「猛烈な」台風21号。

9月4日(火)のお昼過ぎに「非常に強い」状態で、徳島県に上陸した。

その後、何百キロという強風圏と大雨を引き連れて神戸、大阪、京都、福井、石川県などを縦貫して日本海へ出るや、一気にスピードを上げて日本海を列島沿いに北上して、北海道には積丹(しゃこたん)半島の西200kmくらいのところを通り抜けた。

札幌では9月5日(水)の午前3時ころがピークだったようだ。雨は豪雨というほどではなく、風がひどかった。自宅にいて前夜の11時ころから風が吹き出した。12時半くらいまでベッドのなかでテレビを観ていたが、眠くなり寝てしまった。

だから、どんなにすごかったのか知らないまま朝を迎えたが、すでに台風は過ぎ去って、天気は回復し、風もなかった。

事前に準備したのは、花鉢を除風室(玄関フード)に移したことと、物干し竿を取り込んだことだけだった。

そんな状態だったので、ピーク前後の風や打ち付ける雨のすごさはまったく気が付かなかった。

翌日(=今日)、近所の人たちに聞いたら、午前1時半から3時くらいまで怖くて仕方なかったようだ。

それでも、いいことがあった。家中の窓ガラスなのだが、全てのガラスが磨いたようにキレイになっていたことだ。主として南の風だったはずだが、風や雨がグルグル回りながら騒いでいたようなのだ。南面のガラスはもとより、東も西も北もトイレも浴室も全てのガラスがピカピカになっていた。うちはハメ殺しのガラスが多く、全てのガラス窓を手作業でキレイにすることが難しいので、なおのこと助かった。

近所の小公園だが、写真では分からないが、木の葉が散乱している。この公園の清掃は私が所属する老人クラブが、市の土木センターから委託を受けて、毎月2回やっているので、今月は重労働になりそうだ。

この公園の片隅に立っていた木が、地面から1mくらいのところでポッキリ折れて、とりあえず折れた上の部分をチェーンソーで短く切って、全体を纏めてある。

今朝の今なので、町内や札幌全域の被害の状況はよく分からないが、東区のほうで電柱がずらりと倒壊して、まだ停電状態が続いているらしい。

 

なにはともあれ、老夫婦二人、子どもたち、孫5人ともに無事だったことが一番だ。