”災害時には国会議員にしかできない仕事が沢山ある。単なる”視察”ではなく、被災地でリアルタイムで起きている問題を自らが持つ権限と人脈で1つ1つ解決していく・・・”
これは、れいわ新選組の高井幹事長の言葉であるが、ごもっともではある。
一方で、震災に見舞われた能登視察の当面自粛を決定した日本政府の危機感のなさには、我ら国民も呆れ果て、愚痴の1つも言いたくなる。
れいわの山本太郎氏が被害の深刻さをレポートしていたが(それはいいとして)、被災者と一緒にカレーを食べた事がSNS上で炎上している。
こういうのを外国人が見たら、どう思うのだろう・・・
政府は誰がためにある?
私も含め、日本人は物事の優先順位を決めるのが下手な人種だと痛感する。
事実、広範囲にわたる地震・津波被害、そして原発事故という複合災害となった2011年の東日本大震災だが、その圧倒的な物的被害と人的被害から法体系も含めた今後の防災・減災の考え方を、根本から大きく変えるきっかけとなった。いやその筈だった。
しかし、その間に日本政府は何をしてたのか?関東大震災以来の未曽有の大災害を余所に、国外には国家予算をバラまき、国内では政治家の不正や汚職が後を絶たず、コロナ渦の最中というのに無観客の東京五輪に浮かれていた。
そして今、大阪万博の予算オーバーで火の粉が舞い上がり、政治献金裏金疑惑で自民党は追い詰められ、そんな時に満を持して起きたのが、今回の能登地方の震災である。
勿論、日本政府は手をこまねいて何も出来なかった訳ではない。あらゆる想定をし、復興に尽力した筈だ。だが現実には東電と政府の罪のなすり合いに終止し、国民からすれば”何をやってるの?”ってなる。
前安倍政権の長期に渡る失政の尻拭いをさせれられる岸田政権に、同情する余地もなくはないが、まずやるべき事は保身ではなく、被災者の救済である。
まずは被災地の混乱や渋滞など避ける為に、空輸で現地に赴き、被害状況を正確に把握する必要がある。様々な事情や困難はあろうが、被災地で出来る事は沢山ある筈だ。
しかし現実は、空調の効いた官邸に籠もってるだけである。勿論、問題は被災地でも会議室でも起きている。内閣支持率は急落し、問題は山積みなのに・・・
福島原発事故の時も同じで、復興予算の9割は汚染処理に回され、被災者の救済に充てられたのは僅か1割であった。一方で、只管アメリカに媚びを売り、復興に回すべき予算を防衛費として上納する。
岸田首相はアメリカにはっきりと言えばいい。”今の日本にはアメリカに貢ぐ防衛費は一円もない。もしそんな予算があれば復興に回す。災害大国ニッポンでは予算には順序がある”と堂々と言えばいい。
アメリカにいくら貢いでもそのカネは返っては来ない。事実、父ブッシュの湾岸戦争に貢いだ1兆7千億円はアメリカの経済復興に使われた。だが、国内の災害復興にカネをかければ、その恩義は形を変えて必ず返ってくる。
福島の原発事故に関しては(警告を発していた一部の専門家を除き)想定外だったとも言えるが、地震と津波については想定はされていた。が、その想定を遥かに凌ぐ危険が襲い、あれだけの被害が起きた。
これをきっかけに、”被害を防ぐ”という方針から(コントロールできない自然災害から)”被害を減らす”という方針へ大きくシフトした。
しかし、自然災害に対する基本的な考え方は変わったものの、具体的な取組の根本は変わっていない。それは”元に戻す”ではなく”よりよく作り変える”という発想で、”創造的復興”とも呼ばれた。
以下「東日本大震災から10年、復興政策に潜む3つの問題」から簡単にまとめます。
なぜ復興は進まない?
