自分の性格を、自分なりに解説。
(1)神経質
病的というほどではないので、社会的には許される範囲内かと。
たとえば。
部屋はいつもキレイ、ゆえに「じゃあ、遊びに来られるのとかイヤじゃない?」といわれるが、いやいやそうではなく。
掃除が好きだから、汚してもらって構わないのだ。
(2)基本は温和
にこにこ(ヘラヘラ?)している顔のとおり。
だから、接客業に向いている。
ただそれは、あくまでも見た目の話であり、こころのなかはどうだか分からない…とは、よくいわれる。
実際そうだよ、こころのなかは産業廃棄物系? です。
(3)変人扱いされるとうれしい
褒め言葉は、キチガイとかヘンタイ。
だから、「意外とふつう」と評されると、立ち直れないくらいにショックを受ける。
(4)自意識過剰
そうでなければ、こんな露悪的なブログは展開していない。
(5)協調性がない
完全に、ない。
そういう意識さえ、持ったことがない。
だからスポーツでも団体競技は観る専門。
格闘技やチャリンコを選んだ自分のことを、自分が分かっているなぁ! と褒めたいくらい。
現在の仕事も天職みたいなものだろう、ゴール目指して皆で力をあわせる、、、となったら途方に暮れてしまうよ。
『七人の侍』(54)より『用心棒』(61)が好きなのは、そこからきているのかもしれない。
侍たちのチームワークに憧れることはあるが、ひとりで好きなようにやって、ガハハと笑う三十郎のほうにシンパシーを感じるというね。

そのことを踏まえて、「初体験シリーズ」いってみよう。
今回のテーマは、「初めて熱中出来た学校の委員」。
学級委員、保健委員、風紀委員、清掃委員とか、あるでしょう。そういうやつ。
アテにならぬ記憶力に頼ってみると・・・
小学校のころは、黒板消しで遊びたいから黒板係、検尿を集め「きゃーきゃー」騒ぎたいから保健係、掃除が好きだから清掃係、とかを担当していた「気がする」。
「気がする」っていうのは、その程度のことで、つまり真面目にやっていなかったことの証明になると思う。
けれども。
たったいちどだけ、本当にやりたい! と思い、放課後の数時間をそれに費やしたものがあった。
中学3年時に担当した、新聞委員である。
このころから、書くことが好きだったんだねぇ。。。
ところで30歳のころ、2年ほど毎日新聞の傘下で働いていたことがある。
記事をデータベース化する仕事だったが、そのときに思い知らされたこと。
社説ならともかく、記事というものは事実を積み重ねて構成するものであり、そこに主観は入り込まない・入り込めない、、、ということ。
当たり前なのだが、自分のような自己顕示欲の強い男にとっては、そーとーストレスが溜まる作業だなと。
中学生のころの自分には、もちろんそんな認識などなく、だから、ひじょうに偏りのある学級新聞が展開されていったのだった・・・。
つづく。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『初体験 リッジモント・ハイ(212)』
(1)神経質
病的というほどではないので、社会的には許される範囲内かと。
たとえば。
部屋はいつもキレイ、ゆえに「じゃあ、遊びに来られるのとかイヤじゃない?」といわれるが、いやいやそうではなく。
掃除が好きだから、汚してもらって構わないのだ。
(2)基本は温和
にこにこ(ヘラヘラ?)している顔のとおり。
だから、接客業に向いている。
ただそれは、あくまでも見た目の話であり、こころのなかはどうだか分からない…とは、よくいわれる。
実際そうだよ、こころのなかは産業廃棄物系? です。
(3)変人扱いされるとうれしい
褒め言葉は、キチガイとかヘンタイ。
だから、「意外とふつう」と評されると、立ち直れないくらいにショックを受ける。
(4)自意識過剰
そうでなければ、こんな露悪的なブログは展開していない。
(5)協調性がない
完全に、ない。
そういう意識さえ、持ったことがない。
だからスポーツでも団体競技は観る専門。
格闘技やチャリンコを選んだ自分のことを、自分が分かっているなぁ! と褒めたいくらい。
現在の仕事も天職みたいなものだろう、ゴール目指して皆で力をあわせる、、、となったら途方に暮れてしまうよ。
『七人の侍』(54)より『用心棒』(61)が好きなのは、そこからきているのかもしれない。
侍たちのチームワークに憧れることはあるが、ひとりで好きなようにやって、ガハハと笑う三十郎のほうにシンパシーを感じるというね。

そのことを踏まえて、「初体験シリーズ」いってみよう。
今回のテーマは、「初めて熱中出来た学校の委員」。
学級委員、保健委員、風紀委員、清掃委員とか、あるでしょう。そういうやつ。
アテにならぬ記憶力に頼ってみると・・・
小学校のころは、黒板消しで遊びたいから黒板係、検尿を集め「きゃーきゃー」騒ぎたいから保健係、掃除が好きだから清掃係、とかを担当していた「気がする」。
「気がする」っていうのは、その程度のことで、つまり真面目にやっていなかったことの証明になると思う。
けれども。
たったいちどだけ、本当にやりたい! と思い、放課後の数時間をそれに費やしたものがあった。
中学3年時に担当した、新聞委員である。
このころから、書くことが好きだったんだねぇ。。。
ところで30歳のころ、2年ほど毎日新聞の傘下で働いていたことがある。
記事をデータベース化する仕事だったが、そのときに思い知らされたこと。
社説ならともかく、記事というものは事実を積み重ねて構成するものであり、そこに主観は入り込まない・入り込めない、、、ということ。
当たり前なのだが、自分のような自己顕示欲の強い男にとっては、そーとーストレスが溜まる作業だなと。
中学生のころの自分には、もちろんそんな認識などなく、だから、ひじょうに偏りのある学級新聞が展開されていったのだった・・・。
つづく。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『初体験 リッジモント・ハイ(212)』