ミラーさんを読むのは三作目。サスペンス・ミステリというジャンルだが、心理描写と品がよくて気の利いたさりげないギャグが彩を添える。
練り込まれたストーリーが冴えて、思いがけず残酷で悲しい結末は一読再読に値する。一気読み。どちらかというと軽いノリから始まるが「まるで天使のような」に近い作風になっている。
始まりは専業主婦の思いが淡々と流れていく。この部分が長い。ここはじっと我慢。 ミラーの残酷な作風は少し鳴りを潜め、今回はやや文芸作品に近い表現で紹介される登場人物の動きを楽しむ。
なかでもよくある子持ちの専業主婦の典型的な心理というより、それぞれの日常生活の中で、表面は静かに満たされているようでいて、心の中では浮かんで消えるようにみえた澱が、少しずつたまっていくというのに大いに共感する。やはり女流作家の面目躍如。 それが異常な出来事に出会ったとき、思いがけずあふれ出す、身勝手な、時に切ない思い、微に入り細をうがつに近いまさに女性作家ならではの名作。
ロン・ギャラウェイは底が浅い男だった。資産にものを言わせそれに依存していながら、取り繕ってどんな楽しみも逃さない風を装っていた。彼なりに仲間たちの中で頑張っていた、妻のエスタ―に見透かされていたとは知らず。 そんな彼が四月の中頃の土曜日の夜、消えた。仲間と待ち合わせて彼のロッジに釣りに行くと言って出たまま。 出がけにエスターは何かと話を振って彼を苛立たせた。先妻のドロシーを引き合いにだした、既に二人の子供にも恵まれ敵意も消えかけた今になっても。
ロンは薬品のセールスマンのハリーを拾っていくことになっていた。ハリーは仕事上薬に詳しく回りの人たちに重宝がられていた。 ロンの仲間たち4人は皆教養と収入に恵まれ、時々集まって日ごろの垢を落とすことを目的に、伸び伸びとタガを外して釣りやゴルフやアルコールに溶かして紛らせているのだった。ただ大学教授のチュリーだけは4人の子持ちで経済的にも汲々だったが、学があり教養があるという地位にいることで、仲間の財力を小ばかにした態度で金を借りていたが、お互いそれもアルコールに溶かしていた。
その日ロンは来なかった。
一緒に来るはずのハリーは又も遅れてきた。セルマのせいだ。彼は遅く結婚したが妻のセルマに夢中で常に振り回されていた。仲間はセルマはどこかおかしいと思ってはいたが口には出さなかった。
それなりにロンの遅刻を心配していた。
ロンは一度ハリーの家に寄って妻のセルマと話していた。その時セルマはロンの子供を妊娠していることを打ち明ける。
夫のハリーは病院で子供を持てないと診断されていたが、外では夫婦ともに子供は望んでないと言い切っていた。
ロンは崖から転落して亡くなっていた。少し前にバルビツールを飲んでいたが死にきれずシートベルトを締めたままで車ごと湖に沈んでいた。警察は薬はためらい傷のようなものだと解釈して事故死だと認めた。 死ぬ前に妻のエスター宛にセルマの子供の父親は自分であると書いた詫状を送っていた。
エスターはなかなかできた人である。彼女も不倫の末先妻と離婚したロンと一緒になったのであり、ロンの先妻のドロシーは病んで死を目前にしている。贖罪の意味もあったのか財産を分けることにはこだわらなかった。
セルマは子供が持てたことを喜々として受け入れ、ハリーと別れることを決心した。ロンの莫大な遺産は子供が相続することになった。
その後泥酔状態のハリーが市電にぶつかり頭を強打して入院するという騒ぎがあったが、幸い命にかかわることもなく無事退院。
ハリーはセルマと別れてアメリカの支社に向かって旅立っていた。時々手紙がきて恋人を見つけたので結婚する、と幸せそうだった。その後転職してボリビアの油田で働くことになったと書いてあり徐々に遠ざかっていった。
セルマは男の子を産んだ。その後消息は途絶えたが、カリフォルニアからかわいい男の子の写真が送られてきていた。
チュリーはアメリカの大学に赴任することになった。これを機に二人を探して会ってみたいと考えた。 チュリーは地図を片手に、旧友に会うためならと一大決心で虎の子の家計費を使うことにする。
さぁここからが面白い。
セルマはチャーリーという男と、ハリーはアンという魅力的な女と結婚していた。
ミラーさんの手の中で踊らされてしまったけれど、あっさりと敗北を認めた。 ミステリでもなんでも作者にはごまかされない覚悟で読むのだが、こう淡々とした日常の謎、特にどこかおかしいようなそうでないような人の心理描写は巧みで歯が立たない。変わった人は罪を犯すにも意外な方法でそれもありがちな生活の些細な出来事の中に姿を隠す。 また、現実でも他人の家庭は謎だ、友情も一皮むけば何かとかしましい。そんなことを書いているミラーさんは読者を暮らしの謎に巧妙に導いていく。
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