短編集なのですが、歴史文学賞受賞作の「喜娘」だけ読んでみました。「きじょう」と読みます。
目次
*喜娘 *
惜春夜宴 *
夏の果て *
すたれ皇子 *
喜兵衛のいたずら *
あとがき
歴史小説家としては三年目だそうです。 遣唐使として長安に渡った人々が主役です。 奈良時代の政治や官位争いは簡単に済ませています、この時代の主になる遣唐使についても政治的な部分は浅く、登場人物の絡みだけで話が進んでいました。
それでも長安に渡っても帰れなかった人たち、苦難を乗り越えてまで帰ることは諦め長安に生涯を埋めた人々の運命を織り込んで、興味深い物語にしています。
ただ、歴史より物語に重きを置いていますので、少し軽く、恋愛要素も盛り込んで甘く仕上がっていました。これは歴史の中に生きた人々を取り上げたその後の梓澤さんの小説の印象とは違った感じを受けました。 軽く面白く読めましたが出版済みの「阿修羅」や「運慶」はどう書いてあるのか楽しみになっています。長編なので期待通り登場人物が動いているのか楽しみです。
「喜娘」は歴史書の中で出会ったそうで、あとがきには
史書を読んでいると、たった一度ぽつんとあらわれる名前に出くわすことがあります。喜娘の名がそうでした。【続日本紀】宝亀九年十一月十三日の項にたった一行 「判官大友宿禰継人並びに前の入唐大使藤原朝臣河清の女喜娘ら四十一人その艪に乗りて肥後国天草郡に着く」 この一行だけが大友継人と喜娘の不思議な縁をしのばせるものなのです。喜娘がその後どうしたか、記録はなにもありません。もしそのまま日本に止まったとしたら、継人の非業の死を彼女はどんな思いで訊いたでしょうか。
第十四次遣唐使一行は帰り支度をしていた。長安の送別の宴も終わった。若い判官大伴継人は、ともに帰国する老齢の羽栗翼の人探しをただ見守ることしかできなかった。 翼と翔は阿倍仲麻呂とともに入唐した吉麻呂が唐でめとった女に産ませた兄弟だった。 帰郷を願い出た仲麻呂を玄宗皇帝は手放すことを拒んで仲麻呂は官吏としてそのまま勤め続けた。だが仲麻呂は、吉麻呂親子は船に乗せた。 12歳の翔と14歳の翼の、帰りついた故郷の暮らしは惨めだった。兄弟はまず言葉を覚ることから始め、成長しても下級官吏から上れなかった。 その上、父は橘奈良麻呂の乱で処刑され、罪人の子という日陰で育たなくてはならなかった。 生来闊達な翔は、志願するものも滅多にない遣唐使を望んで、再び船に乗った。海を渡れたのか長安にいるのかその後行方が分からなくなった。
老いた翼はもう長安を見るのは最後かも知れない、出発まで残された時間を、翔を探して歩きに歩いた。 翔は見つからなかったが、にぎやかな街を継人と歩いていて、若い娘が男に囲まれて暴れているのに出会った。 この元気な娘が「喜娘」だった。
「喜娘」は十次遣唐使で入唐した藤原清河の忘れ形見だった。静河は仲麻呂とともに帰国の舟に乗ったが、難破して安南に流れ着き、二人とも玄宗皇帝に仕え唐に骨をうずめた。 二度目の入唐のあと清河の子として「喜娘」が生まれ父は短い老い先を覚悟して、故郷の話をし言葉を教えた。 父亡きあと「喜娘」は大和が見たかった。皇帝の許しを得て継人の舟に乗った。 遅れに遅れ嵐にもまれながら十一月の末に長崎に着いた。太宰府から平城京へ、そして元の清河の屋敷に落ち着いた。 平城京では貴人の若者たちが策を弄して「喜娘」を娶りたいとあらそっていた。 しかし「喜娘」は長い航海で、自分を守り導いてくれた継人を慕っていた。彼も都に妻も子もいたが「喜娘」が恋しく忘れられなった。 二人は一夜出会い抱きしめあって別れた。
難波津に着いた唐船が趙送使を迎えに来た。「喜娘」も従者の安如も一緒に帰るという。
継人と翼が見送った。 「帰ったら羽翔おじさんに話してあげたいことがたくさん……」といった。
六年後、長岡京で桓武天皇の寵臣藤原種継が暗殺され、大伴継人は処刑された。
橘奈良麻呂の名前もチラと出てくるが興福寺の国宝、阿修羅像のモデルになったともいわれているので「阿修羅」も読んでみようと楽しみにしています。 子供のころから親しんできた奈良。わずか七十余年栄えた都には今もその面影が残っています。
2018年4月平城京公園がオープンしました。工事は続いていますが、さっそく朱雀門広場に復元された遣唐使船を見に行ってきました。 この小さな船に百人を超す人が乗って海を渡ったのかと、感慨深かったです。 居室は狭く小さな船体は、嵐の浪間でまさに木の葉のように揺れたことでしょう。
梓澤さんの小説は、こってりした葛湯の味がします。歴史小説の出発が「喜娘」ですから、真偽も定かでないできごとを、甘く滋養があるかのように膨らませて書いてくれています。これは少し甘々感がありますが、それでも遠く過ぎた時代は喉を過ぎればサラサラと流れていきます。
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