23年10月4日生まれ・2008年4月5日死去、享年84歳。
アメリカ出身。
元祖マッチョ俳優、、、といってもスライやシュワ氏のような鍛え上げられた、SF的な筋肉ではなくナチュラルな身体。
ジムで器具を使ったりプロテインを飲んで鍛えたというより、日々の生活で・労働で自然と付いた感じの筋肉。
よいわるい、ではなくってね。
そんな感じ。
しかし新しい映画ファンほど、全米ライフル協会のドンとしてのインパクトが強くネガティブなイメージを抱くのかも。

と同時に公民権運動家としての活動にも積極的で、評価するべきおこないは多いはずなのですけれど、銃社会の権化のような悪いイメージのほうが…まぁそれだけ「あの映画」の力が強かったということでしょう。
それはともかくとして、ハリウッド黄金期の後半50~60年代に大活躍したスターであることに変わりはありません。
<経歴>
ノースウェスタン大学卒。
在学時より演劇部で活躍し注目を浴びる。
卒業後に陸軍に入隊、第二次大戦中は爆撃機B-25の無線士として軍務につく。
退役後にあらためて俳優業を目指し、ブロードウェイでキャリアを築き始める。
映画俳優デビュー作は、50年の『虐殺の街』。
当初から目立った存在で、下積みといえる期間はなかったみたいです。
セシル・B・デミルによる大作『地上最大のショウ』(52)、『真紅の女』(53)、『テキサスの白いバラ』(55)を経た56年、モーゼを熱演した『十戒』により自身のポジション(偉人を演じるならこのひと!みたいな)を確立させる。
オーソン・ウェルズの大傑作『黒い罠』(58)、
グレゴリー・ペックと共演、ウィリアム・ワイラーによる西部劇『大いなる西部』(58)、
戦車競走もすごいが、後半の展開がほとんどキリストにまつわるエピソードであることが(割と)衝撃の『ベン・ハー』(59)、

『エル・シド』(61)、『北京の55日』(63)、『偉大な生涯の物語』(65)、サム・ペキンパーと組んだ『ダンディー少佐』(65)などなどなどなど、肌を露出させながら大活躍を繰り広げる。
これはべつに皮肉なんかではなく、上半身がハダカのまま物語を展開させるということは、それなりの身体でないと「もたない」んですよ。
『猿の惑星』(68)は、「もつ」でしょう。
そういうことなのだと思います^^
ここから迷走していくシリーズ『続・猿の惑星』(70)、『ジュリアス・シーザー』(70)を経た72年、『アントニーとクレオパトラ』で監督業にも進出。

以降も・・・
『ソイレント・グリーン』(73)、
『エアポート'75』(74)や『大地震』(74)、
『ミッドウェイ』(76)、『原子力潜水艦浮上せず』(78)・・・などに出演するも、60年代までのように批評・興行面の双方で成功するような作品を連発することは(残念ながら)ありませんでした。
90年代に入ると、ゲスト的な役割が多くなり・・・
『クライシス2050』(90)、『トゥームストーン』(93)、
異様に眼帯が似合う『トゥルーライズ』(94)、

『マウス・オブ・マッドネス』(94)、
冒頭のナレーションを担当した『アルマゲドン』(98)、
『エニイ・ギブン・サンデー』(99)、『PLANET OF THE APES/猿の惑星』(2001)、
そしてドキュメンタリーの『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)に「悪玉」として「強制」出演、
ひとんちの庭に「死んだ子どもの遺影」を置いて帰るムーアの演出もどうかな…と思いましたが、事件の直後に集会を開いちゃったヘストンも悪かったのだと思います。
この映画公開の翌年2003年、アルツハイマー病であることを公表し全米ライフル協会会長を辞任しました。
2008年4月5日、享年84歳で死去。
死因は明らかにされていませんが、やはりアルツハイマーの影響でしょうか。
『ベン・ハー』も『猿の惑星』もクリアな映像と特殊効果で「再生」されていますが、
ファーストインパクトとヘストンの熱演は凄まじいものがあって、オリジナルのほうがきらきら輝きつづけています。
昔はこういうのもテレビで頻繁に放送されていました、またやってくれてもいいのに…。
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『令和版・海外俳優列伝(173)チャウ・シンチー』
アメリカ出身。
元祖マッチョ俳優、、、といってもスライやシュワ氏のような鍛え上げられた、SF的な筋肉ではなくナチュラルな身体。
ジムで器具を使ったりプロテインを飲んで鍛えたというより、日々の生活で・労働で自然と付いた感じの筋肉。
よいわるい、ではなくってね。
そんな感じ。
しかし新しい映画ファンほど、全米ライフル協会のドンとしてのインパクトが強くネガティブなイメージを抱くのかも。

