beatitude

好きなことだらけさ…

『エトワール・ガラ2010』 Aプロ

2010年07月30日 | バレエ

2010年7月29日(木) 開演19:00 オーチャードホール


今回のエトワール・ガラはAプログラムだけの観賞です。
かな~り眠くて、第1部は朦朧として記憶が定かではありません
ダンサーの表情もしっかり見える前方の席だったのでもったいなかったです
目当ては第2部の「三銃士」だったので、これだけは頑張って観てきました。

とはいえ、「シルヴィア」のシルヴィア・アッツォーニのカッコ良さは凄かったです!
バレエの女性にはなかなか無いワイルドさでステキでした。
一転、「人魚姫」ではヌラヌラした動きでとても同じダンサーとは思えない程でした。
日本人が思い描く「人魚姫」とは全々違いますね。
妖しい微笑みが強烈で、全幕公演の時、躊躇せず観ればよかったかも…
また、公演してくれないかな。
話題のマチューのノーブルオーラはハンパなく圧倒されます。
イリ・ブベニチェクの存在感もアレックス・ルイ・アームストロング少佐(ハガレン)を思い出しちゃって
眼が釘付けw。造型的にはスカーの方かな?どしらにしろ肉体派だぁ!!
「天井桟敷の人々」の衣装を間近で見れたし、
なにより、パリオペ中心のダンサーは技術面も然る事ながら
男女ともモデルのようにバランスのとれた美しさですよね


第2部の「三銃士」はハッキリ言って学芸会ノリでしたw――が、
これをダンサーたちが高い技術で手を抜かず、
大真面目に、しかも皆さん実に楽しそうに演じてるのです。
これでは観ている方も文句なく楽しくなってきちゃいます!

もともと長い話なので、どう見せるんだろうとは思ってましたが、
やはり場面が細切れで転換が多く全体的にバタバタと忙しいです。
でも、バックにプロジェクター映像を使うなどの工夫が面白かったです。
以前オーチャードで公演したパリ・シャトレ座「レ・パラダン」を思い出しました。
(こちらはバロック・オペラですがアートな感じの映像を駆使して、ポップな舞台に仕上げたものです。)

ダルタニアンがマチアス・エイマンかぁと期待度が低かったんですが、これがピッタリ!!
観ている間に「なんてカワイイんだ」とおばさんはうれしくなりました。
おまけに三銃士の大物3人が、群舞のようにマチアスを引き立てながら(実に楽しそうに)踊るんですから
滅多にお目にかかれないモノを見たような気分!
加え、マリ=アニエス・ジロのミレディーの迫力がまたスゴイ!
マチュー・ガニオの国王はあの衣装に負けない造形美。
逆にリシュリューの衣装はもう少し何とかして欲しかったなぁw
コンスタンスもアンヌ王妃も舞台に花を添え、
自分の持ってるイメージとは別のパリ・オペを観た感じです。

この演目、これからさらに手を加えてパリ・オペらしいものに変わっていったら
見応えのある舞台になるんじゃないかなぁ。

音楽は、かのミシェル・ルグランなので、映画の「三銃士」がお好きな方は
馴染みやすいんじゃないでしょうか。


―第1部―

「シルヴィア」第1幕より(振付:J.ノイマイヤー、音楽:L.ドリーブ)
シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

