象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

ブログが消滅する日、批判的思考は誰が為にある〜たかがブログ"その17"

2021年03月01日 03時48分19秒 | ブログ考

 菅内閣の支持率じゃないが、ここ最近、アクセ数の急落が止まらない。
 ”その16”でも書いたが、アクセ数目当てで書いてる訳でもないので何とも言い難いが、どんな無能な政権も最低限の支持率は必要だろう。しかし、全ての国民から総スカンされたら、政権の存在意味はない。
 同じ様に、いくらブログが個人のストレスの掃き溜めとはいっても、アクセ数がゼロになれば、流石にブログを辞めるしかない。
 事実、その様な流れになりつつある。


アホ臭な記事ほどハエは群がる?

 私のブログは読んでもらうというより、書く事に意味がある。クーベルタン男爵には失礼だが、ブログは参加する為じゃなく、書き記す事に意義がある。
 しかし、全てが悪い方向に向かってる訳でもない。アクセ数が激減した事で、とても嬉しい事もある。
 それは、慢性的で常連的な記事であった「アグネスチョウ」「牛の解体」「小和田雅子」「陸の三馬鹿」「ハッキングスキャンダル」が、トップ10から姿を消しつつあるのだ。
 この5つの記事は、何度消してもアクセ数が減る事はなかった。
 しかし何故こんなアホ臭な記事に、これ程までにアクセスが群がったのだろうか?と、私なりに真剣に考えた。
 出た結論は、単なる”アホ臭”だからである。

 私は以前でも述べた様に、なる程と思った記事にしか、イイねを押さない。勿論、多少のお付き合いはある。
 どんな気に食わない記事でもフォロワーでなくとも、流石と思える記事には迷わずイイねを押す。しかし、私自身他人のブログを読む事は殆どない。
 つまり、私が自身の記事を含め、ブログそのものを信用してないフシがある。そんな独りよがりの人間のブログにアクセスが集まる筈もない。ひょっとしたら、ブログを壊そうとしてるのは私自身ではないだろうか?

 確かに、TwitterやFacebookやInstagramに代表される様なSNSは大嫌いである。ユーチュバーはもっと嫌いだ。
 無機質なコメント群と無味乾燥な写真や動画の詰め合わせセットには、添加物満載の加工食品みたいで、目にしただけでゲンナリする。
 そんなわがままな人種が書くブログが賛同を得る筈もない。反日とか偏狭的とか言われても、当然なのかもしれない。
 島国の農耕族である日本人は”批判”に弱い。右へ習い的なステレオタイプで平和ボンボンな生き方を長らくしてきた彼等は、諸外国の様々な文化を無分別に受け入れてきた割には、それらに上手く対応してきた割には、批判にいや批評にトロすぎる。


ブログは批判的思考の為にある

 批評は批判とは微妙に異なる。しかし、批判は否定ではない。
 ”批判”とは、物事の良し悪しを批評し、正当性などを判定し、誤りを指摘し正すべきであるとして論じる事。一方で”否定”とは、そうではないと打ち消す事だ。
 因みに、”批評”とは、物事の良し悪しや是非について、評価を述べる事である。

 つまり、”批判”も”批評”は判定と評価という違いはあるが。相手を責め立てるという否定的な意味は全くなく、むしろ正しいと思う方向に持っていく。
 逆に”否定”とは、”違います”と相手の意見を打ち消す事であり、人を頭ごなしに責める行為だけでもない。
 勿論、否定されれば腹が立つ。批判されても批評されてもやはり腹が立つ。
 特に、不安性の農耕族である日本人はこの傾向が強すぎて、この違いが殆ど解ってない様に思える。
 つまり、”批評=批判=否定=誹謗中傷”と信じこんでる節がある。
 
 私が好きな言葉に”Critical Thinking”(批判的思考)がある。意味は、様々な問題や課題を分析し、一番良い解決法を見つける為の思考だ。
 批判と同様に、否定的な思考に捉えられがちだが、実際は一番良い解決法を見つけるというポジティブな思考法なのだ。
 私が”反日”や”偏狭的”と言われるのは、欧米では当り前とされてる批判的思考のせいかもだ。しかし、私から言わせれば、”物事を単に裏側から見てる”だけの事だ。

 但し、そういう私も生身の人間だから、”それは違うな”って言い方をする時もある。しかしそれは、否定と判りきって言う時だ。
 日本では、批判が失礼に当たる事は、一応は承知してるつもりだ。
 事実、アクセ数やイイねの多い記事は、批評や批判が殆ど見当たらない。だから私としては、砂糖抜きのココアを呑んでるみたいで、身体にはいいかもだが、そこに興奮も躍動も驚きも刺激も何もない。
 彼らの記事を無機質とか無味乾燥と批判し、”パサつきカサついた記事”と批評するのはそのせいだ。
 勿論、人間だから多少のヤッカミや嫉妬もあるのは当然だが、それらを差し引いても心に訴えるのもがないのも事実だろう。