と同時に公民権運動家としての活動にも積極的で、評価するべきおこないは多いはずなのですけれど、銃社会の権化のような悪いイメージのほうが…まぁそれだけ「あの映画」の力が強かったということでしょう。
それはともかくとして、ハリウッド黄金期の後半50~60年代に大活躍したスターであることに変わりはありません。
<経歴>
ノースウェスタン大学卒。
在学時より演劇部で活躍し注目を浴びる。
卒業後に陸軍に入隊、第二次大戦中は爆撃機B-25の無線士として軍務につく。
退役後にあらためて俳優業を目指し、ブロードウェイでキャリアを築き始める。
映画俳優デビュー作は、50年の『虐殺の街』。
当初から目立った存在で、下積みといえる期間はなかったみたいです。
セシル・B・デミルによる大作『地上最大のショウ』(52)、『真紅の女』(53)、『テキサスの白いバラ』(55)を経た56年、モーゼを熱演した『十戒』により自身のポジション(偉人を演じるならこのひと!みたいな)を確立させる。
オーソン・ウェルズの大傑作『黒い罠』(58)、
グレゴリー・ペックと共演、ウィリアム・ワイラーによる西部劇『大いなる西部』(58)、
戦車競走もすごいが、後半の展開がほとんどキリストにまつわるエピソードであることが(割と)衝撃の『ベン・ハー』(59)、

『エル・シド』(61)、『北京の55日』(63)、『偉大な生涯の物語』(65)、サム・ペキンパーと組んだ『ダンディー少佐』(65)などなどなどなど、肌を露出させながら大活躍を繰り広げる。
これはべつに皮肉なんかではなく、上半身がハダカのまま物語を展開させるということは、それなりの身体でないと「もたない」んですよ。
『猿の惑星』(68)は、「もつ」でしょう。
そういうことなのだと思います^^
ここから迷走していくシリーズ『続・猿の惑星』(70)、『ジュリアス・シーザー』(70)を経た72年、『アントニーとクレオパトラ』で監督業にも進出。

以降も・・・
『ソイレント・グリーン』(73)、
『エアポート'75』(74)や『大地震』(74)、
『ミッドウェイ』(76)、『原子力潜水艦浮上せず』(78)・・・などに出演するも、60年代までのように批評・興行面の双方で成功するような作品を連発することは(残念ながら)ありませんでした。
90年代に入ると、ゲスト的な役割が多くなり・・・
『クライシス2050』(90)、『トゥームストーン』(93)、
異様に眼帯が似合う『トゥルーライズ』(94)、

『マウス・オブ・マッドネス』(94)、
冒頭のナレーションを担当した『アルマゲドン』(98)、
『エニイ・ギブン・サンデー』(99)、『PLANET OF THE APES/猿の惑星』(2001)、
そしてドキュメンタリーの『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002)に「悪玉」として「強制」出演、
ひとんちの庭に「死んだ子どもの遺影」を置いて帰るムーアの演出もどうかな…と思いましたが、事件の直後に集会を開いちゃったヘストンも悪かったのだと思います。
この映画公開の翌年2003年、アルツハイマー病であることを公表し全米ライフル協会会長を辞任しました。
2008年4月5日、享年84歳で死去。
死因は明らかにされていませんが、やはりアルツハイマーの影響でしょうか。
『ベン・ハー』も『猿の惑星』もクリアな映像と特殊効果で「再生」されていますが、
ファーストインパクトとヘストンの熱演は凄まじいものがあって、オリジナルのほうがきらきら輝きつづけています。
昔はこういうのもテレビで頻繁に放送されていました、またやってくれてもいいのに…。
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明日のコラムは・・・
『令和版・海外俳優列伝(173)チャウ・シンチー』