鳩山氏、菅首相に「約束守れ」 「党規約変えてでも交代」(産経新聞) - goo ニュース
2011年6月4日(土)08:00 (産経新聞)
鳩山由紀夫前首相は3日発行の夕刊フジのインタビュー記事で、菅直人首相が内閣不信任決議案否決後に早期退陣を否定したことを激しく批判した。
--菅首相は2日夜の記者会見で、来年1月までの続投を示唆した
「とんでもない話だ。私は記者会見を見ておらず、同僚議員や記者から電話で聞いたが、あきれてものが言えなかった。東日本大震災や福島第1原発事故を抱える国難の時に、さらに国政を混乱させる気なのか」
--「俺は辞める気はない」と周囲に語ったとの報道もある
「代議士会で、辞めると言ったではないか。退陣時期をはっきり言わなかったので、私がその後、確認文書の、(1)復興基本法の成立(2)第2次補正予算案編成のめどがついた段階での退陣-を披露した。菅首相も否定しなかった。不信任案採決直前だったので黙っていたとすれば、男として、人間として、あるまじき態度だ」
--確認文書を交わした経緯は
「党内の7、8割が『菅首相には辞めてほしい』と思っている。ただ、野党提出の不信任案に賛成することに、多くの議員が逡巡(しゅんじゅん)していた。党内で結論を出すべきと、菅首相に近い北沢俊美防衛相と、私の信頼する平野博文元官房長官で『退陣による収拾策』を話し合ってもらっていた」
--直接会談の中身は
「2日午前、官邸から『文書ができたので来てほしい』と呼ばれた。確認文書は、退陣の意義と時期を記したもの。第2次補正予算案編成のめどがついた段階とは、常識的に6月末ごろだ。私は『身を捨てて国民を救ってくれ』といい、菅首相は何度も『結構だ』と言った」
「私は文書に『署名しよう』と言ったが、菅首相は『そこまではいいでしょう。私を信じてください』と言った。政治家同士の言葉は重い。時の首相であり、約束は守られると信じて、握手して別れた。もし、初めからだます気だったとすれば、許しがたい。『ペテン師』といわれても仕方ない」
--小沢一郎元代表には?
「会談後に電話で話した。小沢氏が『菅首相が退陣を確約したのか?』と聞いてきたので、私は『退陣時期を記した文書を交わした。首相本人が代議士会で話すと言っている』と伝えた。『鳩山はツメが甘い』といわれるかもしれないが、菅首相の言葉を信じた」
--党内の7、8割が「菅首相に辞めてほしい」と思う理由は
「菅首相では、この国難は乗り切れない。他人の言うことを聞かず、イエスマンしか近くに置かない。意見した人間には怒鳴り散らして、徹底的に排除する。自分で責任は取らず、他人に押し付ける。この1年で、官僚は面従腹背になった。信頼関係が欠如している。震災・原発事故への対応が遅れているが、菅首相に大きな原因がある」
--情報隠蔽(いんぺい)もひどい
「原発事故から2カ月以上たってメルトダウンを認め、SPEEDI(スピーディ)による放射性物質の拡散シミュレーション結果も隠していた。菅首相や枝野幸男官房長官は『安全だ』と言い続けてきたが、国民の生命や健康より、政権延命を優先したとすれば許されない。この国難に野党との協力関係も築けない。被災者のためにも辞めてもらうしかない」
--夕刊フジは「詐欺首相」「退陣詐欺」と報じたが
「そう言われて当然だ」
--これから、どうする?
「菅首相に早期退陣の約束を守らせなければならない。自ら退陣しないのなら、党の規約を変えてでも、交代させる。国家国民のために、新しい体制を築き、野党と協力して、震災・原発対応を迅速に行う」
菅さんが首相になってから民主党のおわりが始まった。
政権交代の最大の功労者である小沢さんを、“政治と金”という御旗の下に排除にやっきになり、ねじれ国会の解消に何も手をつけず、その後に起こった中国漁船の巡視船への体当たり問題も、海上保安庁、長崎地検に責任を押し付け、政府はただ責任逃れに終始した。
大震災の復興と原発事故対応もしかりで、言った、言わない、聞いた、聞いてない等、事ある毎に辻褄合わせの嘘の流れ。
そして今又、今回の不信任案の可否において嘘の集大成となったのである。
岡田、枝野、仙石の三氏も同類である。
実力のある人間には金も集まる。
犯罪(贈収賄)にならない以上、目くじら立てることはない。
今の民主党は仲良しグループ以外は排除の理論である。
それでは内政にしても外交にしてもロクに出来っこない。
同じ党であっても意見の相違は当然あるわけだからグループ同士、一定の距離を保ちつつ政策決定していくのが党内融和につながり切磋琢磨していくのである。
世界の大国、中国、ロシア、アメリカの外交をみれば然りである。
民主党をここまで下落させたのは菅、枝野、岡田、仙石のカルテットである。
願うに、一刻も早く体制を入替え、内政(特に震災復興)、外交に力を注いで欲しい。