「君は人を殴ったことがあるか?」
そんな書き出しで始まる小説のことを思い出したのは小雨を避けながら歩道橋の下で路線バスを待っていた時だった。
辰雄は目の前を濡れるのを全く気にしないで通り過ぎる自転車の中学生を見て、制服の金ボタンが自分の母校だと思った。
雨に濡れているが、傘のない自分が、誰が何と言ったって傘がないんだから仕方ないじゃないか、と言い訳しても始まらない状況がちょっとカッコイイと感じる、俺にもそんな時があったな、と遠い昔に思いを馳せた。
小説の載っていた本はつい今しがた辰雄が降りる駅なかの書店でぱらぱらと立ち読みしたものでタイトルは忘れたが、有名な作家のものだったような気がする。
中学生から思春期に向かうかなり若い人向けの特集コーナーで、あさのあつこや綿矢りさの隣にあった。
そうだ、俺も人を殴ったことがある。
本気で思いっきりやった。中学2年生の時だ。それが右手だったか左手だったか記憶が曖昧なのは、右利きの辰雄からすれば不自然なのできっと左手で殴ったのだろう。
校舎の裏手でその頃一番親しかった友達の長池と一緒に掃除当番で集めたゴミを焼却炉に捨てて教室に帰る時だったと思う。
長池とは昨日から部活をサボっている山下に下されるであろう監督の厳しい罰についてしゃべっていた。
長池は中学にあがった時から同じバレー部で、今からしてみれば暴力教師の代表のような監督に震え上がりながらほとんど意地だけで続けている部活仲間だ。同じ釜の飯を食う仲というよりは同じ暴君の下でこき使われる奴隷のような連帯感を感じていたものだ。
辰雄と長池が笑いながら足洗い場の水道にさしかかった時、あいつは正面からやってきた。 つづく
そんな書き出しで始まる小説のことを思い出したのは小雨を避けながら歩道橋の下で路線バスを待っていた時だった。
辰雄は目の前を濡れるのを全く気にしないで通り過ぎる自転車の中学生を見て、制服の金ボタンが自分の母校だと思った。
雨に濡れているが、傘のない自分が、誰が何と言ったって傘がないんだから仕方ないじゃないか、と言い訳しても始まらない状況がちょっとカッコイイと感じる、俺にもそんな時があったな、と遠い昔に思いを馳せた。
小説の載っていた本はつい今しがた辰雄が降りる駅なかの書店でぱらぱらと立ち読みしたものでタイトルは忘れたが、有名な作家のものだったような気がする。
中学生から思春期に向かうかなり若い人向けの特集コーナーで、あさのあつこや綿矢りさの隣にあった。
そうだ、俺も人を殴ったことがある。
本気で思いっきりやった。中学2年生の時だ。それが右手だったか左手だったか記憶が曖昧なのは、右利きの辰雄からすれば不自然なのできっと左手で殴ったのだろう。
校舎の裏手でその頃一番親しかった友達の長池と一緒に掃除当番で集めたゴミを焼却炉に捨てて教室に帰る時だったと思う。
長池とは昨日から部活をサボっている山下に下されるであろう監督の厳しい罰についてしゃべっていた。
長池は中学にあがった時から同じバレー部で、今からしてみれば暴力教師の代表のような監督に震え上がりながらほとんど意地だけで続けている部活仲間だ。同じ釜の飯を食う仲というよりは同じ暴君の下でこき使われる奴隷のような連帯感を感じていたものだ。
辰雄と長池が笑いながら足洗い場の水道にさしかかった時、あいつは正面からやってきた。 つづく