仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

誰のためとは言わないがⅤ

2009年06月23日 16時55分49秒 | Weblog
 家の裏の雑木や雑草は撤去され、江戸川の土手が見わたせた。台所の窓で四角く区切られた視界の中央に、すでに夕焼けは終わっているのだが、ぼんやりと光の輪のようなものが見えた。その中央に二人の人影があった。
「仁だよ。仁。」
そう、叫ぶとヒデオは走り出していた。追いかけるように全員が表に出て、マサルと清美さんが上った土手につながる道を走った。土手の上には誰もいなかった。人影も、ぼんやり光る明りもなかった。
「仁さん、来てくれたんだね。」
「きっと仁さんだよ。」
ハルとマーが独り言のように行った。対岸を走る車のヘッドライトが川面に反射して、川原の端にスクッと立つ、二本の葦をまるで人影のように映し出したのかもしれない。しかし、皆はそれを仁と清美さんが来てくれたのだと信じた。そう感じた。皆が同じ感覚を、共有していた。
「飲み直すか。」
ヒデオが言い、土手を降りた。マサミがアキコにターキーは美味しいかと聞き、アキコが肯くとグラスに半分ぐらい満たし、そのまま、一気に飲んだ。
「ドッ、ははは。」
と笑い、フラフラしながら、キーボードの前に座った。最初、テンポもリズムもなく不安を誘うような響きが鳴った。弾くというよりも叩いていた。
 ゴーンという感じで音が伸び、フッと消えた。
 ドカドカドカと唸り、フッと消えた。
 バーンとはじけてフッと消えた。
 そして、そのフレーズに行き着いた。フレーズは二つの要素を持ち、高音の旋律が落ちるように流れ、また浮上した。低音が静かにループした。皆はマサミの魂が悲しみの中にいることを知った。失われた欠片をその音を頼りに探るように、手さぐりをするように。
 マーが立った。マーはドレムスに座るとスティックを振った。大きく振れるスティックの先端だけがシンバルに触れた。そのモーションからは想像も付かないピアノシモの音が響いた。それは波のように、風のようにマサミのフレーズを包み込んだ。
 皆が同じように感じていた。この三ヶ月、どうしてこんなに一生懸命になれたか。身体を壊すほどに頑張り続けたのか。それは新しい「ベース」が完成した時、じんが帰ってくるのではないか。新しい仲間として清美さんが合流するのではないか。その期待が皆を支えていたのだ。だから、あの幻影さえも仁と清美さんに見えたのだ。
 マサルが立った。
 ヒカルも立った。
音はマサミのフレーズに同化していった。