空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「汚れた手をそこで拭かない」 芦沢央 文藝春秋

2022-01-13 | 読書

前の二作がとても面白かったので、見つかった三冊を集めて読んでみた。日常から短編が5編。巧い。
どれも面白かった。

☆ただ運が悪かっただけ
ふすまを開け閉めしている音がいつまでも続いていると思ったのは、夫が鉋をかけている音だった。いつまでたっても削り終わらない。
夫は工務店をやめて建具屋になった。作業場にベッドを入れて寝ながら夫を見ている。余命半年の私。夫は夜毎うなされている、今はただ鉋をかけ続けている。なにを悩んでいるのか。今なら聞けるかも。
夫はやっと打ち明けた「昔人を殺した、罪にはならなかったが」工務店時代常に難癖をつけては、雑用に呼びつける客を殺した。
改築した家の吹き抜けに、電球をつけに来いという。高い長い梯子をもっていった。
電気はついたが。ああ言えばこう言う憎らしい口で「その梯子を売ってくれ」という。新しい梯子を買って来ると言えば「いやなのか、それがいいのだ」と言って分厚い札束の入った財布を見せた。仕方なく売ってきたが、いやな客に古い梯子を。聞いた親方や同僚に褒められた。客は半年後その梯子から落ちて死んだ。梯子の踏み段を止めるボルトが錆びて落ちたのだ。絶縁状態だった娘がひょっこり来合わせて「運が悪かっただけ」といった。
だがその客は宝くじで三千万円を当てていた。娘は知らなかったはず。外に置いてあった梯子の留め金が腐ったのは誰のせいでもない。しかしまだ意識のあった客は「おれに限って…」と言っていた。
死期の迫った私は、夫の気持ちを軽くする名推理を働かせる。

☆埋め合わせ
空が青い、プールの水に空が写って、と思ったらおかしい、色の反射が低い。水が抜けていた。バルブを締め忘れたのか昨日。ぞっとした。すぐに給水口を開けたが間に合うのか。
プールの水代が多額に上り流出させた教諭が弁済したという記事があった。プール半分の水代を計算してみる。良案ではないが思いついた。外の水道を流しっぱなしにして消えた水をそのせいにするのだ。ばたばたと隙を伺うが何かと邪魔が入る。そこに味方が。
三十万円競馬ですった同僚の穴埋めに共犯にされるのか。さすがに計算は早い。

☆忘却
公害からアパートに引っ越してきた夫婦。夏真っ盛りに隣の年寄りが熱中症で亡くなっていた。耐えられない状況に窓を閉じて息を詰める。
息子のすすめで近くに越して来たが、その息子が突然死してしまった、妻は気落ちして認知症になった。
「エアコンが止まっていたそうよ」「電気代の滞納ですって」
間違って配達された「送電停止」と書かれた請求書。妻が渡しておくといったがそのまま忘れたのか。しかし気持ちの負い目はそこではなかった。
元電機屋だった隣人はちょっとした電気のトラブルは気軽に直してくれたのに。電化製品のトラブルには通じていたはずなのに。

☆お蔵入り
いい絵が撮れた。監督は、名優で大御所の岸野に礼を言った。「こちらこそいい映画に出させてもらって」
この会話をメイキングに使おう。
スタッフが走ってきた。岸野さんに薬物使用疑惑が。そうなればもう公開は無理になる。
スタッフが相談した、岸野に詰問したら「もういいよ、今更やめられないもん」と答えた。
スタッフ三人は人気のない6階のベランダから岸野を突き落として口裏を合わせた。
ニュースでは自殺か?事故か?と報道されていた。メイキングに使う映像が繰り返し流れて、追悼番組が組まれ、遺作になる今回の作品は紹介もされている。
しかし当然だが蟻の一穴、そううまくはいかなかった。

☆ミモザ
サイン会に来た彼は「変わらないな」といった。昔の恋人。彼も変わっていなかった。
22歳のバイト先の先輩との不倫関係は奥さんを訪ねたことで壊れた、今になってはそれがよかったと思っている。
彼にはおいしい料理屋に連れて行って貰って味を知った、料理ブログを書いて本になりベストセラーになった。
彼は仕事をやめて仏師になったという。離婚もしていた。今更、と優しい夫を想い浮かべる。
「金貸して?」サラッという。会ったのが間違いだった。奥さんに逃げられ今はゴミ集めの清掃業者。
男は「三十万」。一応と言われて借用書に署名すると男はそれを何気なくポケットに入れた。
また来た「二十万」「何なら十万でいいよ」
部屋に押し入り夫と鉢合わせ、男を一応隠したが最悪の展開になった。
ドアを閉めたらミモザのリースが揺れた。
 
 
 
 

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