
第26 回野間文芸新人賞
「銃」に続く2作目。デビュー作の「銃」とのテーマの類似点が話題になっていたが、「銃」を読んでいないのだが、この暗い魂の異常な揺れや、執着心のありかは想像できた。
両親を失ったが裕福な家庭に引き取られ、不自由のない大学生である。だが、心の底に大きな喪失感の暗い塊がある。
その塊のせいか、いつも自分をしっかり掴んでいられない。日常にあわせて生活するだけの智恵はあるが、言葉がその場その場に都合よく口からでる。
そんな暮らしの中に間違って飛び込んで来た美樹という女と繋がりが出来る。
確信はないが、無邪気な彼女といると、心が落ち着く気がする。
その彼女が突然交通事故で死んだ。
警察に呼ばれて彼女と対面したが、現実感はない。小指を切り取って帰った。それからは小指が美樹の代わりになった。ホルマリン漬けにして小さいビンに入れて黒い布に包んで持ち歩いている。
常に鞄を触って美樹の存在を確認している。
友達に聴かれると、美樹はアメリカの留学しているといっておく。次第にそのウソが現実的になってくる。
自分自身の置き所が不安定で、かっとなると暴力を振るう。
美樹をなくした怒りか、自分を捕らえられない怒りか、ときに爆発して自分を見失う。
魂の暗い揺れや、喪失感や、虚言癖はますます抑えられなくなり、隠し続けた重みからか、美樹の指のことをついに叫んでしまう。
心の置き所をなくした若者の異常な日常は、悲しみと愛惜と、虚言と暴力の日々になって流れていく。
どうしようもない暗さが迫ってくる。
小さな暗さを持たないで生きることはない、しかし、ただそれだけに抵抗し、すがり暴れる、若者の姿がやりきれない。
心の鬱屈した影を書き続ける中村さんの代表作の一つになった。若くないと書けない異常な状況を描いた作品だが、この重さにどこか共鳴するところがある。