これは、既存の”街を大きく作り変える”という発想だが、東日本大震災を経て、日本政府はリスクには上限がない事や自然を人為的には制御出来ない事を学んだ。
復興事業はそこからスタートすべきだった。だが、実際の取組では関東大震災以来の”大きく作り変える”という昔ながらの(予算の掛かりすぎる)場当たり的で矛盾したインフラ主義が続いてるだけである。
事実、長い時間がかかる大規模な事業は、被災者の”一日も早い生活再建”とはそもそも相容れない。つまり、被災者にとって”長く不安定な仮住まい状態が続く事”を意味する。
これこそが、復興過程において起こる様々な問題(自力再建の断念や生業再開の困難、経済的困窮、災害関連死、社会的孤立や孤独死)の根底にあるのではないか。
今後30年以内に70~80%の確率で発生するとされる南海トラフ地震では最大約32万人に及ぶ犠牲者が予測されるが、この衝撃的な数字は流石に政府を動揺させた。
沿岸地域から高台への自主的な移転を促す、南海トラフ特措法や津波防災法はこの動きを後押しする。また2020年には、都市計画再生特措法が改正され、防災と都市計画の連携が図られる事となった。
その中核にあるのが”人が住む場所を集約する”コンパクトシティ政策である。一方で、制御不能なハザードからは撤退するという危険区域や警戒区域の指定を拡大する居住制限。両者を重ねる事で、よりリスクの少ないエリアに人を誘導し、街のコンパクト化を図るというものだ。
この2つの政策は合理的の様にも思えるが、実際はそんなに単純ではない。つまり、安全な高台には豊かな人びとが移転し、沿岸部には弱者が取り残されるというコミュニティの分断が起きてしまう。
”コンパクトシティ”に関しても、居住地の移転は土地に根ざしてきた人びとにとってはそれ自体がリスキーであり、原住地との途絶は日常の破たんを意味するかもしれない。
特定のハザード(危険)を絶対的なリスクとみなし、造成と移転により”まちを大きく作り変える”という「Build Back Better」主義が被災者の自律的な生活を損うのではないか。
これこそが東日本大震災から私たちが学ぶべき最大の教訓である。
一方で、避けうるべき危険もある。
一例として、2011年の紀伊半島大水害により甚大な被害を受けた奈良県十津川村では、原住地との関係を保ちながら段階的に危険な区域からの移動を誘導する集落再編が進んでいる。
そこには、元の生活環境の一部を変えずに(時間は掛かれど)緩やかにリスクを減らすという重要な示唆がある。
これまでの復興政策は”被災地をいかに作り変えるか”にひたすら注力する「Build Back Better」の思想が前提にあった。が、被災地での日常を一日も早く取り戻すには”何を作るのか”ではなく、その地域で長年培われてきた生活に向き合い”何を残すのか”が求められるのではないか。
以上、OTEMON VIEWからでした。
数学で地震を予測する
12年たった今でも、福島の被災地に復興が中々進まないのも当然である。そして、それと全く同じ危機と課題が再び押し寄せてきた。
それは、2035年前後に来ると予想された南海トラフ大地震でも、小説「東京大地震2023」(柘植久慶著)で描かれたM7.9の東京湾の大地震でもなかった。
能登半島周辺では、1729年にM6.6~7.0の地震が発生し、半島の先端付近で死者や家屋損壊や山崩れなどの被害が生じた。明治以降では1892年のM6.4、1896年のM5.7、1933年のM6.0といった被害地震が発生していた。
最近では、1993年に能登半島沖でM6.6の地震が発生し、珠洲市を中心に被害が生じた。更に2007年の能登半島地震(M6.9)では、輪島市で1名が死亡し、輪島市や七尾市を中心に被害が出た。
1948年の福井地震(M7.1)や1891年の濃尾地震(M8)などの様に、周辺地域で発生した地震によっても被害を受ける。特に福井地震では、小松市や加賀市などを中心に死者41名、家屋全壊802棟などの被害が生じた。また、1833年の庄内沖地震(M7.7)に伴う津波で、死者や家屋の流出などの被害が記録されている。
石川県の主要な活断層は、能登半島に邑知潟断層帯、その延長上に森本・富樫断層帯がある。また、富山県と岐阜県との県境付近に庄川断層帯が、福井県との県境付近に福井平野東縁断層帯がある。
一方で、石川県周辺に震源域のある海溝型地震はないが、前述の様に、日本海東縁部や南海トラフ沿いで発生する地震で被害を受ける可能性もある(「石川県の地震活動の特徴」より)。
以上の様に、制御も予測も不可能とされる地震だが、そのメカニズムを数学で解明する事も不可能なのか?