ローラン・プティの「カルメン」よりパ・ド・ドゥ(振付:R.プティ、音楽:G.ビゼー)
エレオノラ・アバニャート、マチュー・ガニオ

「天井桟敷の人々」よりスカルラッティ・パ・ド・ドゥ(振付:J.マルティネス、音楽:D.スカルラッティ)
ドロテ・ジルベール、ジョシュア・オファルト

「フェリーツェへの手紙」《世界初演》
(振付:J.ブベニチェク、音楽:H.I.F.フォン・ビーバー、バロック・ヴァイオリン:寺神戸 亮)
イリ・ブベニチェク

「人魚姫」第1幕より(振付:J.ノイマイヤー、音楽:L.アウアーバッハ)
シルヴィア・アッツォーニ、アレクサンドル・リアブコ

ローラン・プティの「アルルの女」よりパ・ド・ドゥ(振付:R.プティ、音楽:G.ビゼー)
エレオノラ・アバニャート、バンジャマン・ペッシュ

―第2部―

「三銃士」全1幕《世界初演》(振付・衣装・舞台装置:P.ラコット、音楽:M.ルグラン)
ミレディー(謎の女)/マリ=アニエス・ジロ
リシュリュー(枢機卿)/バンジャマン・ペッシュ
コンスタンス(侍女)/エフゲーニヤ・オブラスツォーワ
ダルタニアン/マチアス・エイマン
アンヌ王妃/ドロテ・ジルベール
ルイ13世(国王)/マチュー・ガニオ
三銃士
アトス
/イリ・ブベニェク
ポルトス/アレクサンドル・リアブコ
アラミス/ジョシュア・オファルト
枢機卿銃士/キャスパー・ヘス、鈴木彰紀、平牧仁、大石治人、三好祐輝、野口俊丞
街の女/オステアー紗良





『借りぐらしのアリエッティ』

2010年07月29日 | 映画 アニメ

観終わって、ジブリ作品の中では『耳をすませば』に近いかなと思っていたら
米林監督がジブリに入ろうと思ったきっかけの作品が
『耳をすませば』だったというのですから、なるほどなぁです。

宮崎駿が監督してないせいなのか、大評判という感じじゃない中、
まあ、夏休みジブリ作品は観るでしょ、ということで行きました。

思ったよりは悪くなかった――てか、ゲドよりは良かったかな
“何が言いたいのか分からない映画”と言われたりしてるみたいですが、
そこを言われると監督辛いんじゃないでしょうか。
公開前の朝日新聞のインタビューに(うる覚えですが)
宮崎駿から君が監督と指名された時、自分には言いたい事がない、
そんな人間が監督やっちゃいけないと一度断った。
その後、宮崎駿と鈴木プロデューサーに
「言いたいことは全部この本の中にある。」と原作本を渡されたと。

原作は未読なので内容がどれだけ表現されているのかはわかりませんが、
小人の世界から見たこの世界の景色をみずみずしく描くことで、
見る人の心に温かいものが何か残れば嬉しい、といっているんですから
それは成功してるんじゃないでしょうか。

ただスタジオジブリとして狙った
「現代生活に欠けている古典的な家族の形態といろんな物を自分で調達し工夫して
消費者であるけれど生産者でもあるという暮らしの中で
魔法は一切使えない、単なる精神論だけではやっていけない
サバイバルなファンタジーを描くことで
現代に生きる人間の私たちにとって、生きる勇気を与えてくれるに違いない」
というのはどうだろう。
生きる勇気をもらった感はない気がします…

それより、宮崎駿が設定したという“小人の少女と人間の少年との間に芽生える恋心”
こちらの方が(目線の動きひとつとっても)細やかな心の動きが
しっかり見えていたように思いました。
『耳をすませば』に近いと思えたのもこの部分あってだと思います。


最後のお別れのシーンは内田春菊の『南くんの恋人』を思い出しちゃいました。
(コミックの方ね。ドラマは見てないです。)





『必死剣 鳥刺し』

2010年07月28日 | 映画 邦画

寡黙で理解されずとも多くを語らず、己の信念を貫く男――ですかね。
必勝の技の名が“鳥刺し”ってなんか…焼き鳥みたいw…とか
くだらない事を思いながら観ちゃいましたが
全体的に映像がナマっぽかったかなぁ。

豊川悦司の演技は期待通りシブイものでしたが、もう少しトーンダウンした色で観たかったかもです。

当時の細かい所作にもこだわった、人の匂いのする現実感を追求したらしいですから、
建物、食べ物に至るまでこんな感じだったのだろうと思えるものでしたし、
見せ場の殺陣シーンも張りつめた動きの中
監督曰く「舞踊的な美しい殺陣ではなく、人と人の斬り合いを描くことにこだわった」
というだけあって、終盤主人公の見てくれは“呪いの落ち武者”のようで
カッコイイ!っていうものとは遠い壮絶感があり、実に痛そうでした。

変に紗をかけたような映像にすると現実感や痛さが伝わらないし、
作り物っぽくなるから、敢えてこの映像か…。

それにしても観ている間中、子供の頃母親に口うるさく言われた小言を思い出していました。
バタバタ歩いてはいけません。
戸の開け閉めは静かに。
ドタっと座ってはいけません。
バカ笑いをしてはいけません。
言葉遣いに気を付けて。…等々