最後に〜批判的思考のススメ

 そう考えると、私の批判的思考のブログのアクセ数が激減するのは当然のようにも思える。
 少なくとも、PCR検査を高齢者に絞った政府がコロナ検査の方向変換をしたが為に、あたかも東京オリンピック開催に照準を合わせたかの様に、新型コロナ感染者の数が激減する現象に比べたら、ずっとマシなのかもしれないが。

 クリティカルには”極めて危険や危機的だ”という意味と、”検討し評価する”という2つの意味を持つ。転じて、”重大な、致命的な”といった意味で使用される事もある。
 確かに、アクセ数の激減は”危機”的状況だが、今の私には批判的思考を失う事の方がもっと深刻で”致命的”なのだ。

 故に、裏操作や人為的な操作で簡単に弄くれるアクセ数よりも、”Critical Thinking”の方が今の私にとっては頼もしい味方なのかもしれない。
 とはいっても、一時の自己満足に過ぎないのだろうが。



8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
腹打てサン (象が転んだ)
2021-03-01 23:43:34
苦い報酬。言い得て妙ですね。
多分、カポーティにも見向きにもされないでしょう。故に、群衆のアクセ数が必要なんですが、その程度の記事なんでしょうか。

読み終わって”ああそういう事だったんだ”と苦い報酬を味わう。そんな記事を描きたいんですが・・・
励ましどうもありがとうです。
返信する
苦い報酬 (腹打て)
2021-03-01 21:11:04
沢木耕太郎ふうに言えばこうなるのかな。
真に評価されるには、アホな大衆のチャラチャラした賛美は必要ない。
群衆の10万人の支持より、わずか一人のカポーティのイイネのほうが良いとは思わんかね?
返信する
tokoさん (象が転んだ)
2021-03-01 17:05:48
一応は自分の部屋をベースにはしてんですが、こんなレイアウトに出来たらと思って描きました。
アホが群がらないだけマシですが、アクセ数が急落すると、そのアホでも頼りにしたくなる。まさに悲しい生き物ですね。
応援有り難うです。
返信する
みさ々サンへ (象が転んだ)
2021-03-01 17:01:32
実はこの記事はボツにしようと思ったんですね。女々しくて言い訳っぽくて、でも危機を意識させる為に書いたんですが。
悲しいかな、こんな記事ほど応援が来るんですよね。

私にとってはこの記事こそが”あぁ〜”なんですが、受け取る側も十人十色なんですよね。
因みに、写真は私の理想の部屋をCGで作りました。ホントはこんなに整ってはいないんですが。
これからもよろしくです。
返信する
でもね (tokotokoto)
2021-03-01 13:46:47
アホが群がらないだけ良しとしましょう。

そこで、今日のイラストすこし気になったんですが、ひょっとしたら自分の部屋とかじゃないですよね。
返信する
応援ボタン (みさ々)
2021-03-01 11:18:59
「象が転んだ」さん、おはようございます。
整理整頓されたおしゃれなデスク周り、このフォトだけでも説得力があり記事になります。

いままでの記事に「あぁ~」と肩を落とすこともありました。
前にも書いたように是々非々で愛読しています。
今回の記事は、学生時代に戻って頭を冴えさえ状態にして2度読ませていただきました。

そうです、好き放題書くには過疎ブログの方が、隠れ家のように味がだせご贔屓が定着いたします。

>アホ臭な記事ほどハエは群がるし、、
裏操作や人為的な操作も、、なんで急に?とか
ありますもん。

※フォロワーさんには、ご訪問リアクションボタンはしないことにしていましたが、
今日は特別に激励と応援ボタンをどうぞ。
返信する
ビコさんへ (象が転んだ)
2021-03-01 08:44:18
心配頂いて、恐縮です。
ブログは他のSNSに比べ、民度はそこそこ高い?筈ですが、悲しいかなTwitterらに強く影響されますね。
逆を言えば、群衆心理に全て流される。結局、メディアを批判しながら彼らが提供する記事に群がる。

でもSNSが原因で採用を取り消され、仕事をクビになるケースを聞くと、好き放題書くには過疎ブログの方が都合がいいんですかね。
返信する
Unknown (kaminaribiko2、)
2021-03-01 07:09:14
私には転象さんの記事はすごく為になります。的確な批判がなされているからです。こういうふうに的確な批判をしようとすれば、かなり勉強しないとできません。私は転象さんがかなりの勉強家だということを知っています。だからBlog記事も内容があつて、読み応えがあるのです。が、悲しいかな、その値打ちのわかる人は少ないということです。

転象さんのBlogに限らず、内容のあるBlogでアクセス数の少ないBlogは多いと思います。が、残念ながら、それがこの国の民度ということでしょう。

ですからアクセス数は気にしないで、これからも有意な批判記事を書き続けてください。
返信する

コメントを投稿