私は、自分で料理をするのは好きで、料理が趣味といってもいいが、グルメには興味がない。
テレビでグルメレポーターが、肉などを食って「口の中でとろけますねえ~」といっているのを見ると、とろけちまったら味なんかわからないでしょうに、と毒づくほど、グルメに関しては、貧しい感覚しか持っていない。
これは、矛盾しているかもしれないが、私は、人のために美味いものを作りたいという気持ちはあるが、自分が美味いものを食いたいという欲求は、まったくない。
仕事が忙しいときは、食いたいという欲求がまったく湧き上がってこない。
仕事が無事終了しても、食い気よりも眠気の方が強くて、気がついたら30時間以上食っていなかった、ということもある。
そんなことを2日前の同業者との飲み会で言ったら、「精神が貧しいからじゃないですか」と言われた。
それを否定するつもりはない。
自分でも全ての分野で、貧しいと思っている。
話は、それに多少関連するが、世の中には、似非グルメという人たちがいる。
今回の同業者との飲み会にも、そのタイプの人がいた。
居酒屋のチェーン店で飲み食いしたのだが、一つ一つの食い物に対して、必ずウンチクと評価が入るのである。
私は、世の中には、美味い食い物と不味い食い物しかないと思ってるので、感想は、マズい、ウマいで十分だと思う。
だから、彼の毎度のウンチクを耳をシャットアウトして聞き流した。
ご近所のテーブルに座っている人の会話に耳を傾けたり、従業員のキビキビした働きっぷりに見とれたりして、意識を違う方に向かわせながら、ジョッキを傾け、揚げギョーザを食った。
しかし、そのとき、「そんなに言うんなら、お前が作ってみろよ!」という怒鳴り声が聞こえたのである。
同業者の中でも、とびきり血の気の多い男が、ウンチク王に対して、大声でクレームをつけたようだ。
彼が美味いと思っていた料理をウンチク王にけなされて、逆上したようである。
たかが酒の席でのウンチクだ。
まともに受け取ることもなかろう。
適当に流しておけば、ウンチク王も、いつかは飽きる。
ウンチクを得意げに語るのは彼の趣味なのだから、その趣味を否定するのは大人気ない行為である、と私などは思うのだが、世の中には、この程度のことでも我慢できない人がいる。
そして、怒鳴る。
しかも、「お前が作ってみろよ!」などと、了見の狭いことを言って、恥ずかしいとも思わない、その性質。
場が、一気に白けたのは、当たり前だといえる。
言うべきではないと思ったが、言わせてもらった。
それは、まったく理屈に合わない言葉ですよ。
彼は、今は「食べる人、飲む人」で、「作る人」ではない。
彼は、金を払って、プロの料理を食いに来たのです。
金を払う以上、不味かったら「マズい」という権利が、彼にはあります。
それに対して、金を取る料理屋は、金を取った以上、美味い料理を提供する義務がある。
他の人が「美味い」と言っても、彼が「不味い」と感じたら、それは彼にとって不味い料理なのでしょう。
あなたが「美味い」と思う料理と彼が「美味い」と思う料理が、同じである必要はない。
彼が彼の味覚で「不味い」といったなら、それは彼にとっては、正解なのですよ。
そして、あなたが「美味い」という感想も正解なのです。
それを飛躍させて、「お前が作ってみろよ」と言うのは、物事の本質が全く異なる話です。
彼は、いま客として店に来ている。
だから、彼が料理を作る必要は、どこにもありません。
たとえば、贔屓の野球チームが、けなされた。
サッカーチームが、けなされた。
大好きなアイドルグループが、けなされた。
支持している政治家が、無能だと言われた。
じゃあ、おまえ、やってみろよ!
