数学はよく”厄介すぎて偏狭的だ”と揶揄される所がある。果たしてそうだろうか?
確かに、数学という抽象的で難解な領域に閉じこもり、偏屈になりすぎてる部分もなくはない。しかし、現代数学ほどグローバルで自由と創造とアイデアに育まれた学問も他にはない。
例えば、我らを取り囲む日常の仕組みは大半が数学的で記述できる。勿論、100%とは言えないが、それは我ら人類が数学を100%理解出来ていないからだろう(多分)。
一方で、私たちが学校で学ぶ数学は算数も含め、(雑な言い方をすればだが)その殆どは受験にしか役に立たない。が、数学的思考は人生を生きる上でも凄く役に立つし、一生もので使える魔法のツールでもある。
「数学とギャンブル」でも書いたが、この世はギャンブルを筆頭に天気予報や株価状況やビジネス、それに、自然災害やテロや紛争や(異性を含めた)人間関係まで、不確かな難題に囲まれて生きている。
つまり、こうした偶然のワナに翻弄されつつも、賢く適切な行動(一手)を選択する必要がある。その為に、”ケリー基準”の様な(統計確率論に代表される)数学的思考が必要だが、マスターするのも自在に使うのも簡単じゃない。
浮気だって、バレなければ・・って思うオヤジは多いだろう。では、バレない為にはどうしたらいいのだろうか。
例えば、奥さんがいて愛人がいて、そんな状況では浮気は簡単にバレる。しかし、愛人が2人いたら?それでもバレるかもしれない。では3人いたら?それでもバレるだろうか?
いや、愛人が何人いてもすぐにバレるだろうか?
再び、「四色問題」
「四色問題」に寄せられたコメントに、”(四色問題の)地図を浮気相手に置き換えれば、男が同時に付き合える女は、(女房を含め)たかだか4人しかいない”とあった。
全く当を得た見事な考察だと思う。
この見事な定理?は「四股問題」とでも呼べそうだが、男は女房を含め高々4人の女としか同時に付き合えないのだろうか。
今更だが、四色問題とは”全ての地図は四色だけで塗り分けられる”という定理だが、長らく解決できなかったが為に、今でも”問題”と呼ばれている。
困難とされた証明だが、簡単に言えば、以下の手順を必要とする。
①地図がある地図を必ず1つは含む、不可避なパターンを全て列挙する。
②地図からそのパターンを取り除いてできる地図が可約(4色で塗れる)なら、元の地図も4色で塗れる事を示す。
この証明ではパターンを全て列挙し、1つ1つ検証するにもスパコンが必要でした。
そこで数学者は、もっとエレガントでシンプルな方法がないかと考えた。
N国の地図が4色で塗り分けれると仮定し、N+1国も4色で塗り分けれる事を(初期条件を使った)帰納法で証明しようとします。
しかし悲しいかな、その”初期条件こそが四色問題そのものだった”という笑えない欠陥が見つかった。つまり、浮気がバレてないと高を括ってるエロ親父ほどバレバレなんですね。
こうした(数学的)帰納法はペテンとよく似て、上手く行ったと思う程に足元を見透かされる。
コメントにもある様に、難題を華麗に解明するのは数学者の夢だが、華麗なる証明ほどペテン臭いのは数学だけでないらしい。
帰納法に加え、背理法もそうだが、下手に使い過ぎると、自らが矛盾の海に彷徨う事になる。難題を示すのに、その難題で得られる結果を用いてしまう。まるで、矛盾に自ら溺れる数学の世界が見て取れる。
日本人は、”なぜ戦争がなくならないのか?”って簡単に考える。
勿論、そんな事ができればとっくの昔に戦争はなくなり、今や軍隊も警察も核すらも存在しない筈だ。
些細な小競り合いが戦争に結び付く過程はとても複雑で、問題は多岐に渡る。ウクライナ危機(戦争)もそういう意味では、(ABC予想にも負けない)難題の1つと言える。
しかし、こうした日常の中に慢性的に潜む難題も数学的に記述すれば、解決できなくとも見通しは明るくなる筈である(多分)。
グラフ理論
という事で、では数学者たちはどうやってこの「四色問題」を解決したのか?
