残念なことを書かねばならない。
ただ、後半は希望にあふれている。
今年の5月末、娘が彼氏と別れた。
形としては、煮えきらない彼に嫌気がさしたというところだろうか。
大手電機メーカーに勤める彼は、去年の10月にヴェトナム赴任の辞令を受けた。彼にとって、一番好ましい辞令だった。なぜなら、彼の血には、ヴェトナム人の血が4分の1混じっていたからだ。
父方の祖母が、ヴェトナムだった。祖母にヴエトナムの話を子どもの頃、よく聞かされた。決していい話ばかりではなかったが、祖母から「ヴェトナム人は、誠実で働き者なんだよ」ということを聞かされていた。
「ただ日本人はヴェトナムの子をスケべな目でしか見ないけどね」「日本人は、金を持つと卑しくなるね。あんたは、そうなっちゃダメだよ」
大好きな祖母の国、ヴェトナムで働ける。それは、彼のモチベーションを確実にあげた。
しかし、ここでご存知のように、新型コロナが、世界中で猛威をふるい始めたのだ。
3月の終わり、彼は海外赴任の中止を言い渡された。延期ではなく中止だ。
上がっていたモチベーションが一気に下がった。
愛する祖母の国、ヴェトナムが遠ざかった。
4月から、仕事は在宅ワークに変わった。一時的ではなく、半永久的な在宅ワークだという。
そのことも彼からやる気を奪った。飼い殺しにされている気がした。まさに陰陰滅滅。
娘は、LINEで幾度か励ましたが、時に返事が返ってこないこともあった。既読さえつかない。
電話も2回に1回くらいしか繋がらない。どこかで会って話をしたいが、店は休業中。では、公園で、と提案すると、「自粛警察が怖いから嫌だ」。
駄々っ子である。
娘の決断は早かった。
「支えようと思ってもそれを拒むなら、私がいる意味はないよね」
5月の末に別れた。これをコロナ破局というのか。
その後、娘は私の前では明るく振る舞っていたが、夜になるとときどき部屋から嗚咽が漏れることもあった。
初めての別れ。平気なわけがない。
日曜日になると娘の大好きなハリーポッターを一緒に見た。そのときは、見終わると幼稚園児のときの無邪気な笑顔になった。
ハリーポッターは、やっぱり、魔法が使えるんだな。娘をこんなにも無邪気にしてくれるのだから。
そして、ときは今。
ダンスしながら、私の前を通るとき、屁をぶっ放す恒例行事も戻ってきた。
娘は、自然な笑顔を取り戻した。
その理由ですか、聞きたいですか。でも、聞くと不愉快な思いをされる方も多くいるかもしれない。
世の中には、人の幸せを妬む人が、少なからずいる。
だから、なるべく妬まれない書き方をしたい。
8月初め、原宿のテラス席のあるカフェで、娘は高校時代のお友だちと会っていた。ただ、2人だけではない。お友だちのお兄さんが、一緒だった。
お兄さんは、T大卒。日本最大手の通信会社に勤めていた。エリートだよね。
さらにもう一人いた。お兄さんの同僚のワセダ君だ。ワセダ君と言っても、彼はW大出身ではない。K大卒だ。新宿早稲田に住んでいるので、ワセダ君と呼んでいた。彼もエリートだよね。
娘は「これって合コンなのか」とお友だちに目配せした。
お友だちは、「食事会ズラ」と答えた。お友だちの兄が、咄嗟に髪に手を当てた。
ヅラなのだろうか?
ラインの交換をした。
その2日後、早速ワセダ君からLINEが来た。「僕仕事が終わったので、今からドライブしませんか。8時半までに家まで送りますので」。午後6時過ぎ、娘も帰り支度をするところだった。
いきなり来たのか、と思ったが、ドライブくらいならいいと思った。ワセダ君と娘の会社は近い。車で10分もかからない距離だ。
駅までの道をゆっくり歩いていると、声をかけられた。「夏帆さん、乗ってください」。
車はアウディだった。さすがエリート、外車かよ。
「あ、もし喉が渇いていたら、後ろのクーラーボックスに飲み物が入っていますから、お好きなものを」
とてもおっとりした話し方をする人だった。風貌は素朴そのもの。性格は朴訥。着ているスーツもエリート気取りが着るような外国製ではなく、どこにでもあるようなものだった。青山か青木かな。
運転も慎重だった。おそらく煽り運転はしないタイプだ。ハンドルを握ると性格が豹変するバカでもない。
下り方面の道は空いていた。その道を法定速度を守りながら運転した。
そして、聞きもしないのに、自分のプロフィールを語り始めた。
K大卒。30歳。大学時代はボート部に所属していた。そして、卒業後は、最大手通信会社に勤務。家族構成は、祖母と両親、弟夫婦だという。
実家は、東京小平。ここに二世帯住宅を建てて暮らしていた。だが、昨年の9月、部署が変わったので、彼は東京早稲田のマンションに移った。その方が通勤が楽だからだ。
マンションは高級マンションではなく普通の賃貸マンションだという。1DK。食事は作らない。休日などは、昼はカップラーメン、夜はコンビニ弁当で済ますらしい。ちなみに平日の朝昼は、会社の社員食堂。夜は、カップラーメンかコンビニ弁当。
本当に、エリートか。
趣味は、ドライブとカヌー、1人キャンプ。
「基本的に1人が好きなんです」
その日は、約束通り8時20分ごろ家まで送ってくれた。
早速、夜寝る前にドライブデートのことを娘から聞いた。
で、次のデートは?
