機械を使わない農業は時間がかかった。その分、収穫の満足感は格別だった。農業自体の機械化が進んでおり、手作業で使う農機具はほとんど、周りの農家が提供してくれた。
七人の食事を誰が作るのか。時に八人になるのだが。家賃その他の資金面ではマサルの金が当てにできたので問題はなかった。時間、腕が問題だった。マサミとアキコは料理という言葉自体を聞きたくないタイプだった。が、朝一番早くにおき、食事の支度をするマサミ、続いて、ヒデオ、それに手を貸すヒカル。少しづつ、自分もその中に入りたいと思うようになった。マサミは一日中、「ベース」にいた。あるとき、マサミはミサキの料理本を台所で見つけ、ハッとした。料理は才能でするのもだと思っていた。自分には才能がないと思い込んでいた。本には付箋が張られ、書き込みがしてあった。マサミは涙を流した。ミサキのストイックな姿勢に感動した。そんなことで涙が出る自分も不思議だった。自分も何か、変えたいと思い、ミサキに本を貸してくれと言った。ミサキは恥ずかしそうに肯いた。次の日から、マサミはミサキの次に台所に入った。
アキコは朝の台所が賑やかになっていくのに自分が取り残されているのではないかと思った。基本的には皆と一緒がいいタイプだったので簡単に参加することになった。特にミサキ農園が動き出すと、マサミとアキコが食を本格的に担当するようになった。
二階部分の部屋割りは三ヶ月の改修工事の中で一番厄介だった。吹き抜けの土間と台所を除いて一階と同じ面積が二階にはあった。土間の中央の階段から上ると真ん中に廊下がありその両脇に部屋があった。柱の位置から考えるとほぼ均等に四分割するのが簡単だった。が、マサミは仁がいなかった。ハル、マー、マサルは三人だった。そこで、一人一つのスペースを作ろう,ということになり、八分割のうなぎの寝床ができた。簡単な区切りだった。それでも、各部屋にはベッドと収納が作られ、衣装もちのアキコ以外は快適な空間になった。アキコのためというわけではないが廊下の突き当たりのスペースを今で言うウォーキングクローゼットのように仕立てた。ご婦人たちはそこに衣装を入れ込んだ。壁の厚みを考えると、それでも中にグラスウールを張ったのだが、一様プライバシーは保たれた。さらに、土間部分の上を改造した。吹き抜けを台所の上だけにして、廊下を延ばし、壁を作り、他とはちがう、広いスペースを作った。各自が持っていた、と言ってもアキコとヒデオとヒカルの部屋にあったテレビを三台並べておいただけなのだが。ソファーを置き、マットを敷いて娯楽室という事になった。そこにいくには、階段に一度、蓋をしないといけないという不便はあったのだが。
個人的なセクスについても変化があった。仁を経験してから、仁を中心とするセクスを経験してから、個人的なセクスが減った。ヒカルとミサキ、ヒデオとアキコ、このカップルは個人的なセクスの時間があっても不思議はなかった。が、「ベース」にきてからはそのキッカケがうまく持てなかった。けして、それが性的な欲求不満となることはなかった。むしろ、マサミとマーが近づいた。皆が寝静まった頃、階下に下りて、広い座敷の隅で、キーボードの裏でかれらは交わった。仁がいない寂しさが二人をそうさせた。皆は静かに二人を見守った。日常はそうした変化と共に静かに進んだ。
ヒデオとヒカルは現場がうまくいきそうなときは土曜日も休みにした。そして、金曜日の午後、マサルのベンベーが庭に着いた。もし、平日を日常と呼ぶとするのなら、土曜日と日曜日は特別だった。マサルが付くと同時にパーティーの準備が始まった。マサルは下北の北口の駅の下の市場。昔の人は闇市と言っていた。そこで、食材、特に肉を買ってきた。グラム単位ではなく、キロで買ってくるのだった。豚のロースの塊や鳥を三羽分、牛のヒィレ一本と買い方はやはりマサル的だった。ミサキとマサミがその食材の前で座り込み、どのように料理するか、何を作るか検討し始め、そこからパーティーが始まった。金曜日のヒデオの車にはアルコール類が積まれ、カチャカチャと瓶のあたる音が響いた。ハルとマーがでむかえ、荷物を降ろした。
新「ベース」開設以来、金曜日の夜からのパーティーが行われた。飲み始めると音が始まり、音が始まるとダンスが始まった。飲みがいつも一緒だから、ストイックと言うわけには行かないがそれは彼らのリハーサルとなっていった。
ただ、問題は音量だった。音量は自然と大きくなっていったのだ。ある日、ミサキが近くの農家に種を分けてもらいにいくと
「おたくら、金曜日から何やってるの。やけに賑やかだけど。」
と、笑いながら、釘を刺すように言われてしまった。その話しを「ベース」ですると、気兼ねなく音を出したいと言うことになり、資金面はやはりマサルが担当し、ヒデオの現場の職人で防音を手がけたことのある人を探した。奥座敷はリハーサルルームに変身した。やはり、下地はヒデオとヒカルが中心に全員で作り、本格的な遮音はその職人を呼んだ。下地に鉛板を張り、その上に間柱をたて、グラスウールを張り、さらに布張りをした。食堂から中が見えるように二重ガラスの窓をつくり、分厚いドアもつけた。完成するとヒデオがまた、車を走らせ、音の届く範囲を確認した。床も、天井も二重になったので、いくぶん圧迫感はあるが、音の問題は解決した。
