「水着の仕事っていったって、おかずですよね。露出の多い水着を着て、ベッドに転がされたり」
「握手会で、手がぬるぬるしてるおじさんとかに、すっごい気持ち悪い握手のされかたをする」
「この見知らぬおじさんが私の写真やDVDを観て家で何してるんだろう」
…………………………………………
若い女子が性的な意味での「おかず」ということばを吐くのを久し振りに聞いて、ゾクゾクした―などと、茶化してはいけない。
いや、茶化していいものだろう。
ここのところ連日報道されている、女優・清水富美加の出家騒動。
映画小僧だし、美女ウォッチャーだし、自慰キチガイだし、さらに映画『沈黙』が公開中というのもあってか、そのことについての意見をよく求められる。
ワイドショーを観ると、コメンテーターの8割9割が「筋を通せ」と批判している。
「すげー」怒っているひとも居る。
そんなに、「すげー」怒ることなのかな、、、とは思った。
タレント本の研究? もしているので、告白本も発売初日に読んだ。
で、自分の率直な感想。
出家そのものは、なんとも思わない。
幸福の科学だろうがアレフだろうが、ひかりの輪だろうが統一教会だろうが、信じたいものを信じればいい。
だから、よく聞く「宗教は怖い」という意見には賛同しない。
ただ『沈黙』とは根幹からちがう話なので、それを持ってこられても困る、、、というのはある。
「あけっぴろげ」に書かれている告白本は、そういう意味では楽しめた。
ただあくまでもインタビュー形式なので、タレント本研究家としては物足りないというのはあるし、
スポーツ紙などは、冒頭に引用したことばを「衝撃的」と評しているが、いやいや、衝撃性という意味では、やっぱり飯星景子や桜田淳子のそれには敵わないと思った。
では結論として彼女を腐しているのかというと、そういうわけでもない。
女優としては面白いキャラクターなので、単純に惜しいとは思う。
思うが、「性の対象になることを嫌がった」ただ一点において、やはり彼女は芸能界には向いていなかったのかもしれないな、そのことに気づくのに時間がかかり過ぎたよな、、、と。
『とくダネ!』(フジテレビ)の、小倉智昭の意見に近い感じ。
映画にとって、エロスと暴力は腐れ縁のような関係なんだ。
異論もあるだろう、しかしどんなジャンルでも監督でも俳優でも、エロスと暴力の呪縛からは逃れられない。
いつもいうが、ターザンの映画に女性客が殺到したのは「男のハダカを堂々と見ることが出来るから」という側面もあった。
自慰キチガイだけではないんだ、映画にエロスを求めているのは。
なんのエロス性もないはずの映画、『優駿 ORACION』(88)―この映画でヒロインを演じた斉藤由貴の足首だけで勃起が止まらなかった自分がいうんだ、これはまちがいない。
あの? キャシー・ベイツだって、清川虹子だってエロを演じる。
残念ながらこの世には、清水富美加が求めるユートピアのような「一般」映画はないし、必要とされていないのだ。
アイドル好きの割にはAKB系にピンとこない自分だが、それでも指原の「お尻、見せたくなっちゃうんですよ~」という発言には好感を抱いた。
これを聞いたとき、なぜ彼女が1位の人気を誇るのか分かった気がする。
彼女らのなかにも肌を晒すことを苦痛に感じている子だって居るかもしれない、それに耐える子をえらい! という気はないし、耐えたところでなんの結果も生まないので、早く辞めたほうがいいと思う。
さらにいえば、「ぬるぬる」おじさんを肯定しているわけじゃない。
ただ、それでも芸能界に居ようと思った子たちは、この業界にそれ以上の快楽を見つけたんだと思う。
松尾スズキは、「芸能人は、電球以上に輝きたいひとたちなんだ」といった。
そうなんだ。
おかずになっても、輝きたい。
っていうか、おかず上等。
それさえも武器にする覚悟を持つ―それだけが、この業界の門を潜ることの出来る資格なんだと思っている。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『釣りは要らねぇよ。』