その言葉は、世の中で一番陳腐な「殺し文句」です。
あまりに感情的で、みっともない言葉だ。
というようなことを言ったら・・・・・。
私は、みんなの賛同を得られると思っていたのだが、「Mさん、そこまで言わなくてもいいんじゃないですか。これが彼の性格なんだから、真面目に反論することないですよ」と言われた。
小さくうなずく、みんなの顔。
ようするに、場を白けさせたのは、彼ではなくて、俺だった・・・・・というお話でした。
テレビでグルメレポーターが、肉などを食って「口の中でとろけますねえ~」といっているのを見ると、とろけちまったら味なんかわからないでしょうに、と毒づくほど、グルメに関しては、貧しい感覚しか持っていない。
これは、矛盾しているかもしれないが、私は、人のために美味いものを作りたいという気持ちはあるが、自分が美味いものを食いたいという欲求は、まったくない。
仕事が忙しいときは、食いたいという欲求がまったく湧き上がってこない。
仕事が無事終了しても、食い気よりも眠気の方が強くて、気がついたら30時間以上食っていなかった、ということもある。
そんなことを2日前の同業者との飲み会で言ったら、「精神が貧しいからじゃないですか」と言われた。
それを否定するつもりはない。
自分でも全ての分野で、貧しいと思っている。
話は、それに多少関連するが、世の中には、似非グルメという人たちがいる。
今回の同業者との飲み会にも、そのタイプの人がいた。
居酒屋のチェーン店で飲み食いしたのだが、一つ一つの食い物に対して、必ずウンチクと評価が入るのである。
私は、世の中には、美味い食い物と不味い食い物しかないと思ってるので、感想は、マズい、ウマいで十分だと思う。
だから、彼の毎度のウンチクを耳をシャットアウトして聞き流した。
ご近所のテーブルに座っている人の会話に耳を傾けたり、従業員のキビキビした働きっぷりに見とれたりして、意識を違う方に向かわせながら、ジョッキを傾け、揚げギョーザを食った。
しかし、そのとき、「そんなに言うんなら、お前が作ってみろよ!」という怒鳴り声が聞こえたのである。
同業者の中でも、とびきり血の気の多い男が、ウンチク王に対して、大声でクレームをつけたようだ。
彼が美味いと思っていた料理をウンチク王にけなされて、逆上したようである。
たかが酒の席でのウンチクだ。
まともに受け取ることもなかろう。
適当に流しておけば、ウンチク王も、いつかは飽きる。
ウンチクを得意げに語るのは彼の趣味なのだから、その趣味を否定するのは大人気ない行為である、と私などは思うのだが、世の中には、この程度のことでも我慢できない人がいる。
そして、怒鳴る。
しかも、「お前が作ってみろよ!」などと、了見の狭いことを言って、恥ずかしいとも思わない、その性質。
場が、一気に白けたのは、当たり前だといえる。
言うべきではないと思ったが、言わせてもらった。
それは、まったく理屈に合わない言葉ですよ。
彼は、今は「食べる人、飲む人」で、「作る人」ではない。
彼は、金を払って、プロの料理を食いに来たのです。
金を払う以上、不味かったら「マズい」という権利が、彼にはあります。
それに対して、金を取る料理屋は、金を取った以上、美味い料理を提供する義務がある。
他の人が「美味い」と言っても、彼が「不味い」と感じたら、それは彼にとって不味い料理なのでしょう。
あなたが「美味い」と思う料理と彼が「美味い」と思う料理が、同じである必要はない。
彼が彼の味覚で「不味い」といったなら、それは彼にとっては、正解なのですよ。
そして、あなたが「美味い」という感想も正解なのです。
それを飛躍させて、「お前が作ってみろよ」と言うのは、物事の本質が全く異なる話です。
彼は、いま客として店に来ている。
だから、彼が料理を作る必要は、どこにもありません。
たとえば、贔屓の野球チームが、けなされた。
サッカーチームが、けなされた。
大好きなアイドルグループが、けなされた。
支持している政治家が、無能だと言われた。
じゃあ、おまえ、やってみろよ!
その言葉は、世の中で一番陳腐な「殺し文句」です。
あまりに感情的で、みっともない言葉だ。
というようなことを言ったら・・・・・。
私は、みんなの賛同を得られると思っていたのだが、「Mさん、そこまで言わなくてもいいんじゃないですか。これが彼の性格なんだから、真面目に反論することないですよ」と言われた。
小さくうなずく、みんなの顔。
ようするに、場を白けさせたのは、彼ではなくて、俺だった・・・・・というお話でした。