七人の食事を誰が作るのか。時に八人になるのだが。家賃その他の資金面ではマサルの金が当てにできたので問題はなかった。時間、腕が問題だった。マサミとアキコは料理という言葉自体を聞きたくないタイプだった。が、朝一番早くにおき、食事の支度をするマサミ、続いて、ヒデオ、それに手を貸すヒカル。少しづつ、自分もその中に入りたいと思うようになった。マサミは一日中、「ベース」にいた。あるとき、マサミはミサキの料理本を台所で見つけ、ハッとした。料理は才能でするのもだと思っていた。自分には才能がないと思い込んでいた。本には付箋が張られ、書き込みがしてあった。マサミは涙を流した。ミサキのストイックな姿勢に感動した。そんなことで涙が出る自分も不思議だった。自分も何か、変えたいと思い、ミサキに本を貸してくれと言った。ミサキは恥ずかしそうに肯いた。次の日から、マサミはミサキの次に台所に入った。
アキコは朝の台所が賑やかになっていくのに自分が取り残されているのではないかと思った。基本的には皆と一緒がいいタイプだったので簡単に参加することになった。特にミサキ農園が動き出すと、マサミとアキコが食を本格的に担当するようになった。
二階部分の部屋割りは三ヶ月の改修工事の中で一番厄介だった。吹き抜けの土間と台所を除いて一階と同じ面積が二階にはあった。土間の中央の階段から上ると真ん中に廊下がありその両脇に部屋があった。柱の位置から考えるとほぼ均等に四分割するのが簡単だった。が、マサミは仁がいなかった。ハル、マー、マサルは三人だった。そこで、一人一つのスペースを作ろう,ということになり、八分割のうなぎの寝床ができた。簡単な区切りだった。それでも、各部屋にはベッドと収納が作られ、衣装もちのアキコ以外は快適な空間になった。アキコのためというわけではないが廊下の突き当たりのスペースを今で言うウォーキングクローゼットのように仕立てた。ご婦人たちはそこに衣装を入れ込んだ。壁の厚みを考えると、それでも中にグラスウールを張ったのだが、一様プライバシーは保たれた。さらに、土間部分の上を改造した。吹き抜けを台所の上だけにして、廊下を延ばし、壁を作り、他とはちがう、広いスペースを作った。各自が持っていた、と言ってもアキコとヒデオとヒカルの部屋にあったテレビを三台並べておいただけなのだが。ソファーを置き、マットを敷いて娯楽室という事になった。そこにいくには、階段に一度、蓋をしないといけないという不便はあったのだが。
個人的なセクスについても変化があった。仁を経験してから、仁を中心とするセクスを経験してから、個人的なセクスが減った。ヒカルとミサキ、ヒデオとアキコ、このカップルは個人的なセクスの時間があっても不思議はなかった。が、「ベース」にきてからはそのキッカケがうまく持てなかった。けして、それが性的な欲求不満となることはなかった。むしろ、マサミとマーが近づいた。皆が寝静まった頃、階下に下りて、広い座敷の隅で、キーボードの裏でかれらは交わった。仁がいない寂しさが二人をそうさせた。皆は静かに二人を見守った。日常はそうした変化と共に静かに進んだ。
ヒデオとヒカルは現場がうまくいきそうなときは土曜日も休みにした。そして、金曜日の午後、マサルのベンベーが庭に着いた。もし、平日を日常と呼ぶとするのなら、土曜日と日曜日は特別だった。マサルが付くと同時にパーティーの準備が始まった。マサルは下北の北口の駅の下の市場。昔の人は闇市と言っていた。そこで、食材、特に肉を買ってきた。グラム単位ではなく、キロで買ってくるのだった。豚のロースの塊や鳥を三羽分、牛のヒィレ一本と買い方はやはりマサル的だった。ミサキとマサミがその食材の前で座り込み、どのように料理するか、何を作るか検討し始め、そこからパーティーが始まった。金曜日のヒデオの車にはアルコール類が積まれ、カチャカチャと瓶のあたる音が響いた。ハルとマーがでむかえ、荷物を降ろした。
新「ベース」開設以来、金曜日の夜からのパーティーが行われた。飲み始めると音が始まり、音が始まるとダンスが始まった。飲みがいつも一緒だから、ストイックと言うわけには行かないがそれは彼らのリハーサルとなっていった。
ただ、問題は音量だった。音量は自然と大きくなっていったのだ。ある日、ミサキが近くの農家に種を分けてもらいにいくと
「おたくら、金曜日から何やってるの。やけに賑やかだけど。」
と、笑いながら、釘を刺すように言われてしまった。その話しを「ベース」ですると、気兼ねなく音を出したいと言うことになり、資金面はやはりマサルが担当し、ヒデオの現場の職人で防音を手がけたことのある人を探した。奥座敷はリハーサルルームに変身した。やはり、下地はヒデオとヒカルが中心に全員で作り、本格的な遮音はその職人を呼んだ。下地に鉛板を張り、その上に間柱をたて、グラスウールを張り、さらに布張りをした。食堂から中が見えるように二重ガラスの窓をつくり、分厚いドアもつけた。完成するとヒデオがまた、車を走らせ、音の届く範囲を確認した。床も、天井も二重になったので、いくぶん圧迫感はあるが、音の問題は解決した。