何でもそうだが、複雑で厄介な事をアレコレ日本語で議論するより、グラフ(頂点と辺)を描いて考察した方が圧倒的に分かり易い。
グラフ理論の本質はここにあるが、グラフGを点の集合Vとそれら2点間を結ぶ辺(線)の集合Eのペアで表し、G=(V,E)などと記す。
つまり、このグラフ理論を使えば、問題を簡潔に記述でき、見通しがよくなるという訳だ。
そこで、地図を平面グラフに変換する際、地図の領域(面)をノード(頂点)に、隣接する境界をエッジ(線)に対応させる。例えば、ポーランドを赤で、ウクライナを青の点で示し、2つの点を線で結ぶと言えばわかり易い(イラスト参照)。
故に四色定理は、”たかだか4色でグラフ上の隣り合う頂点を全て塗り分ける事が可能”と言い換える事が出来る。
因みに、平面グラフが交差なし(同じ色の点同士が隣り合わない)で書ける事に注意すれば、”平面グラフは4彩色可能”と同じ事になる。
言い換えれば、相異なる4色の筆(触手)で全てのグラフを塗り分ける事が出来る。
絵に描いて見ると明らかな様だが、これを証明するのが非常に厄介で、コンピュータの力を借りる必要がある。しかし五色定理なら、コンピュータを使わずに背理法を使い、華麗に証明出来るという。
つまりグラフ理論とは、地図の塗り分けをグラフ図に置き換え、色を次数(グラフ上で隣接する頂点の数=触手の本数)に置き換える事で、証明の見通しを明るくする理論です。
故に、(平面)グラフの次数が4以下である事を証明すればいいのだが、五色問題なら(次数が5以下である事を)オイラーの多面体定理と背理法を使って、きれいに証明できるんでしょうが。四色問題となると、そう上手くはいかない。
これ以上の深入りは、頭が混乱するので、ここら辺でヤメときます。
最後に〜”四股問題”
「四色問題」攻略法のおさらいになるが。
まずどんな(平面)グラフでも、その集合に属するグラフのどれか1つが部分グラフとして含まれる集合を考えた時、この様な性質を持つグラフの集合を”不可避集合”と呼ぶ。
これは、旦那と奥さんの関係や、かつてウクライナやベラルシが旧ソ連に含まれてた事を(不可避の現実として)イメージすれば判り易い。
次に、この不可避集合をうまく選ぶと、それに属するどのグラフも”可約”になる。
つまり、その部分グラフを含むグラフがある時、その部分グラフを除いたものが4色で塗り分けが可能ならば、グラフ全体も4色で塗り分けができる。
これこそが平面グラフの”4彩色”を可能にし、四色問題のゴールとなります。
因みに、”可約”とはある多項式で割り切れる様な多項式を言う。だが一般的に言えば、ある単純なものに分解出来る事で、ここでは、ある領域(グラフ)が全て色分け出来る事を指します。
要するに、グラフ理論から言えばだが、四人までしか浮気できない。
それを証明する為に、まずは(女房も含めた)情事のパターンを全て書き出し、その1つ1つが四股以内で成し遂げられる事を証明する。その次に、女房を除いた浮気のパターンを全て検証する。
浮気もこうやって数学で記述すれば、浮気される側も納得できるのか。いやそんな単純でもないか 。
数学は浮気程には単純じゃない。浮気相手を四色で塗り分けた所で、慰謝料の請求も四色に塗り分ける必要があるのだろうか。
数学はオヤジの下半身ほど単純でもない。
しかし、数学の難解な定理を日常の厄介な現実に置き換えると、そのカラクリが理解できそうな気にはなる。いや、解決できるかもしれない。
つまり、日常の厄介な問題ほど数学が特異とする領域なのである。
ここまで数学的に表現されるとアッパレで
嗚呼、なるほどって感じで
浮気も不倫もこんな形で言い訳されたら
奥さんはなんて言い返すんでしょうか
いえいえ、寄せられたコメントをヒントにして、好き勝手に書いてるだけで、こちらこそコメントに感謝・感謝です。
この問題の本質は、”既約”を”塗り絵”から”浮気”に置き換えた事で、四股問題をあぶり出しました。多少無理がありますが、実際もこんなもんでしょうか。
以前に何かで聞いた事があります。
私の田舎にも気の強い女は多いんですが、そうした言葉はないですかね。
因みに、4という数字は日本では”死”を意味する事から不吉な数字とされる傾向にありますが、元々、”安定”や”基礎”を意味し、願い事が現実になるという、いい意味で使われます。
これも一応参考までにです。
コメントいつも有り難うです。