「握手会で、手がぬるぬるしてるおじさんとかに、すっごい気持ち悪い握手のされかたをする」
「この見知らぬおじさんが私の写真やDVDを観て家で何してるんだろう」
…………………………………………
若い女子が性的な意味での「おかず」ということばを吐くのを久し振りに聞いて、ゾクゾクした―などと、茶化してはいけない。
いや、茶化していいものだろう。
ここのところ連日報道されている、女優・清水富美加の出家騒動。
映画小僧だし、美女ウォッチャーだし、自慰キチガイだし、さらに映画『沈黙』が公開中というのもあってか、そのことについての意見をよく求められる。
ワイドショーを観ると、コメンテーターの8割9割が「筋を通せ」と批判している。
「すげー」怒っているひとも居る。
そんなに、「すげー」怒ることなのかな、、、とは思った。
タレント本の研究? もしているので、告白本も発売初日に読んだ。
で、自分の率直な感想。
出家そのものは、なんとも思わない。
幸福の科学だろうがアレフだろうが、ひかりの輪だろうが統一教会だろうが、信じたいものを信じればいい。
だから、よく聞く「宗教は怖い」という意見には賛同しない。
ただ『沈黙』とは根幹からちがう話なので、それを持ってこられても困る、、、というのはある。
「あけっぴろげ」に書かれている告白本は、そういう意味では楽しめた。
ただあくまでもインタビュー形式なので、タレント本研究家としては物足りないというのはあるし、
スポーツ紙などは、冒頭に引用したことばを「衝撃的」と評しているが、いやいや、衝撃性という意味では、やっぱり飯星景子や桜田淳子のそれには敵わないと思った。
では結論として彼女を腐しているのかというと、そういうわけでもない。
女優としては面白いキャラクターなので、単純に惜しいとは思う。
思うが、「性の対象になることを嫌がった」ただ一点において、やはり彼女は芸能界には向いていなかったのかもしれないな、そのことに気づくのに時間がかかり過ぎたよな、、、と。
『とくダネ!』(フジテレビ)の、小倉智昭の意見に近い感じ。
映画にとって、エロスと暴力は腐れ縁のような関係なんだ。
異論もあるだろう、しかしどんなジャンルでも監督でも俳優でも、エロスと暴力の呪縛からは逃れられない。
いつもいうが、ターザンの映画に女性客が殺到したのは「男のハダカを堂々と見ることが出来るから」という側面もあった。
自慰キチガイだけではないんだ、映画にエロスを求めているのは。
なんのエロス性もないはずの映画、『優駿 ORACION』(88)―この映画でヒロインを演じた斉藤由貴の足首だけで勃起が止まらなかった自分がいうんだ、これはまちがいない。
あの? キャシー・ベイツだって、清川虹子だってエロを演じる。
残念ながらこの世には、清水富美加が求めるユートピアのような「一般」映画はないし、必要とされていないのだ。
アイドル好きの割にはAKB系にピンとこない自分だが、それでも指原の「お尻、見せたくなっちゃうんですよ~」という発言には好感を抱いた。
これを聞いたとき、なぜ彼女が1位の人気を誇るのか分かった気がする。
彼女らのなかにも肌を晒すことを苦痛に感じている子だって居るかもしれない、それに耐える子をえらい! という気はないし、耐えたところでなんの結果も生まないので、早く辞めたほうがいいと思う。
さらにいえば、「ぬるぬる」おじさんを肯定しているわけじゃない。
ただ、それでも芸能界に居ようと思った子たちは、この業界にそれ以上の快楽を見つけたんだと思う。
松尾スズキは、「芸能人は、電球以上に輝きたいひとたちなんだ」といった。
そうなんだ。
おかずになっても、輝きたい。
っていうか、おかず上等。
それさえも武器にする覚悟を持つ―それだけが、この業界の門を潜ることの出来る資格なんだと思っている。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『釣りは要らねぇよ。』