空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「プライド」 真山仁 新潮文庫

2015-03-22 | 読書


買ってあったのに読むのが遅くなった。表題の「プライド」は2008年初出。フィクションだが日本の現実を踏まえた貴重な取材がデータになっている。だが現状は殆どが変化がなく続いていることに考えさせられた。
「プライド」は人を高めもするが崩壊もさせる。7編の主人公たちの前向きの矜持に励まされる部分が大いにあった。
自分は余り関わりのないと思っているところが、知らない、気づかないだけで大きな影響を受けていることを知る。
真山さんの本を読むのは、こういったまっすぐな、直球ど真ん中という作品に触れることが出来るから。長く読んでなかったその後の作品を辿ってみたい。

一俵の重み
現在の農政について。食料自給率、農産物輸出支援基金、農業者個別所得保障制度などの言葉が飛び交う。
冒頭は当時拍手喝采で迎えられた”必殺仕分け人”が農水省の出した三件の基金を切り捨てるかどうかの場面から始まる。「却下!!」と叫ぶ美人議員を、純正ジュースで篭絡しようとすることから始まる、あの手この手。
米博士の米野が日本の米を巡って開陳する理論は、米を主食にし、米好きの私には胸に応えた。
「食料自給率が40%を割り込みそうな今、輸出と言う発想が理解できませんか」
「食料自給率はカロリーベースなんです」
「輸入をやめると、食料自給率は100%になるわけです。にもかかわらず多くの国民は飢えるでしょうね」
「小麦の世界標準の価格は、トン当たり約200ドルです。それが、日本は1200ドル以上します。名物の讃岐うどんの原料の大半は輸入品です。地元産の小麦より上質だからです」
「なぜ米を輸出するための基金が必要かと言うことです」
「本当の意味で、この国の食料がなくなるかも知れないという時に備えるためですよ」
「輸出できるほどの良質な米を大量生産すれば、不測の事態にも備えることが出来ます。つまり、食料安全保障問題も解決するわけです。たとえ輸入がとまったとしても、輸出用の米を国内に回せばいいわけですから。しかも供給過剰問題も一挙解決することになる」
「日本の農業とは何を指すのです」
「日本の農業就業人口は260万人です。しかも、実質農業だけで生計を立てている主業農家は諸説ありますがそのうちせいぜい2割、58万人農家です」
「戸別保障は、買い取り価格の下落で赤字に悩む農家を救う制度なんですよ」
「大臣、なぜ兼業農家にまで赤字分を支払うのです。しかも、現状では減反している農家にも支給を予定されているとか。これはコメを作らない連中を奨励する。こんなことをしていたら、真面目にコメを作る者なんてあっという間にいなくなってしまいます」
農水省は、年間予算三兆円を守り続けている。省内には予算死守こそ農水官僚の使命だというものまでいる。
「大臣は、米一俵の重さがいくらかご存知ですか」
「60キロです。その値段がどんどん安くなっている。何故なら供給過剰だからです。だから減反しろという。それは間違っている。片手間で米を作っている農家への保護をやめるべきなんです」

そういう意気で米村は処世術などどこ吹く風、怖いものなしの意見をぶつけ、研究中に生み出した最高級の米をのびのびと育てることを楽しみにしている。

医は……
脳外科を学んだかつての同僚は順調に昇進し、脳外科センター長に就任した。教授が買って出た派手な手術パフォーマンスが失敗した、助手だった私は左遷され退職してアメリカに留学した。そこで先進手術を学びトップクラスに数えられるようになった。センター入所を条件に呼び戻され、教授の椅子も約束された、しかしそれは裏があるのではないか、徐々に現れる医学者の真実。

絹の道(ドウ)
絶滅の危機に瀕した養蚕業を政府が保護する動きがある。養蚕・絹産業連携の事業には補助金が出るという。
そこに養蚕研究者の女性が現れる。放置されている桑畑の葉に惹かれたのだという。地主の青年は役所で、地元産業の発展を担当していた。彼は一途な女性や、昔を懐かしんで手伝おうという人たちとともに、養蚕業に手を貸し、美しい日本の絹を作り出そうとする。
原種に近い蚕をふやして、深い美しい絹を作ろうという道(どう)と呼ぶにふさわしい工程が描かれている。
「500頭よ。蚕は家畜だから、匹じゃなくて頭で数えるの」
養蚕の歴史、蚕の成長、野球少年だった主人公が次第に養蚕にめざめ村おこしにも役立てる仕事に生きがいを見出す、二人の再生物語にもなっている。

プライド
プディングで起業し今では食品企業の第一線を走る工場で、問題が起きた。
材料の牛乳に問題があるという内部告発があった。
柳沢は以前コスト削減のために、賞味期限ぎりぎりの牛乳を安い値で仕入れている事実の改善を求めたことがある、お前ではないのか
「潔白を証明する根拠を出せ」
「告発文には誤った表現があります。
そこには、”消費期限切れの牛乳”とあります。消費期限とは生物や劣化の早い食品にだけ定められて期限であり、わが社の超高温殺菌牛乳は、その対象外です」
本来は”賞味期限切れ”と書かなくてはならないのだ。
この告発文の一語から、会社の起源当時から創業者が伝えてきた理念、精神など、利益の前で忘れそうになるアメリカ式受益産業経営の実態にまで話は及び、個人のプライド、魂が輝く感動的な話になっている。

暴言大臣
言いたい放題の質疑応答で、顰蹙を買った大臣には、それを言い放つ根拠があった。結婚五十年、できる妻を持った大臣のいまだに甘甘な夫婦生活が微笑ましい。病身を帰り見ずに、夫を助けるために中国外交に出かける妻の覚悟。それは……。

ミツバチが消えた日
報道写真家は養蜂家になった。戦場を写すことに無力感を覚えたからだった。
ある日近隣の養蜂仲間から緊急連絡が来た。「ミツバチが疾走してもどらない」
セイヨウミツバチが主流なのだが、ニホンミツバチを育てているうちのは大丈夫だろうか。
欧米でも同じ例が出ているという。
原因は何か。
すに近くまで戻って見た。死んでいくミツバチに悲しみが増幅される。

ーー働き蜂のミッションは卵を産み続ける女王蜂を、命をなげうって守ることだ。その女王蜂を見捨てて、ほぼすべての働き蜂が消えるなどと言うのはどう考えても異常だ。ーー

いないいない病と名づけたこの現象は農薬の「バツグン」のせいではないのか。
豪農の力の前でことなかれで済ますのか。
結論が出ないまま話は終わるが、言えない現状が良くわかる、危機感が募る。

なおこの話は長編「黙示」でも取り上げているそうで、読みたいと思う。

歴史的瞬間
だれでも、一度は閣僚に名を連ね出来ればトップになって名を残したい。彼はついに総理大臣になった、北から絶え間なく飛んでくるミサイル、「迎撃せよ」と叫ぼうとして死んだ。
在職中に脳卒中でなくなった総理は。

300ページちょっとの短編集はすぐに読めるが、内容は豊かで鋭い、勉強になった。
関心があれば一読を強くお勧めする。

 
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする