仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

ひとりでいるよりいいかな。Ⅴ

2008年10月09日 11時25分21秒 | Weblog
 Sが何に利用していたのかはマサルには解らなかったが、その部屋に入るときにはほとんどの家具が揃っていた。マサルはサイドボードからウォッカを取り出した。台所に行き、冷蔵庫から氷を持ってきた。また、ソファーに座りなおした。いつもと変わらない動きのはずが、いろんなものがずいぶん離れているように、部屋が凄く広くなったように感じた。ウォッカを口にすると、また、部屋の広さがマサルを寒くさせた。煙草に火をつけた。煙の向こうにミサキの顔が浮かんだ。ミサキの顔から連想が始まった。大学の構内ではじめてあったときの顔、「ベース」で見た顔、そして、今日、ヒカルの部屋で見た顔、印象がぜんぜん違っていた。今日のミサキは綺麗だった。連想は、ミサキからはじめてかけられた言葉に移った。そして、例の集会の不快感、どこに言っても父親の影響下から離れられないと言う屈辱感。マサルはサイドボードの引き出しを開けて、エフェドリンを取り出した。マサルはエフェドリンを気管支拡張剤として使用するほかに通常の処方より多めに口にしてウォッカをあおるという使い方をしていた。発作を誘発する危険性もあるのだが。
 ソファーに寝そべると、連想が夢想に変わった。夢想はミサキの顔から身体へと移ろうとした。しかし、首までは行くのだがそこから下へ進まなかった。思えば、今日、ミサキの顔は見たものの体型までは記憶に残っていなかった。仕方がなく、この前、渋谷で知り合ったナオンの身体をくっ付けた。出来上がったミサキは小さな顔に大柄な体のいびつなものだった。それがかえって卑猥な雰囲気だった。マサルはジッパーを下げた。ベルトを外し、パンツも下げた。酔いが催促するようにマサルは自身を握った。
 そのまま、眠りに落ちたマサルは下腹部に冷たさを感じて、夜半に目を覚ました。バスルームに行き身体を流した。脳裏にフッと先ほどの夢想がよみがえった。シャワーの温度を下げ、自身に当たるように位置をずらして、もう一度、自身を握った。エフェドリンの影響下、肩で息をするほどの興奮が訪れた。バスルームを出るとそのまま、ベッドに倒れ込んだ。
 次の朝、というよりも昼に非常に近い時間に目を覚ました。マサルはジーンズとティーシャツ、ジージャンを着て、外に出た。散歩などすることないマサルがその日は、駒場東大の公園を目指して歩き出した。井の頭線をわたって、昨日の道とは違う行きかたでヒカルたちのアパートのある方向に足が進んだ。アパートに入る道を通り過ぎると、道からヒカルたちのアパートが見えた。ミサキが鼻歌でも歌っているのか、笑顔で洗濯物を干していた。マサルはしばらく立ち止まり、ミサキを見ていた。後ろに人影を感じて、マサルは歩き出した。人影は中年の女性だった。速度を落とし、女性が通り過ぎるのを待った。通り過ぎると同時に、マサルは回れ右をし、また、アパートのあるほうに歩き出した。アパートのところまで戻るともう、ミサキはいなかった。溜息をついて歩き出すと、アパートのドアを開け、ミサキが出てきた。マサルは慌てて、中年女性が歩き去った方向に後戻りした。ミサキは布製のバッグを持って、池ノ上の商店街のほうに歩いていった。マサルは後を追った。ミサキの軽快な歩調とハミングは彼女が満たされていることを教えていた。ミサキは商店街で野菜を買い、肉を物色し、本屋の前で立ち止まり、何かに気付いたように手を打って、下北に通ずる下り坂を歩き始めた。マサルのマンションの前を通過し、茶沢通りのところで立ち止まり、何かを考えているようだった。マサルはマンションもエントランスに身を隠し、ミサキを見ていた。と、向かいの住人がエントランスの中からこえをかけた。マサルは驚き、ガラス戸を空けて中にはいった。アメリカ人のロバートに挨拶をして、そのまま、自分の部屋に戻った。しばらく時間を置いて、階下に走ったが、既に、ミサキはいなかった。マサルは自分が何をしているんだろうと、思った。声をかければ済むことなのに、ナンパするより簡単だろ、もう知り合いなんだから、と頭の中で自問した。フーと溜息をつくと、部屋に戻り、鍵とバッグを持って駐車場に向かった。どこと決めるわけでもなく、マサルはベンベーを三軒茶屋に向けて走らせた。茶沢通りに面した輸入食品の安いスーパーの前でミサキを見かけた。マサルはベンベーを止めることなく、三茶に向かってアクセルを踏んだ。