アンビリーバボーなのか、ただの偶然なのか。
大学時代の友人との不思議な付き合いを。
彼、ノナカとは、大学1年のとき、同じクラスになって親友になった。
彼との最初の出会いは、まったくおバカを絵に描いたようなものだった。
私は大学で、第2外国語として「フランス語」を選択していた。
初めてのフランス語の授業を受けるため、講義室に入って待っていると、ヒョロッとしたヘチマ顔の男が隣の席に座った。
横目で見てみると、彼は隣で「フランス語」の教科書を広げて、左脇に辞書を置いていた。
その時、私も同じように教科書の左脇に辞書を置いていたから、「ああ、同じか」と単純な感想を持った。
そして、このヘチマ顔が同じクラスなら、俺が一番先にあだ名を付けてやろう、と思った。
ヘチマ。
これで決まりだ、と思って心の中でニヤついているとき、講師が入ってきた。
講師は、黒板にいきなり字を書き始めた。
漢詩らしい、というのはわかった。
そして、講師は、それを本格的な中国語で読み始めた。
この人、中国人か。中国人が「フランス語」を教えるのか。
そう思っていると、講師が思いがけないことを言った。
「中国語は、日本人にとって大変なじみ深いものです。そして、漢字のルーツですから、習得することは決して難しくありません。この一年間、楽しみながら一緒に学びましょう」
中国語!
隣のヘチマと同じタイミングで顔を見合わせた。
真正面で見ると、さらにヘチマに似ている(?)。
「ここ、何号室?」
「842号室だよね」
「そうだよな、間違いないよな」
その会話を聞いていた後ろの女の子が、小さい声で「852」。
階を間違えたのだ。
私とヘチマは、慌てて教室を飛び出した。
教室の表示板を見ると、確かに「852」となっていた。
二人揃って、教室を間違えるなんて、なんておバカなふたり。
これが二人の出会いだった。
ヘチマ、いや、ノナカと私は、性格はあまり似ていない。
彼は、薄っぺらい顔から受ける印象と違って、皮肉屋で、言葉に鋭いトゲを持っていた。
愚かな人間が我慢できないタイプだ。
おそらく、頭が良すぎるせいだろう。
評論家になったら、さぞ舌鋒鋭く攻撃するタイプになったに違いない。
彼は今、故郷の仙台で塾を経営し、街の名士になっている。
しかし、性格は違っても、どこかで繋がっているのではないかと思うほど、彼と私は波長が合う。
大学2年の春、友人3人と京都に旅行したときのことだ。
西本願寺の境内を歩いていると、庭園の池のそばに見覚えのある顔を見つけた。
間抜けなヘチマ顔で、口笛を吹いている男。
ノナカだった。
お互い、春に京都を旅するとは言っていなかったが、偶然にも出くわしてしまったのだ。
さらに、その夏、陸上部の合宿が終わって、友人3人と合宿の疲れを落とそうと「妻籠・馬込宿」に寄った。
そこの「梅の家」という民宿に泊まったのだが、食堂で夕食をとろうとしたとき、入口寄りのテーブルにヘチマがいたのだ。
このときも、お互い「妻籠・馬込宿」に行くとは、ひとことも言っていなかった。
まだまだ偶然がある。
これも大学時代だが、銀座の「ニュートーキョー」で皿洗いのバイトを募集していたとき、面接会場にヘチマ顔があった。
社会人になってから、お互い勤めている会社は全く違う場所なのに、昼間、銀座の旭屋書店の同じコーナーで出くわしたこともあった。
そして、極めつけは、これだろう。
25、6歳の頃、私とノナカは、たまに駒沢公園でジョギングをすることがあった。
駒沢公園のジョギングコースを5周走ったあとで、いつもクーリングダウン(心拍数を緩やかに落とす)のため、サイクリングをした。
駒沢公園のサイクリングロードを、自由自在にペースを変えながら漕いでいたときのことだ。
4周目だったと思う。
坂道のちょっとした勾配。全く同時に、二人の漕ぐ自転車のチェーンが切れたのだ。
「うわぉっと!」
掛け声まで一緒だった。
これは、偶然としてはかなり高度な偶然だろう。
自転車を買った時期が違って、メーカーも違うのに、全く同じ時間にチェーンが切れるなんて、かなりレアな偶然に違いない。
お互いの息子が全く同じ時期におたふく風邪に罹ったこともあった。
5年前に、ノナカは胃に腫瘍ができて、胃の3分の2を切除する手術を受けた。
そのときは、偶然は働かず、私の胃に変化は起きなかった。
これは似なくてよかったことの一つだ。
ただ、先週末ノナカが仙台から東京に出てきた日のことである。
私は激辛カレーを食ったあとで10年ぶりに鼻血を出した。
たいした鼻血ではなかったが、上着が少し汚れた。
そのとき、ノナカから電話があった。
「なあ、鼻血を止めるにはどうしたらいい?」
激辛カレーではなく激辛ラーメンを食って鼻血を出したらしいのだ。
私は、右の鼻の穴にディッシュを詰め、右手で小鼻を押さえながら言った。
あるったけのティッシュを鼻に詰めて、息を止めて待て。
「息を止めるのか? どれくらい止めればいいんだ?」
死ぬ寸前までだ。
「わかった。やってみる」
15分後に、ノナカから電話があった。
「止まったよ。本当に息を止めると止まるんだな。助かったよ」
どうやら、馬鹿のレベルは違っていたようだ。
大学時代の友人との不思議な付き合いを。
彼、ノナカとは、大学1年のとき、同じクラスになって親友になった。
彼との最初の出会いは、まったくおバカを絵に描いたようなものだった。
私は大学で、第2外国語として「フランス語」を選択していた。
初めてのフランス語の授業を受けるため、講義室に入って待っていると、ヒョロッとしたヘチマ顔の男が隣の席に座った。
横目で見てみると、彼は隣で「フランス語」の教科書を広げて、左脇に辞書を置いていた。
その時、私も同じように教科書の左脇に辞書を置いていたから、「ああ、同じか」と単純な感想を持った。
そして、このヘチマ顔が同じクラスなら、俺が一番先にあだ名を付けてやろう、と思った。
ヘチマ。
これで決まりだ、と思って心の中でニヤついているとき、講師が入ってきた。
講師は、黒板にいきなり字を書き始めた。
漢詩らしい、というのはわかった。
そして、講師は、それを本格的な中国語で読み始めた。
この人、中国人か。中国人が「フランス語」を教えるのか。
そう思っていると、講師が思いがけないことを言った。
「中国語は、日本人にとって大変なじみ深いものです。そして、漢字のルーツですから、習得することは決して難しくありません。この一年間、楽しみながら一緒に学びましょう」
中国語!
