今や、探偵・犯罪小説の巨匠とされるマイクル・コナリーだが、彼の父親は挫折した芸術家であり、子供たちに人生の成功を望むよう励まし、キャリアを追求する為に成功と失敗を交互に繰り返す”リスクテイカー”であったという。
事実、コナリー小説の主人公であるハリー・ボッシュは典型のリスクテイカーのようにも思える。いや、多くのハードボイルド小説に登場する私立探偵の殆どはリスクテイカーである。常にハラハラドキドキで(小説の中だから許せるものの)現実にこんな人間がいたら、命が幾つあっても足りない。
そういう私も若い頃は典型のリスクテイカーだった様にも思える。いや、リスクをリスクと考えない”リスクドランカー”に近かったのかもしれない。
普通にやってる事でも、周囲からは”むちゃしすぎ”とか”勘なし”とか言われたもんだ。それが歳を取ると”石橋を叩いてでも渡らない”程の慎重で臆病な人間になるから、人生は面白く不可思議でもある。
そこで今日は、リスクテイカーについてです。
予防焦点と促進焦点
モチベーション科学で”予防焦点型”に分類される人は、慎重に仕事を進め、損失回避に努める。だがこれは、あくまで”平時での話”であって、恐ろしい事に、いざ危機や損失が発生すると、逆にリスクを厭わなくなるという。
人間は一般にリスクをあまり好まない。
ノーベル賞を受賞した心理学者ダニエル・カーネマンは”殆どの人は150ドル獲得できるという期待よりも100ドルを失う恐怖の方に強く心を動かされる。数多くの観察結果から、<損失は利得よりも大きく見える>為に、<人は損失を強く嫌う>という結論に達した”と語る。
以下、「堅実な人が危険なリスクテイカーに変わる時」より大まかにまとめます。
コロンビア大学のトーリー・ヒギンズによる20年にも渡る研究によれば、”殆どの人”と言うより”一部の人が特にリスクを嫌う”とした方が正確なようだ。
その理由は、神経質だとか被害妄想を持ってたり自信がない為ではなく、自分の目標を”現状を維持し物事をスムーズに進める機会”と見なしてるからだ。
ヒギンズが”予防焦点”と呼ぶ志向を持つ人は、何かに夢中になる事・楽観する事・ミスを犯す事・賭けに出る事を強く忌避する傾向がある。一方で、そうでない人々は”促進焦点”を持ち、自分の目標を”進歩を成し遂げ、今より向上する機会”だと見なし、成功した場合に得るものが大きければ、リスクを取る事をさほど厭わない。
コロンビア大学のモチベーションサイエンスセンターの研究によれば、予防焦点を持つ人々は仕事をゆっくり慎重に行い、商品を選ぶ時は”カッコよさ”や高級感よりも信頼性を重視し、投資を行う時はハイリスク・ハイリターンより堅実なものを好む傾向がある。
ハーバード大学教授のF・ジーノとJ・マーゴリスが行った研究では、予防焦点型の人は促進焦点型と比べ、倫理的かつ正直な振る舞いを見せる事が多い。但し、その理由は予防焦点型の方が倫理的だという事ではなく、ルールを破った結果”酷い目に遭うのを恐れてる”為である。
更に、運転の仕方も違う。
オランダのフローニンゲン大学の研究者らにの実験では、予防焦点を持つ人は促進焦点を持つ人よりもスピードを出す傾向が低かった。また、予防焦点型の人は車線が合流する時、車間距離が広めでないと安心できない事が示された。
近年の不況をもたらした原因に関する議論では、過剰なリスクテイクであるグリーンスパンの”根拠なき熱狂”という表現が有名だが、故に貴方は”予防焦点型の人が不況を招いた責を問われる筈はない”と考えるだろう。しかし、それは間違いである。
予防焦点型について上記に述べた特性は全て事がスムーズに進んでいる場合に当てはまる話なのだ。この事が”知らない悪魔よりも馴染みの悪魔の方がまし”(たとえ既知のものが好ましくなくても、未知のものよりはまし)という姿勢に繋がる。
つまり、予防焦点型の人々が損失を被る危険に実際に直面した時・・そして、その損失を防ぐには”リスクを伴う方法しかない”と彼らが考えた時、話は全く変わってしまう。
投資とリスクとスリル
コロンビア大学のアビゲイル・ショーラーらの実験では、ある株に5ドルの投資した後、被験者の半数に、その株が価値を下げ、投資額が全額失われ、シミュレーション上では更に4ドルの損失が計上されたと伝えた。一方で残りの半数には、株価が”4ドル値上がりした”と伝えた。
続いて、被験者に再度投資する機会を与え、2つの選択肢を設ける。6ドル儲かる確率が75%で10ドル損する確率が25%のもの(無難な選択)と、20ドル儲かる確率が25%で4ドル損する確率が75%あるもの(リスクを伴う選択)である。
これまでの投資額と4ドルの損を含め、合計9ドルを取り返すには、確率は低いがリスクを伴う第2の選択肢しかない事に注意する。しかも、被験者は学部生であり、こうした金額は彼らにとってバカにならない。
結果、促進焦点型の被験者は1回目の投資の結果とは無関係に、リスクを伴う選択肢を約50%の比率で選択した。それに対し、予防焦点型の被験者がリスクを伴う選択肢を選んだ比率は、1回目に儲けてた場合は38%だったが、損をしてた場合は75%だった。
言い換えれば、予防焦点型の人々は想定通りに事が進んでる間は堅実な選択をする事が多いが、現状を回復する為に他に選択肢がない場合は、リスクを厭わない。
従って、”根拠なき熱狂”という言葉は実態とかけ離れているのかもしれない。リスクを好むトレーダーがウォール街にいるのは確かだし、不況をもたらした原因の一部は彼らにあるだろう。
