仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

空の色が悲しくてⅣ

2009年06月15日 10時45分57秒 | Weblog
 土手を登り、その家に向かう獣道を清美さんの手を引きながら、下っていくとアキコたちに会った。一瞬、ハルの鋭い視線がマサルに向けられた。二人はパッと手をはなした。マサルはドキッとして立ち止まった。
「凄いのよ、自生している野菜があったの。」
アキコがそういうと三人は手にした野菜、トマトときゅうり、とうもろこしのようなものを掲げた。
「凄いね。」
「たぶん、前は畑だったんだと思うけど、草の中から見つけたのよ。」
清美さんも驚いた顔をした。ハルの顔はいつもの顔に戻っていた。皆はそのことについては何も言わなかった。マサルと清美さんの身体から拡がる甘い臭いを感じてはいたのだが。
 全員が揃った。
「ここにするか。」
「いいんじゃない。」
「時間はかかりそうだけど、俺たちの「ベース」を作ろう。」
「いいね。」
来た時と同じように二台に分かれ、その家を出た。ヒデオの車の中では、契約についてアキコとヒデオを中心に話し合った。マサルの車では会話がなかった。清美さんは窓の外を見ていた。
 先行するハイエースがハザードランプをつけた。二車線の京葉道路の歩道側に寄った。マサルはハイエースの横にベンベーを移動した。ハイエースの窓からヒデオが大声で言った。
「次のドライブインに入るから。」
「了解」
食事ができて、自動販売機があり、トイレもある幹線道路沿いの食堂を当時はドライブインといった。今は、ファミリーレストランに変わっているが、当時は幹線道路には何軒か連なっていたものだ。ジャリの駐車場、プレハブの建物、それでもドライバーにとっては憩いの場所だった。が、女性が一人で入るのは、抵抗があった。
 ヒデオのハイエースに続いて、ベンベーが埃の立ち上る駐車場に入った。ヒデオの車から、アキコ、ミサキ、ヒデオ、ヒカル、マサミが降りてきた。マサルの車からはマサル、マー、ハルが降りてきた。一人であるいは二人で、用をたすもの、自動販売機で飲み物を買うものと各自で行動を始めた。
 マサルは二本の缶コーヒーを持って車に戻った。一本は清美さんの分だった。ベンベーの中には清美さんはいなかった。ヒデオの車に最初に戻ったのはミサキだった。コーラの缶を三本持っていた。後部座席で笑顔で手を振った仁がいなかった。マサルもミサキも、トイレにでも行ったのだろうと思った。
 マサルは車に乗り込み、助手席に缶コーヒーを置いた。マサミは後部ドアの前で待った。マサルの位置から斜向かいに止まっているヒデオの車の横に立っているミサキが見えた。
「どうしたの。」
マサルは窓から声をかけた。
「仁さんがいないの。トイレにでも行ったのかなあ。」
マサルは何かを感じた。車を飛び出し、トイレと建物のある方向に走った。ハルとマーが戻ってきた。
「清美さん見なかった。」
「何よー。」
「清美さん、トイレにいなかった。」
マサルの表情から焦っているのが解った。
「仁さんは、仁さんは。」
「トイレには来てないわ。」
「仁さんも。」
ヒデオとアキコとヒカルは話をしながら戻ってきた。
「仁さん、いなかった。」
「エッ。」
「清美さん・・・・・・」
マサルは車に戻り、運転席に座るとハンドルに頭をつけ、動かなかった。泣いていた。
 ヒデオの号令で皆で仁と清美さんを探した。十分から二十分の間のことだった。そんなに遠くにはいけるはずがなかった。皆は手分けをして探した。ハルはマサルの手を引き、車から引っ張り出し、マーと三人で探した。
 空の色が変わった。
 夕焼けが皆を照らした。七人は食堂に入り、食事を取った。どうするかは後で電話するとヒデオがいい、車に乗った。今度はマサミがマサルの横に座った。空の色は直ぐにでも闇に溶け込みそうだった。