日曜日
うなぎが食べたくなって、さいたま市浦和の満寿屋に、

近所の涼風(ラフと読みのだ)でお茶とお菓子



軽井沢のようだ、埼玉とは思えない、
浦和駅前から志木駅行きのバスに乗って志木市役所で降りる、
建築事務所がすごい表情で現れる、


保存家屋



明治十年からの薬種問屋 旧村山快さい堂の建物がある、ヤセ騎士(ナイト)さんほかのボランテイアさんが細かく説明してくださる、ここで売っていた漢方薬(中風の薬など)は、昭和40年ごろ3500円した(初任給2万円の時代)、





このあたりは先日の水害の被害にはあっていないが、50キロくらい離れているだけだ、この市役所の建物も一階は駐車場兼洪水の一時排水場になっている、

東横線特急が直通する志木からは簡単に戻ることが出来る、うちの近所では美しい彩雲が見られた。
うなぎが食べたくなって、さいたま市浦和の満寿屋に、

近所の涼風(ラフと読みのだ)でお茶とお菓子



軽井沢のようだ、埼玉とは思えない、
浦和駅前から志木駅行きのバスに乗って志木市役所で降りる、
建築事務所がすごい表情で現れる、


保存家屋



明治十年からの薬種問屋 旧村山快さい堂の建物がある、ヤセ騎士(ナイト)さんほかのボランテイアさんが細かく説明してくださる、ここで売っていた漢方薬(中風の薬など)は、昭和40年ごろ3500円した(初任給2万円の時代)、





このあたりは先日の水害の被害にはあっていないが、50キロくらい離れているだけだ、この市役所の建物も一階は駐車場兼洪水の一時排水場になっている、

東横線特急が直通する志木からは簡単に戻ることが出来る、うちの近所では美しい彩雲が見られた。