以下「数学の力を地震被害の予測や軽減に役立てる」より簡単に纏めます。
伊藤弘道研究室では、”破壊現象の数理解析”を掲げ、地震による破壊現象を数学的に解明する研究が行われている。
数学では、地震によって断層がずれたり、断層に入る亀裂がどの様に広がるのかを知る為に、その速度を決めるパラメーターの関係性を偏微分方程式を使って解析する。と同時に、観測された地震波のデータから、断層がどの様に動いたかを調べるという逆視点からの研究も進められている。
物体に負荷がかけられた時に亀裂がどの様に伝播していくのか?という動的現象を”破壊現象”と呼ぶが、どの様に亀裂が進むのかを表現する方程式はまだ確立していない。
滑らかな(微分可能な)領域で考察する事には向いてる偏微分方程式だが、亀裂や複雑な形を含む(特異点などの微分不可能な)領域では解析が難しい。しかし最近では、地震学者との共著論文が専門誌に掲載され、研究の方向性が明確になりつつある。
数学には、身の回りに起きる現象を解析するツールという側面がある。近年では、その為の応用数学の研究が盛んになっている。
観測網や計算機資源の発達により、多くの経験則が得られつつある地震研究だが、伊藤氏は数学を用いて地震機構の解明に向けた理論面でのサポートが出来るのではないかと考える。
最後に
つまり、数学が長い歴史の中で作り上げてきた知見を目の前にある危機を解析する為に使う。地震の破壊現象を数学で解明し、被害の予測や軽減に貢献できる日が来るかもしれない。
勿論、物事はそんな単純ではない。予測できない筈のものを予想するのだから・・・
ただ、ペレルマンがポアンカレ予想の証明の際に、自ら発案したプログラムを使い、時間を逆行させ、消せない筈の真性特異点を消し去った様に、例え地震という不可避な特異点を解消できなくとも、到来するであろう地震の規模や時刻や場所の予想確率の精度を高める事は不可能ではない筈だ。
地震予測の精度が高くなれば、被災前対策も練りやすくなる。少なくとも、今の日本政府みたいに、震災が起きても思う様に”復興が進まない”という最悪の事態は避けられるであろうか。
地震のメカニズムを数学で解明し、
被害の予測や軽減に貢献できる日が来たら、
とても大きな進歩ですね。
相手は大自然ですから、
それこそ「超難問」でしょうが、
期待したいものです。
本記冒頭の「政治家の視察自粛」。
確かに陸路は物資輸送のうえでも弊害がありますが、
空からのアクセスなら問題なさそうです。
少人数で短時間でもいいから、
現場を体感して欲しいですね。
「れいわ山本氏」の炊き出しお裾分けは、
能登ならあり得るだろうなと思います。
奥能登には「ヨバレ」(お呼ばれの意)という風習があり、
祭りの際に親戚、知人、赤の他人でも家に招き入れ、
ご馳走を振舞います。
被災者がカレーを差し出したのは、
その風習の一環かもしれないと考えます。
では、また。
コメントありがとうです。
色んな事情があるのでしょうが
国のトップである岸田首相には勇気を持って被災地を訪ねてほしかったですね。
山本太郎議員のカレーの件ですが、
私的には”武士は食わねど・・”ではないですが、微妙なものがありました。
こんな状況で、物質的損失も勿論ですが、精神的損失や喪失も無視出来ませんよね。
報道をみる度に、震災の悲惨さを思い知ります。
まだまだ気が休まらない日々が続くと思いますが、これ以上悪い事がないのを只々祈るばかりです。
では、身体にお気をつけてです。
今回の地震の規模はこの地域で3000年から4000年の間隔で発生するものとしている。
政府の地震調査委員会は”長さ150km程度の断層がずれ動いた可能性がある”との見解を示していたが活断層帯との関連は不明とされる。
一方国土交通省の有識者会議がまとめた2014年の報告書では”活断層が連動してずれ動けば今回と同じ規模の地震が起きる”と予想していました。
こうしてみると少なくとも想定はされていたとなりますが
転んだサンの記事に書かれていた活断層が連動して動いたとなりますね。
能登半島で20年末から続いてた群発地震活動の影響で、M7.0以上の大地震の発生確率が400倍に上昇していたとの分析結果を公表しました。
結果論なのか?予測が当たったと見るか?
専門家によって意見も分かれるみたいです。
熊本の地震の際も、色んな議論が交わされましたが、何を信じていいのやらでしたね。
勿論、心配したらキリがないんですが、原因が判ってるだけに、腹立たしいです。
昨年同様、今年もよろしくです。
岸田政権の初動に対しては、様々な声が聞こえてきます。
すぐには動けないのか?
敢えて動かないのか?
世界恐慌に直面した大不況の時代
能力としては非常に高い評価をなされるフーバーですが、”何もしなかった”大統領とのイメージが強い。
”じっとしてれば景気は回復する”との古典派経済学の理念を貫く一方で、復興金融公社創設などの相反した政策も実行しました。
しかし、政府レベルでの対策しか講じなかった事が、結果として景気を更に悪化させ、失脚の原因を作りました。
今の岸田政権も自民党崩壊の真っ只中にありますが、今のままでは”何も出来ない”まま任期を終える事になるのでしょうか。
悲惨ですよね。
何やっても悪く言われるし、
前安倍政権の尻拭いばかりやらされ、
動いても動かなくても支持率は下がる(多分)
フーバー大統領も水面下では色んな政策を講じた筈ですが、仮に再選できたとしても戦争は避けられなかったでしょうね。むしろ、戦時の大統領じゃなかった事を幸運と思うしかないのか。
今や大阪万博の予算を能登震災にというのが国民の声になりつつありますが、予算の優先順位というは曖昧にしたくはないですね。
多分、数学者という生き物は数字だけの抽象的な世界に“実感”を当てはめること出来るのだろう。
抽象的な世界に数学というモノサシを当て
精度の高い実感を当てはめる。
数学は計量という量を計る学問ですが、地震の予測も”パターンの変動”という量を計るんですかね。
地震予知の原理的可能性に、多くの被災者が救われる事を期待したいです。
コメント有り難うです。