僕らはみんな生きている♪

生きているから顔がある。花や葉っぱ、酒の肴と独り呑み、ぼっち飯料理、なんちゃって小説みたいなもの…

ケータイ小説「パトスとエロス」⑦

2008年10月13日 | ケータイ小説「パトスと…」
中から肥後の守を取り出すとあっけにとられる辰雄に筆箱を返してよこした。
慌てて取り返そうとするとあいつは肥後の守の刃を開き、見定めるようにわざとらしく眺める。

刃が開いているナイフを奪い取ることはできない。

辰雄は宝物のように大切に扱っているそれがあいつの手に触れただけで嫌だった。見るだけならいつものように我慢すればよい。だがそのままポケットに入れたりしたらどうしようかとどきどきしながら手のひらを差しだしていた 。

「こんなの持って来ていいの」

確かそのようなことを言ったと思う。辰雄は愛用の肥後守を奪われてしまうかもしれないと不安だったが、こいつはそれの価値が分かる奴なのかとほんの少しだけだが嬉しくも思った。
あいつはナイフを開け閉めしたり鞘にある刻印を見つめたりした。いつからそこにいたのか蠅取り蜘蛛があいつの詰襟に付いていて、これから首の方へ上がって行こうか背中へ回ろうか思案しているようにクリクリと小さな体を動かしている。


どかどかと階段を上がってくる足音が聞こえ数人の生徒たちに囲まれて美津子先生がやって来た。美津子先生は音楽の専任教師で芸大出身の秀才、美人で明るい人柄。辰雄の母の話では、ハープが専門でレコードデビューの話しもあったらしいのだが断念し、結局この田舎中学校に赴任することになったらしい。小さい頃の病気が元で今でも少し片足が不自由らしく時折引きずるような歩き方をすることと関係があるのだという。
美津子先生は34歳、未だに独身だがいつもいきいきとしていて5-6歳は若く見られている。当然のことながら生徒全員から愛されていて、いつもわいわいと誰かしらに囲まれているのだが、昔小学校の教師をしていた辰雄の祖母の教え子ということもあり何かにつけて声をかけてくれる。辰雄にとっても中学校でただ一人嫌いでない教師だった。

「あら辰雄君、今日は辰雄君がお当番だったの?それじゃぁ安心ね。辰雄君はいつもきちんとしといてくれるもんね。」
辰雄が美津子先生の笑顔を受け止めている間にあいつは肥後の守を投げるように返し、小走りに去った。








(画像はこちらからお借りしました。http://www.ehamono.com/washiki/higo/)










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