結局何一つ身に付かないまま生きてきて、自分の娘たちにはどれも言ってこなかったです





『空白に落ちた男』

2010年07月27日 | 舞台(演劇・音楽)

2010年7月26日(月) 19:30開演 パルコ劇場


舞台上にあふれるセリフや言葉遊び満載の野田秀樹の舞台とは真逆、
小野寺修二のセリフの無いマイム中心のダンスパフォーマンス世界。

2008年の初演時も両国にあったベニサン・ピットに観に行きました。

初めて観た小野寺修二の舞台。
まるで、安野光雅の『ふしぎなえ』の世界に入ったような舞台空間。
立っている場所が床なのか、壁なのか、天井なのか…。
柱だと思っていた物が視点を移動させると隙間になっているように
刑事だと思ってストーリーを追おうとすると犯人の方なのか?と
するりするりとはぐらかされるような、なんとも言えない感覚。
それを表現するための計算された緻密な動き。

こんな面白い舞台があるんだ!



あの時はダンサーとしての経歴があるのは首藤康之(バレエ)と梶原暁子(モダン)、
作・演出・出演の小野寺修二と藤田桃子、丸山和彰はマイム畑というメンバー構成でした。



今回は小野寺修二以外は全員ダンサーでした。
その分、動き自体は格段に洗練された物になっていたように感じました。
そして、同じ内容の舞台にもかかわらず、時々あった間延び感もまったく意識されませんでした。
所々削ったり付けたしたりしていると思い、2008年の映像を確認したら同じでした。
多少、笑い所や落とし所が分かりやすくなっていたと思いますが、
(あと照明が少し違うかな?)
出演者が違うとこんなに流れが変わってくるものなんですね。

一番ややっと思ったのは首藤康之の生き生きとした演技でしょうか。
(楽しそうに動いてました
前回、舞台全体を引っぱっていたのは、やはり小野寺修二でした。
不条理劇経験値の足りない首藤さんは、果敢にマイムの世界に挑戦という風情でしたが、
今回は余裕さえ見せる演技と動きで、全体の雰囲気を盛り上げていたように思います。
逆にダンスの人だなぁと意識したのは安藤洋子さんの方でした。

どちらの舞台も甲乙付けがたく、
また2、3年後に別のメンバーで作ると別の舞台が出来上がるのでしょう。
そうか、別の地平か…




人の心に眠る、いくつもの記憶。それは実際に
あった過去の事実か。それとも自分自身の願望か。
時に激しく焦燥感を伴って自分に迫り来る、
あの内なる支配者は誰なのか。
必死になって追い求めていたものを、手にした瞬間気付く。
最初から、ずっと、それは近くにあった。
定められていた運命との遭遇は、ある種の諦観をもって
受け入れられる。しかしそこから見える景色は
同じようでいて、全く別の地平である。

小野寺修二

(パンフレットより)




【作・演出】 小野寺修二
【音楽】 coda
【出演】 首藤康之 安藤洋子 藤田善宏(コンドルズ) 藤田桃子 小野寺修二





ペットボトルカバーで~きた♪

2010年07月26日 | ハンドメイド

マウス型です

ふたを開けると



こんな感じ

ボタンは調度いい大きさがなかったので仮です

木のボタンにしようと思ってたけど赤でもかわいいかも


保冷効果はないけれど

バックの中でまわりがしっとり…ってことがなくなります





さて、夕飯も作って冷蔵庫にしまったし
今日はこれから渋谷のパルコ劇場まで行ってきます

『空白に落ちた男』 観てきま~す




こちらも よろしく~





黒執事II 第4話 『テロ執事』 ネタバレ含む!

2010年07月25日 | アニメ

神のような第1話のOPはどこへやら~
第2話からは普通にシエル&セバスで無難なOP




それにしても毎回ツボを心得てるアニメですよね~
第4話のうちでの大ウケシーンはやはり

セバス頭で石橋をズガガガッでしょ

それと列車を止めてからのお姫様だっこーーー



予告

いよいよ来週はクロードvsセバス?