だが、責任の大半を負うべきは銀行家である。彼らは”熱狂”という印象など殆ど与えないどころか、リスクを忌み嫌う人種にも見える。事実、あまりにもリスクを嫌う為に、盛んにロビー活動を行い、自分たちのリスクを減らす銀行救済(つまり、大きすぎて潰せない)制度をつくった程だ。
直感に反するが、銀行家は(条件さえ揃えば)最も危険なリスクをも厭わない人々だ。記憶に新しいのはJPモルガン・チェースのブルーノ・イクシルである。
イクシルは自分の損失を認めようとせず倍賭けに出て、結局は自社に60億ドルを超える損害を与えた。上院の公聴会で明らかにされたが、自信過剰というより自暴自棄というべき実態が浮かび上がる。当時彼は、リスクが大きい取引を回避して銀行を守る役割を担っていた。予防焦点の特性を考えれば、これが”皮肉な”結果ではない事は明らかだ。
従って、人に無謀なリスクテイクを思い留まらせる唯一の方法は、そのリスクが生む深刻な結果を当事者が被る様にする事である。
ナシーム・タレブが言う様に、当事者に自らのリスクと犠牲を負わせる。勿論、当事者が被る結果がリスクそのものよりも深刻でなければ抑制効果はない。
率直に言えば、その方法をもってしても、リスクを好みスリルを求める無謀なトレーダーが消える事はない。しかし(既にお解りの様に)本当に気をつけなければならないのは、そうした手合いではない。
以上、HarvardBusinessReviewからでした。
最後に〜イチシアチブとリスク
2014年と古い記事ですが、今でも通用しそうなコラムでしょうか。
こうした、いい意味では使われそうにないリスクテイカーですが、国際基準の教育スタンダードを作る国際バカロレア機構が提案する、グローバルな人材を育てる為の10の項目の中の一つに掲げられ、“不確実な事柄を前にしても決断力を持って向き合う能力”こそがポイントに挙げられている。
日本語では(何事をも恐れぬ)”挑戦する人”と訳されるが、”自分から敢えてリスクを取りに行く”という発想は、社会的な調和を重んじる日本では馴染みが少ない。
だが、グローバルな現代社会にては”リスクを取る事は時に必要であり、生きる上で必要なスキルでもある”との認識もある。
協調性を大切しながらも、”皆と足並みを揃える”以上に”リスクを負ってでもイニシアティブ(主導権)を取る”タイプの人間の育成を目指してるとも言えなくもない。
つまり、グローバルな社会では、こうしたイニシアチブは自分のレスポンスを高めるには必要で有効かもしれないが、リスクやトラブルも多くつきまとうであろう。
一方で、リスクを犯してでも主導権を取る必要が何処にあるのだろうか?
戦争を犯してでも領土拡大を目指すプーチン政権や、ユダヤ人の優位性を誇示する為にパレスチナに軍事侵攻を仕掛けるイスラエルも、やってる事は自暴自棄に近い自信過剰なイニシアチブを取っているに他ならない。
そういう意味では、今の時代にはリスクテイクもイニシアチブも同義と考えた方がいいのだろう。
特に、「ヒロシのぼっちキャンプ」や「絶めしロード」を見てると、余計にそういう思いが強くなる。
そう思うのは私だけだろうか。
リスクテイカーという言葉を初めて知りました。と同時に私は王子製紙の御曹司の事件を思い出しました。
転象さんもコメント承認制にされたのですね。
これもリスク回避のためでしょうか?
最近わたしからのコメントはアップされないことが多いようですが、これはリスク回避のためでしょうか?
それともコメントの内容が的はずれだから?
それから別件ですが、転象さんがビコさんの本を出すという話、私も記憶にありません。ビコさんって私以外にもいるのでしょうか?
と質問しても、私に返信の方法がありませんね。
コメント欄は、開くと未だに嫌がらせが入り開けませんから仕方ないですね。
リアクションボタン、ありがとうございました。
リアクションボタンのお返しはできませんから、その代わりコメントを付けさせていただいていましたが、いろいろのことを勘案して私のコメントは、これで最後にしたほうがよいかもしれませんね。
コメントは付けなくても、転象さんのますますのご健筆をお祈りしています。
仕事や家の事で忙しくなった事もあり、いちいち返答するのが面倒臭くなったというのがあるんですよね。
承認制だと一括してコメント返しが出来るし、微妙な内容は前もって削除できるし、ストレスも掛からない。
という事で
勝手ながらですが、ご理解お願いします。
私もコメント欄の交流は過去楽しみでもあったのでしたが、最近は答えようのない悪意のコメントが入りますから閉ざしたままです。こんなことに時間を取られたくないですから。
しかし、リスクとリターンのバランスを絶妙に取りながら、慎重に事を進めるのもリスクテイカーの特徴です。
一方で、成功する人は短気な人も多いようですが、いざとなったら一か八かの賭けに出て、それで成功すれば大きな話題にもなりますから、リスクテイカーといえど、結局は無謀と紙一重なんでしょうね。
短気な人ほど成功するというのは、満更ウワサだけではないみたいですね。
つまり、短気な人の方が大衆の不満や怒りに敏感で、それらを解決する能力に長けます。
私達が怒ったり不満やいらだちを感じる時にこそ、ビジネスチャンスが転がっています。
そう考えると、短期はチャンスなんですよ。 それに、短気も度がすぎると逆に丸くなる。
そうやって、成功する人はうまく時代の隙間をスイスイと泳いでいくんでしょうか。
お陰で、このテーマもブログにしたくなりました。
貴重なコメントありがとうです。