隣のヘチマと同じタイミングで顔を見合わせた。
真正面で見ると、さらにヘチマに似ている(?)。
「ここ、何号室?」
「842号室だよね」
「そうだよな、間違いないよな」
その会話を聞いていた後ろの女の子が、小さい声で「852」。
階を間違えたのだ。
私とヘチマは、慌てて教室を飛び出した。
教室の表示板を見ると、確かに「852」となっていた。
二人揃って、教室を間違えるなんて、なんておバカなふたり。
これが二人の出会いだった。
ヘチマ、いや、ノナカと私は、性格はあまり似ていない。
彼は、薄っぺらい顔から受ける印象と違って、皮肉屋で、言葉に鋭いトゲを持っていた。
愚かな人間が我慢できないタイプだ。
おそらく、頭が良すぎるせいだろう。
評論家になったら、さぞ舌鋒鋭く攻撃するタイプになったに違いない。
彼は今、故郷の仙台で塾を経営し、街の名士になっている。
しかし、性格は違っても、どこかで繋がっているのではないかと思うほど、彼と私は波長が合う。
大学2年の春、友人3人と京都に旅行したときのことだ。
西本願寺の境内を歩いていると、庭園の池のそばに見覚えのある顔を見つけた。
間抜けなヘチマ顔で、口笛を吹いている男。
ノナカだった。
お互い、春に京都を旅するとは言っていなかったが、偶然にも出くわしてしまったのだ。
さらに、その夏、陸上部の合宿が終わって、友人3人と合宿の疲れを落とそうと「妻籠・馬込宿」に寄った。
そこの「梅の家」という民宿に泊まったのだが、食堂で夕食をとろうとしたとき、入口寄りのテーブルにヘチマがいたのだ。
このときも、お互い「妻籠・馬込宿」に行くとは、ひとことも言っていなかった。
まだまだ偶然がある。
これも大学時代だが、銀座の「ニュートーキョー」で皿洗いのバイトを募集していたとき、面接会場にヘチマ顔があった。
社会人になってから、お互い勤めている会社は全く違う場所なのに、昼間、銀座の旭屋書店の同じコーナーで出くわしたこともあった。
そして、極めつけは、これだろう。
25、6歳の頃、私とノナカは、たまに駒沢公園でジョギングをすることがあった。
駒沢公園のジョギングコースを5周走ったあとで、いつもクーリングダウン(心拍数を緩やかに落とす)のため、サイクリングをした。
駒沢公園のサイクリングロードを、自由自在にペースを変えながら漕いでいたときのことだ。
4周目だったと思う。
坂道のちょっとした勾配。全く同時に、二人の漕ぐ自転車のチェーンが切れたのだ。
「うわぉっと!」
掛け声まで一緒だった。
これは、偶然としてはかなり高度な偶然だろう。
自転車を買った時期が違って、メーカーも違うのに、全く同じ時間にチェーンが切れるなんて、かなりレアな偶然に違いない。
お互いの息子が全く同じ時期におたふく風邪に罹ったこともあった。
5年前に、ノナカは胃に腫瘍ができて、胃の3分の2を切除する手術を受けた。
そのときは、偶然は働かず、私の胃に変化は起きなかった。
これは似なくてよかったことの一つだ。
ただ、先週末ノナカが仙台から東京に出てきた日のことである。
私は激辛カレーを食ったあとで10年ぶりに鼻血を出した。
たいした鼻血ではなかったが、上着が少し汚れた。
そのとき、ノナカから電話があった。
「なあ、鼻血を止めるにはどうしたらいい?」
激辛カレーではなく激辛ラーメンを食って鼻血を出したらしいのだ。
私は、右の鼻の穴にディッシュを詰め、右手で小鼻を押さえながら言った。
あるったけのティッシュを鼻に詰めて、息を止めて待て。
「息を止めるのか? どれくらい止めればいいんだ?」
死ぬ寸前までだ。
「わかった。やってみる」
15分後に、ノナカから電話があった。
「止まったよ。本当に息を止めると止まるんだな。助かったよ」
どうやら、馬鹿のレベルは違っていたようだ。