「次回、『狼煙執事』 ファントムハイヴ家の執事たるもの、例のアレを踊れずにどうします。」


例のアレ…
例のアレ……
例のアレ………!?

模様替えステップかなぁww





かんたんペットボトルカバー まだ未完成(・・。)ゞ テヘ

2010年07月24日 | ハンドメイド

パピーの糸を買うともらえる編み図で編んでみました

(慣れてる方なら編み図なくてもOKなくらい簡単です)





ふたに耳を付けて本体とつなぎ、ボタンをつければできあがり

ちょうどいいボタンがないか、引き出しの中を物色中です


使った糸はこちら



ジーンズストライプの18番1個

1個で出来るけどその1個が1,008円って高いですよね~

350mlのペットボトルに合うように編み図にあった高さより低くなるようにしました

完成すると子ネズミになるはず





『ぼくのエリ 200歳の少女』

2010年07月21日 | 映画 洋画

80もの映画賞にノミネートされ、60の映画賞を受賞している映画を観てきました。



ストックホルム近郊の町で母親と二人暮らしの少年オスカーは、いじめられっこで繊細な12歳。
友達が欲しいという孤独な少年の願いは、
同じ12歳のエリが父親と共に隣の家に越してきた事で、とうとう叶えられそうだ。
しかし、青ざめた顔をした少女の外出は夜だけ。キャンディも食べられない。
一方、町では不可解な失踪や殺人が次々と起きはじめ、
オスカーはエリがヴァンパイアだと気付いてしまう。
12歳の体に永遠の命を閉じ込められたまま生きるエリは、
常に町から町へ旅をし続けなければならない。
ふたりの幼い恋が終わるかに見えた時、
オスカーに最大の悲劇が襲いかかる。
そしてエリは彼女が出来る唯一の方法で彼を守るため、戻ってくる…。

(goo映画より)


『パンズ・ラビリンス』のような映画かなと思って行きましたが、違いました。
確かにダーク・ファンタジーだし、ボーイ・ミーツ・ガールだし、ホラーでしたが
映像の見せ方は『パンズ・ラビリンス』の作り物的な美しさとは逆の
日常的な映像の中にいてはならないヴァンパイアが普通に存在してるものでした。
そして、そこに恐怖はあまり感じられません。
全編に漂うのは切なくどこか哀しい恋物語です。
ホラー映画だとして観るなら大した事のないスプラッタなシーンも
日常の中に時々挟まれているため、効果を上げていると思いました。

観ていて時々??なところがあったのですが、原作の『モールス』を読んだ人の
感想をみつけて、納得がいった次第です。

脚本は原作者のヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストが書いているそうですが、
原作ではエリと父親代わりの男との関係やその男の過去、酒場の人達の話など
詳しく書かれているみたいです。
映画はエリとオスカーの話に絞り込んで少年と少女の恋に焦点を絞ったというところでしょうか。

一番の違いはラストシーン。
映画だけ観ると自分の血を提供して死んでいった男の代わりに
今度はオスカーがその役割を担って旅をして行く、と捉えられますが
これもどうやら、男とオスカーの立場は全く違うもののようです。

そして問題のぼかしシーン。
これは邦題の『…200歳の少女』の疑問にも通じますが、
映画のどこにも200歳なんて言ってないし、少女とも言ってない。
逆にエリは2、3度「女の子じゃないもん」と言っています。
観ながら女の子じゃないとは?少女ではなくホントは老婆だという意味か?
あれ?この子は男の子なのか?とかなり疑問でした。
あのぼかしシーンが普通に上映されていれば、疑問が解けていたはずだったのです。
あれは去勢された傷跡だったのだそうです。
エリはエライアスという名の男の子だったのです。
これで着替えシーンをのぞき見たオスカーがビックリした表情をするのも頷けます。

何やらこの映画、ノーカット無修正版を観たら印象が違うのではないだろうかと思いました。

数々の映画賞を受賞した作品なのに、自分には今一つ響いてこなかったし、
エリが人を襲う時、モモンガみたいに飛びつくのは美しくないなぁとか
つまんない事を考えてしまいました。

ハリウッドでリメイク版『LET ME IN』が公開されるそうです。
こちらは原作により近くなっているんでしょうか?