元の鞘に収まる(もとのさやにおさまる)
いったん離縁した夫婦や、絶縁した者が、再び以前と同じ関係に戻ることのたとえ。
「故事ことわざ辞典」より
また、現代ではそれを略して「もとさや」と表現することがある。
※我流解説@まっき~
…………………………………………
日常生活においても、映画の世界でも、そんなことが「ときどき」起こる。
「あの騒動は、なんだったんだ…」と思うこともあれば、「よかった、よかった」と胸をなでおろすこともあり。
生きてりゃ、いろいろありますよって話だ。
そこできょうは、「広義の意味における、もとさや映画」の5傑を展開してみよう。
10傑でも可能だが、とくに印象に残る「もとさや」というと、5傑になるのだった。
(1)『8Mile』(2002)

ラップバトルのファイナルで快勝したのだから、スターになれたはず。
けれどもラビットは、向こう側(富裕層)には行かず、こっち側(貧困層)に留まった。
あのラストシーンのあと、彼は残業を代わってくれた同僚に礼をいいに行くのだろう。
(2)『時計じかけのオレンジ』(71)
ひとって、そうそう変わることがないということを、これほど痛烈に描いてみせた映画はない。

(3)『サイダーハウス・ルール』(99)
自分が必要とされていることに気づくまでの、長い夏休みの物語。
少し長いが、素晴らしいクライマックスを。
駅員さん役で、原作者ジョン・アーヴィングの姿がちょこっと。
そしてホーマーの帰還に対し「控えめに」喜ぶ少女が、じつにいい。
(4)『タクシードライバー』(76)
ふたつの意味で、「もとさや」な物語。
ベッツィが、よりを戻そうと話しかける・・・が。
そして、
穏やかにタクシーを運転しているかに見えるラストシーン・・・だが。
(5)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)
夫婦になるはずだった両親の出会いを邪魔してしまったことから、自分自身が存在の危機に。
ふたりをなんとかくっつけようと奮闘するさまは、時間を超えた「もとさや」物語だよね。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『具だくさん』
いったん離縁した夫婦や、絶縁した者が、再び以前と同じ関係に戻ることのたとえ。
「故事ことわざ辞典」より
また、現代ではそれを略して「もとさや」と表現することがある。
※我流解説@まっき~
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日常生活においても、映画の世界でも、そんなことが「ときどき」起こる。
「あの騒動は、なんだったんだ…」と思うこともあれば、「よかった、よかった」と胸をなでおろすこともあり。
生きてりゃ、いろいろありますよって話だ。
そこできょうは、「広義の意味における、もとさや映画」の5傑を展開してみよう。
10傑でも可能だが、とくに印象に残る「もとさや」というと、5傑になるのだった。
(1)『8Mile』(2002)

ラップバトルのファイナルで快勝したのだから、スターになれたはず。
けれどもラビットは、向こう側(富裕層)には行かず、こっち側(貧困層)に留まった。
あのラストシーンのあと、彼は残業を代わってくれた同僚に礼をいいに行くのだろう。
(2)『時計じかけのオレンジ』(71)
ひとって、そうそう変わることがないということを、これほど痛烈に描いてみせた映画はない。

(3)『サイダーハウス・ルール』(99)
自分が必要とされていることに気づくまでの、長い夏休みの物語。
少し長いが、素晴らしいクライマックスを。
駅員さん役で、原作者ジョン・アーヴィングの姿がちょこっと。
そしてホーマーの帰還に対し「控えめに」喜ぶ少女が、じつにいい。
(4)『タクシードライバー』(76)
ふたつの意味で、「もとさや」な物語。
ベッツィが、よりを戻そうと話しかける・・・が。
そして、
穏やかにタクシーを運転しているかに見えるラストシーン・・・だが。
(5)『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85)
夫婦になるはずだった両親の出会いを邪魔してしまったことから、自分自身が存在の危機に。
ふたりをなんとかくっつけようと奮闘するさまは、時間を超えた「もとさや」物語だよね。
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明日のコラムは・・・
『具だくさん』