4月12日(水曜日)
この病棟では月水金がシャワーの曜日らしくて、午前中にシャワーをしました。
機械は昨日と同じく115度。
これでも十分辛くて、少し尻を浮かせたりして回避していますが大変です。
やはり腿の筋肉が突っ張って痛いので、1時間にわたる拷問のような感じで、泣きそうになります。
米谷会の昇級試験の顛末をブログにアップしました。
先日病室の携帯に本部から電話があり、看板ができたので今月下旬に送りますとのことでした。
これでようやく師匠に並ぶことができました。
さらに「一生稽古」です。
ウシガエルは相変わらず健在。
これが爺さんやおっさんなら仕方ないなぁと思うのですが、若い兄ちゃんなので余計腹立たしく感じます。
以前入院していたときも、相撲取りみたいな鼾や息づかいの若者がいて難儀した記憶がありますが、どうも困ったものです。
4月13日(木曜日)
今日は結婚記念日。
43年も経ちました。
当時勤めていた医院の隣の獣医師が、「13日の金曜日でなくてよかったな」などと失礼な事を言ったのが今でも記憶から消せずに、結婚記念日は忘れません。
機械は120度。
リハビリのねーちゃんが、みんな上のほうへ逃げたりしてますよ、と言ったのを思い出して実践してみますが、辛いのは変わりありません。 なんとか1時間耐えましたが、こんな逃げていては意味ないような気もします。
杖での歩行訓練は30mほど。
なるべく手術をした右足にもしっかりと体重をかけて歩くことを心がけてみました。
入院してこの方、ウシガエルと痛みのために熟睡したことがなくて、どうもこんなことでは精神的にもいけないと思い、夜ナースステーションに行って理由を話して睡眠導入剤(眠剤)をお願いしてきました。
効果は絶大で、朝までほぼぐっすり眠ることができました。
4月14日(金曜日)
昨日の120度がだめだったのか、腿の筋肉痛がひどくて歩行器で歩くのにも右足に体重をかけると痛い。
リハビリのねーちゃんに話をしたら、あまり無理をしない方が良いとのことで、杖での歩行訓練はなし。
機械は5度戻して115度でした。
115度なら、ピークでちょっと腰を浮かして逃げないと痛いけど、なんとか1時間は終了。
腿の筋肉痛が収まればもっと楽になるような気がしますが。
1時間が経過してナースコールをしましたが、一向に機械を片付けに来ません。
結局機械が終了して1時間以上経過してから他の看護師が片付けに来ました。
自分でセットした機械は責任もって片付けに来るべきではないですかね。
いろんな看護師がいて、人間観察には飽きません。
昨日からこの闘病記を、メモと記憶を頼りに書き始めました。
明日か明後日にはアップできるかな。
夜、看護師のねーちゃんに再び眠剤をお願いしました。
医師に言って処方してもらうということになりました。
おかげでこの日もほぼ熟睡できました。
耳栓はしているのですが、空気の振動で耳栓越しにウシガエルは聞こえてきます。
4月15日(土曜日)
この日の担当看護師はしっかり者のおばちゃん看護師。
機械の120度についてちょっと話をしたところ、他の看護師とは違う考えのようで。
120度で1週間やらないと退院できないと脅す看護師もいたのに、この看護師は無理をしてまで120度にこだわることはないとのこと。
ただ、階段の上り下りが大変なので、できれば120度ほどまで曲がる必要があるとのこと。
こんな話を聞いたのは初めてでした。
この日は無理をせず110度で。
コロナ禍で面会は禁止されていますが、土日に限り荷物の受け渡しができます。
妻に頼んで下着の入れ替えをしました。
入院も5回目ともなれば、必要なものはほぼわかっているので、特に不足なものもなく普通に生活しています。
この部屋のウシガエルはどうも起きていてもうるさくて、大声で長電話してみたり、いちいちかけ声やため息もうるさいし、こんなことを書いているとどんなくそじじいかと思われるかもしれませんが30程度のあんちゃんです。
困ったものです。
眠剤は医師から処方されたようで、この日は言わなくても看護師が持ってきてくれました。
おかげでなんとか普通に6~7時間眠れています。
