NEST OF BLUESMANIA

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音盤日誌「一日一枚」#25 エリック・クラプトン「BLUES」(Polygram)

2021-12-06 05:51:00 | Weblog

2001年3月18日(日)



エリック・クラプトン「BLUES」(Polygram)

「師匠」の次は「弟子」というつながりである(笑)。

クラプトンはフレディ・キングのデビュー・インスト曲「ハイダウェイ」を、ブルースブレイカーズ時代にカバーしていることからわかるように、フレディのプレイをお手本にして、自らのギター・プレイを磨いてきた。

フレディだけではない。BBはいうに及ばず、アルバート・キング、バディ・ガイ、オーティス・ラッシュ、ヒューバート・サムリンなど、代表的な黒人ブルース・ギタリストのレコードを手当たり次第に聴きあさり、コピーしまくったという。

いってみれば、クラプトンは究極の「パクリスト」。

彼ら先達がいなかったら、いかな天才クラプトンといえども、我々を魅了してきたあのプレイは存在しなかったはずだ。

そういう恩恵を、クラプトンは十二分に感じているから、彼らに対するリスペクトを惜しみなく表明する。

「ライディング・ウィズ・ザ・キング」の制作は、その端的な例のひとつといえるだろう。

さて、このアルバムはそのタイトル通り、クラプトンのルーツ・ミュージックであるブルースの、主に既録音のナンバーを2枚のCDに収めた編集もの。

1970年発表の名盤「いとしのレイラ」に収録された「愛の経験」にはじまり、99年の新録「ビフォア・ユー・アキューズ・ミー」(ボ・ディドリーの曲)にいたるまでの全25曲。

CD1枚目はスタジオ録音、2枚目はライブ録音という色分けだ。

中には「ワンダフル・トゥナイト」のような非ブルースも入っているが、セールス上の対策なんだろうな。

基本的には、スタンダードなブルース、そして一部に自作のブルース・テイストな曲という構成。

皆さんおなじみの曲としては、レッドベリーの「アルバータ」、マディの「ブロウ・ウィンド・ブロウ」、T・ボーンの「ストーミー・マンデイ」、ビッグ・メイシオの「ウォリード・ライフ・ブルース」、ロバート・ジョンスンの「カインド・ハーテッド・ウーマン」、オーティス・ラッシュの「ダブル・トラブル」、チャールズ・ブラウンの「ドリフティン・ブルース」などなど。

さて、出来のほうはといえば、1曲1曲はそこそこなのだが、通しで聴くと、ちょっとゲップが出そうというかんじではある。正直言うと。

やはりクラプトンの歌は、基本的に「へたウマ」なので、あまり連続して聴きたくなるようなものではない。

とくに胃にもたれそうなのが、「ストーミー・マンデイ」。

ライブとはいえ、超スローテンポで、12分以上も延々と演奏されると、いいかげんゲンナリしてしまう。

この曲に関しては、迷うことなく、BBやアルバート・キングらのバージョンに軍配を上げたい。

クラプトン氏の、ブルースが好きでたまらないというお気持ちはよくわかるのだが、趣味の押し付けはいかんよな。

自己陶酔する前に、まず観客を楽しませないと。

ちょっと辛口な言い方のようだが、クラプトンの「驕り」のようなものをその1曲に感じたので、あえて書いておく。

やはり、彼の真の面目は、もっと気合いの入った、アップ・テンポのナンバーにこそあるだろう。

たとえば、亡くなる直前のフレディ・キングと共演した、ライブ・バージョンの「ファーザー・オン・アップ・ザ・ロード」(1976)。

「E.C. WAS HERE」に収められたバージョンも名演だが、こちらも負けじと素晴らしい。

「師弟」の、まさに火花を散らすような、熱気にみちた競演が聴けるのだ。

死の間際のフレディの、渾身の名プレイ。

クラプトンを聴くつもりで、結局、本物のブルースをそこにこそ感じてしまった。ちょっと皮肉ではある。

でも、クラプトン自身のプレイももちろん、悪くはない。

ブルースのアルバムとして聴くよりは、やはりクラプトンのアルバムとして聴くべし。

コアなブルース・ファンより、ブルース・ビギナーのかたに聴いていただきたい一枚である。