「LINEをくれるってさ」
おっとりしたエリートか。出世争いは厳しいかもな。
「でも、人間の価値はそれだけじゃない。何を成し遂げたかだ。それは、いつもおまえが言っているじゃないか」
俺、そんな格好のいいこと言ったかなあ。
事態は、そのあと急転直下で進んだ。
2回目のドライブデートのあと、「今度の日曜日に実家に遊びに来ませんか」と誘われた。
でも、「こここ心の準備が」と断ろうかと思ったが、「僕の弟は、実家の近くでステーキ店を経営しているんですよ。他では食べられない極上のステーキを振る舞いますよ」と言われて、気が変わった。
最近、娘は急速に肉好きになったのだ。サムギョプサルやチーズタッカルビは2人前食うし、しゃぶしゃぶも相当食う。
日曜日、ご訪問した。
想像の2倍くらいでかい家だった。玄関が十畳くらいの広さだった。正面にでかい水槽があって、色とりどりの魚が気持ちよさそうに泳いでいた。それを見て、和んだ。
ご挨拶がわりに有名どころのシフォンケーキを渡した。シフォンケーキは、おばあちゃんの大好物だと教えてくれたからだ。
リビングに案内されると、弟がすでに業務用の鉄板でステーキを焼いていた。「毎度、いらっしゃい」と挨拶された。
面白い家族の予感。
7人で同時にステーキを食べた。テーブルは、アクリル板で仕切られていた。感染症対策は万全だ。さすがプロ。
ステーキが美味すぎて、いつもは食べないクレソンまで食べた。気がついたら、誰よりも早く完食していた。
ワセダ君の弟が、「感激だなあ、こんなにも美味しそうに食べた人は、常連のお客さんにもいませんよ。料理人冥利につきます」と言って、立ち上がって頭を下げた。
娘も立ち上がって、「とても美味しかったです。御招待客冥利につきます」と言って、頭を下げたら、みんな拍手をしてくれた。
つかみはOK。
そのあと、家のまわりを案内してもらった。
家の隣には、車が5台は格納できそうなガレージがあった。
中を見せてもらうと、ベンツとフォルクスワーゲン・ポロ、あとは本格的なキャンピングカーだった。
夢でも見たことのない車がいっぱい。
「息子は、このキャンピングカーを使って、いつも1人キャンプをしているんですよ」とお父さんがおっとりと説明してくれた。
「贅沢過ぎますねえ」と言ったら、おばあちゃんに大受けした。
そのあとは畑。畑は3面あった。どれも野菜を栽培していた。
トマト、ナス、キュウリ、トウモロコシ、ジャガイモ、大根、チンゲンサイ、空芯菜など。
半分自給自足だそうだ。
とれたて野菜をたくさんお土産にもらって、その日はお開きになった。
「また来なさいよ。絶対に来なさいよ。楽しみにしているから」とおばあちゃんが、涙ぐみながら両手を握った。
帰りもワセダ君に送ってもらった。
そのときワセダ君が、予期せぬことを言った。「来週の日曜日、ご家族に会わせてもらいたいんですけど」
「えー! だってうちのお父さん、変だよ。会わないほうがいいよ」
そうです、私が変なお父さんです。ダッフンダ!
次の日曜日、ワセダ君が我が家にやってくる。
少しでもいいお父さんのふりをした方がいいのだろうか。
いつも着ている地味な甚平で出迎えた方がいいのか。
それとも目がチカチカするような色の甚平をヨメに作ってもらった方がいいのか。
あるいは、ジンベイザメの着ぐるみで出迎えるべきか。
悩んでいる。
ぜひ いつものお父さんで!
ジンベイザメの着ぐるみ1択しかありますまい。
教養が高い人程ユーモアを解せるのですから。👍✨
何時もハイセンスなブログありがとうございます。
元気頂いてます。🙋♀️