この病棟では月水金がシャワーの曜日らしくて、午前中にシャワーをしました。
機械は昨日と同じく115度。
これでも十分辛くて、少し尻を浮かせたりして回避していますが大変です。
やはり腿の筋肉が突っ張って痛いので、1時間にわたる拷問のような感じで、泣きそうになります。
米谷会の昇級試験の顛末をブログにアップしました。
先日病室の携帯に本部から電話があり、看板ができたので今月下旬に送りますとのことでした。
これでようやく師匠に並ぶことができました。
さらに「一生稽古」です。
ウシガエルは相変わらず健在。
これが爺さんやおっさんなら仕方ないなぁと思うのですが、若い兄ちゃんなので余計腹立たしく感じます。
以前入院していたときも、相撲取りみたいな鼾や息づかいの若者がいて難儀した記憶がありますが、どうも困ったものです。
4月13日(木曜日)
今日は結婚記念日。
43年も経ちました。
当時勤めていた医院の隣の獣医師が、「13日の金曜日でなくてよかったな」などと失礼な事を言ったのが今でも記憶から消せずに、結婚記念日は忘れません。
機械は120度。
リハビリのねーちゃんが、みんな上のほうへ逃げたりしてますよ、と言ったのを思い出して実践してみますが、辛いのは変わりありません。 なんとか1時間耐えましたが、こんな逃げていては意味ないような気もします。
杖での歩行訓練は30mほど。
なるべく手術をした右足にもしっかりと体重をかけて歩くことを心がけてみました。
入院してこの方、ウシガエルと痛みのために熟睡したことがなくて、どうもこんなことでは精神的にもいけないと思い、夜ナースステーションに行って理由を話して睡眠導入剤(眠剤)をお願いしてきました。
効果は絶大で、朝までほぼぐっすり眠ることができました。
4月14日(金曜日)
昨日の120度がだめだったのか、腿の筋肉痛がひどくて歩行器で歩くのにも右足に体重をかけると痛い。
リハビリのねーちゃんに話をしたら、あまり無理をしない方が良いとのことで、杖での歩行訓練はなし。
機械は5度戻して115度でした。
115度なら、ピークでちょっと腰を浮かして逃げないと痛いけど、なんとか1時間は終了。
腿の筋肉痛が収まればもっと楽になるような気がしますが。
1時間が経過してナースコールをしましたが、一向に機械を片付けに来ません。
結局機械が終了して1時間以上経過してから他の看護師が片付けに来ました。
自分でセットした機械は責任もって片付けに来るべきではないですかね。
いろんな看護師がいて、人間観察には飽きません。
昨日からこの闘病記を、メモと記憶を頼りに書き始めました。
明日か明後日にはアップできるかな。
夜、看護師のねーちゃんに再び眠剤をお願いしました。
医師に言って処方してもらうということになりました。
おかげでこの日もほぼ熟睡できました。
耳栓はしているのですが、空気の振動で耳栓越しにウシガエルは聞こえてきます。
4月15日(土曜日)
この日の担当看護師はしっかり者のおばちゃん看護師。
機械の120度についてちょっと話をしたところ、他の看護師とは違う考えのようで。
120度で1週間やらないと退院できないと脅す看護師もいたのに、この看護師は無理をしてまで120度にこだわることはないとのこと。
ただ、階段の上り下りが大変なので、できれば120度ほどまで曲がる必要があるとのこと。
こんな話を聞いたのは初めてでした。
この日は無理をせず110度で。
コロナ禍で面会は禁止されていますが、土日に限り荷物の受け渡しができます。
妻に頼んで下着の入れ替えをしました。
入院も5回目ともなれば、必要なものはほぼわかっているので、特に不足なものもなく普通に生活しています。
この部屋のウシガエルはどうも起きていてもうるさくて、大声で長電話してみたり、いちいちかけ声やため息もうるさいし、こんなことを書いているとどんなくそじじいかと思われるかもしれませんが30程度のあんちゃんです。
困ったものです。
眠剤は医師から処方されたようで、この日は言わなくても看護師が持ってきてくれました。
おかげでなんとか普通に6~7時間眠れています。