空耳 soramimi

あの日どんな日 日記風時間旅行で misako

「呼人」 野沢尚 講談社文庫

2015-07-03 | 読書


12歳で成長が止まった男の子・呼人の心の歴史。
時々、何のために生まれて来たのだろうと呼人は思う。確かに周りは彼を置いて年を重ね、いつかは消えて行く。

私は何のためにと考えたこともないし、無理に考えても何の答えもない。何のためにというのは、他人に何かする役目なり生きる目標なりがあってのことかもしれない。人としてするべきことは、大差なくて、社会人、家庭人になりその役目を果たしながら生きていくほかはない。という流れのまにまに苦楽を越えて生きることだと思っている。


呼人はMITで薬学研究をしていた日本人が 遺伝子操作で密かに作り出した成長を止める薬を、たまたま出合った妊婦に注射をした。女はテロの首謀者として世界を転々としていた。生まれた子を妹に預けてまた世界に出て行った。呼人は子供を預かったのが今の母だと知る。
彼は12歳まで普通に成長した。友達と山に基地を作って遊んでいた。話はまるで「スタンド・バイ・ミー」のように始まる。
12年後呼人の成長が止まった。見かけは子供のまま、友達と進路がわかれた。

14年後、呼人26歳。小春は家出して逢えないまま。秀才の潤はアメリカの大学を出て銀行に就職、金融先物取引で損失補てんに失敗、刑務所にいた。厚介は数学者の父から逃げて自衛官になり、北朝鮮の捕虜を救いに派遣され、地雷原で片足を失った。

呼人32歳。教師になるために免許を取ったが採用されず、自宅で通信講座の添削をしている。
6年前に母を訪ねてアメリカにわたった。母は研究者の父と、短期間夫婦として過ごしたという、後を訪ね、真実に直面して、死のうと思った。だが生まれてきたことを考え直しに帰国した。

思い出の山に、ごみ処理場が出来ると言う。谷にシートを敷き有害物質を捨てる計画が実行される。まだ手のはいってない最後に風景を見ておこう。
呼人はむかし辿った道で小春に会う。彼女も最後の日を知り訪ねてきていた。
小春は運命について話す。

―― 人間はだれしも、何かの意味を持ってこの世に生まれてくると信じたい。メーテルリンクの「青い鳥」ふうにいうと、子供が生まれてくる時に「時のおじいさんが」から持たされる、「「お土産」という名の「宿命」だ。
この奇妙な人生は必然で、12歳のまま生きているのは、誰かの悪戯とか、単なる事故とか、そんな風に思いたくなかった――

手ががりを追って母を訪ねる旅に出る。導かれているように旅立ちの決心をする。



人の手でつくりだされた成長が止まる運命にもだえ苦しむ話かと思っていた。だが、次第に呼人の心がわかってくる。
友達の境遇も織り交ぜ、考えさせられた。

北朝鮮問題。米国の熾烈な先物買い、為替取引の現状。ごみ処理問題、作者の知識が熱すぎるくらい語られている。

最後が2010年で幕を閉じる、発行が1999年なので近未来という設定だが、今読んで、過ぎた時代が近未来として読んでいる、と言うギャップがあるにもかかわらず、余りにも現実に近くて、作者の慧眼に驚いた。


  
コメント
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