自分には夏になれば頻繁に訪れる場所がある、ここは東日本大震災で壊滅的被害があった、陸前高田市広田町である、広田半島は突端に黒崎仙郷の名勝地があり、風光明媚な素晴らしい自然環境がある。
会社の保養施設として20年前に取得した、我が社はお陰さまでいい経営状況を維持しているが、当時はバブルの真っただ中にありこの不動産投資も節税対策の一端として求めた。
なぜここを求めたかはいろいろあるが、過去の津波の被害がここまでは来なかったのが最大の決め手であった、思惑通り今回も津波は免れたが地震での被害はあった。
震災以降は復興インフラ整備の関係で地域は滅茶苦茶に変わって来ている、自分らはよそ者の身であり言うがままに従っているが、自然環境が破壊されるのは忍びない。
今は殆ど誰も利用する施設ではないが、管理人として月に一度は行き来している、今日も草刈りや掃除に訪れた、ダンプカーがひっきりなしに往来するので土ボコリも舞い、室内の汚れも半端じゃない。
訪問して最初に行う事は、海に向かい犠牲者に手を合わせご冥福を祈ってから入館する、ここの一番のおすすめポイントは野鳥の多さである、震災後はめっきり少なくなっていたが、最近少し戻ってきたようだ、広田湾側の施設に隣接している樹木にウグイスが20〜30羽群れていた、ウミツバメも舞う、ヤマガラやシジュウカラも現れる、黒アゲハも目にした、湿地帯も少し蘇生して来た、広葉樹の 木の実も多く、好物の虫が多いという事なんだろう。
夜の満天の星の輝きは盛岡の比ではない、太平洋から上がってくる日の出も最高だ、然し多くの犠牲者を飲み込んだ海である。
戻る道の最短距離は、復興工事が盛んな高田の街を抜け、遠野住田ICから釜石自動車道路に入り、花巻JCTから東北道に移り盛岡自宅まで2時間余り掛かる。今日は奥羽山脈に沈む夕焼け空にも不思議な風景があった。
会社の保養施設として20年前に取得した、我が社はお陰さまでいい経営状況を維持しているが、当時はバブルの真っただ中にありこの不動産投資も節税対策の一端として求めた。
なぜここを求めたかはいろいろあるが、過去の津波の被害がここまでは来なかったのが最大の決め手であった、思惑通り今回も津波は免れたが地震での被害はあった。
震災以降は復興インフラ整備の関係で地域は滅茶苦茶に変わって来ている、自分らはよそ者の身であり言うがままに従っているが、自然環境が破壊されるのは忍びない。
今は殆ど誰も利用する施設ではないが、管理人として月に一度は行き来している、今日も草刈りや掃除に訪れた、ダンプカーがひっきりなしに往来するので土ボコリも舞い、室内の汚れも半端じゃない。
訪問して最初に行う事は、海に向かい犠牲者に手を合わせご冥福を祈ってから入館する、ここの一番のおすすめポイントは野鳥の多さである、震災後はめっきり少なくなっていたが、最近少し戻ってきたようだ、広田湾側の施設に隣接している樹木にウグイスが20〜30羽群れていた、ウミツバメも舞う、ヤマガラやシジュウカラも現れる、黒アゲハも目にした、湿地帯も少し蘇生して来た、広葉樹の 木の実も多く、好物の虫が多いという事なんだろう。
夜の満天の星の輝きは盛岡の比ではない、太平洋から上がってくる日の出も最高だ、然し多くの犠牲者を飲み込んだ海である。
戻る道の最短距離は、復興工事が盛んな高田の街を抜け、遠野住田ICから釜石自動車道路に入り、花巻JCTから東北道に移り盛岡自宅まで2時間余り掛かる。今日は奥羽山脈に沈む夕焼け空にも不思議な風景があった。
=おわり=