仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

聞いてみなけりゃわかるまいⅣ

2009年07月07日 14時59分55秒 | Weblog
「ホホホーイ。」
マーが叫んだ。
「マー、どうしたんだよ。」
「エッ。」
「いつから、眠気に襲われたか聞いてるの。」
「全然わかんない。だってずっとやってるつもりだったよ。」
「フシギー。」
「でも聞いてみたいな。」
「どうする。」
マーが二階に走ろうとしてた。
「ルームで聞こうか。」
マサルがいった。
「いいね。大きな音で聞けるもんね。」
ルームのドアを開けると熱気が吹き出てきた。
「もう少ししてからにしよう。」
皆は座りなおし、ビールを飲みなおした。しばらくして、手に手に飲物を持って、いくぶん熱気の引いたルームに皆で入った。イヤホンジャックからコードを伸ばし、変換アダプタをつけてミキサーにつないだ。
 テープを再生すると最初に爆音のようなマサルのギターの音が飛び出した。そして、マサミ、マー、ヒカル。演奏をする側にはその感覚がわかるし、意図も見える。しかし、聞く側になると、やはり、音の嵐という感じで、ヒデオとアキコの目が点になったことが肯けた。
 六十分のテープの大半がそんな感じだった。ただ、ハルとミサキが参加し、ヒデオとアキコが加わったらしいあたりで、それなりに聞くことのできる音になっていた。残念なことに、それはテープの後半の五分くらいだった。後の演奏はテープが足りずに録音されていなかった。その先が聞きたいと皆が思った。
「もう一度録ってみようか。」
そういってマサルが振り向くと、皆は難しい顔をしていた。とても、もう一度演奏に入れる状態ではなかった。
「やっていると気持ちいいけど、聞くとむずかしいね。」
ハルがポロッと言った。
「まあ、そんなものでしょう。」
「クオリティは高い感じだけどね。」
「マサル。マサルの機材を使えば編集できる。」
「できるよ。」
「じゃあ、ちょっと編集してみない。」
「いいよ。」
「よし。じゃあ。今日は終わりにしよう。」
そういったヒデオの顔は疲れきっていた。半分寝ているよなアキコの手を取り、二人は二階に消えた。ミサキとハルが並んで座っている後ろからヒカルの上半身が倒れこんできた。
「わー。」
「ヒカル、大丈夫。」
ヒカルも寝ていた。ミサキとハルでヒカルを抱え、二階へ運んだ。マーとマサルはオープンリールにカセットテープレコーダーの音が録音できるように配線をし直し始めていた。マサルのオープンデッキはフォートラックマルチだった。そのほかに、カセットデッキが二台あった。
「凄いよね。マサルの機材。」
マーはフーと息を吐いた。
 ハルが戻ってきた。しばらくして、ミサキも戻ってきた。畑のこともあるのでミサキは戻ってこないと思っていた。その日はハルよりミサキのほうが興奮していたのかもしれない。ノイズリダクションシステムを通して、そのままの状態で、一度、オープンリールに落とした。今なら、コンピューターの画面を見ながら編集作業をするのだろうが、当時は、そのまま、ダビングするのにも録音時間と同じ時間がかかった。ハルの頭は揺れだしていた。
「ハル、もう寝なよ。」
マーが声をかけた。
「あは、寝てしまったか。」
そういうと立ち上がった。
「じゃあね、ゴメンね。」
「ミサキは。」
「私はもう少し聞きたいから。」
二度目に聞くと演奏の細部が見えてきた。
「音って不思議ね。耳で感じているのに、映像が見えてくるもの。」
ミサキが独り言のように言った。マーはハッとした。今の自分はミサキのようには聞いていなかった。演奏にミスがなく、聞きやすいところを探していた。金子さんに受けるようなところを探していたのだ。
「マサル、気持ちのいいところだけ、ピックアップすればいいかな。」
「エッ。」
「編集するのも楽しいけど、それがライブ、もしライブができるとして。できるわけじゃないし。」
「そうだね。」
「ミサキ、タイムだけメモできる。」
「アッ、いいよカウンター高速にして、メモしとくよ」
「一度流したら、もう一度、聞くから、そのとき、ミサキ、イイところで教えてよ。」
「できるかしら。」
「できるよ。一番て言うか。絵が見えるところを教えてよ。」
「うん。頑張ります。」
「頑張らなくていいよ。ここイイって、ハルみたいに言えば。」
「ハイ。」
ミサキが瞳を閉じた。けして眠っているわけではなかった。集中して、音の中に入った。