昨日、娘と話した。
私が20代の頃の写真を見せたのだ。
ヨメと函館に旅行したときの写真だ。
函館山で、夜景をバックにしたときの写真。
娘に言われた。
「おまえ、悪い方に顔をいじっただろ。随分イケメンだったじゃないか」
このときは、真田広之に似てるとあっちこっちから言われていたからな。
「しかし、不思議だよな。真田広之は今も真田広之のまま歳をとったけど、なんでおまえは高田純次になったんだ」
それは、私が高田純次師匠を尊敬しているからだろうな。人は尊敬する人に顔が似るって言うからな」
however だがしかし、人は顔ではない、ルックスだ。Mistake 間違えた、Pigeon 鳩だ No ハートだ。
「相変らず troublesome 面倒くさい男だな」
君もな。
いきなりだが、私はハートのカッコいい男を2人知っている。
もう25年前くらいのことだ。会社勤めをしていた私は、京都への出張を命じられた。しかし、真冬だった。名古屋から関ヶ原あたりに大雪が降って、新幹線が遅れた。
普段走るはずの新幹線ダイヤが間引かれたのである。私の古い記憶では、3本に1本くらいの割合で間引かれたと思う。
ただ、幸運にも、私が乗る予定の新幹線は間引かれなかった。but しかし、予定時刻が来ても走り出す気配はなく、私は待合室で発車時間まで待つことを強いられた。
待合室には、多くの人が待っていた。ほとんどの人は、大人しく待っていた。
しかし、待てない人もいた。
私の前に座っていたサラリーマンだ。2人いたのだが、そのうちの1人が、ワンカップの日本酒を飲んで、出来上がっていた。
「なんで、雪なんかで遅れるんだよ。自由席で帰るなんて最悪じゃないか。指定席とったのになんで自由席なんだよ」
「しょうがないだろ。大雪は自然現象だから、不可抗力だ。文句を言っても仕方がない。気長に待とうぜ」と同僚らしき人が正当なことを言った。
しかし、待てない男は、「俺は待つのが大っ嫌いなんだよ」とワンカップを握り締めながら、髪の毛を掻き回した。
私は、自分が乗る新幹線が決まっているので、余裕の表情で、待合室を見渡した。
ひと通り見渡したあと、目の前の酔っ払いと零コンマ5秒目が合った。
零コンマ5秒は、目があったと言えるのかどうかわからないが、相手は反応したのである。
「あんた、俺をバカにしただろ」
まあ、バカにしてましたげどね。日本酒一杯で酔えるなんて安い体だねとは思ったが、声には出さなかった。
それに、当時私は東急東横線沿線のボクシングジムに通っていたから、自分が無敵だという幻想を抱いていた。
それが、態度に出ていたのかもしれない。
「ふざけんなよ、俺がこんなに我慢してんのに、おまえ、なに笑ってるんだよ」
笑ってはいませんけどね。たった、零コンマ5秒目が合っただけで、因縁つけるおまえは、何様? と思っただけですよ。
そのとき、想定外なことに、男は突然飲み干したカップ酒の瓶を私に投げつけようとしたのである。
それを体に受けたら間違いなく私は何らかの怪我を負っただろう。
しかし、その男の右手を掴んだ人がいた。
右手で男の手を掴み、左手で男の肩を押して、男の自由を奪った男。
すぐにわかった。青島幸男氏だった。
おそらく東京都知事になる前の参議院議員の頃の青島氏だ。
「ボクは『青島だあ』の青島だ。もしJR東の運営に文句があるなら、ボクの事務所に来て文句を言ってください。ボクがJR東に言いますから」と言って、酔っ払い男のスーツのポケットに名刺を落とし込んだ。
男は、途中で相手が青島幸男氏だとわかったらしく、おとなしく青島氏の意見を受け入れた。
普通は、政治家なら、鉄道会社に権利を主張すれば、新幹線のグリーン車の座席を取ることは、簡単だったろう。待合室もVIPルームを利用できたに違いない。
しかし、青島氏は、その特権を利用せずに、一般人と同じように普通の待合室で列車を待ち、当たり前のように、列車の発車を待っていたのである。
カッコいいな、と思った。
こんな男になりたいな、と思った
10年以上前のことだ。
中目黒の同業者の機械の調子が悪いというSOSを受けた私は、中目黒に向かった。
機械は20分もかからずに、正常に稼働した。
そのあと、私は、中目黒から、渋谷まで歩いて帰った。中目黒育ちの私は、いつも渋谷まで歩いて行った。
渋谷までのルートは幾種類もあった。このときは、代官山から南平台を通り、大坂上から246を通り、渋谷に下る道を選んだ。
南平台の信号のない横断歩道。
そのときは、強風がふいていた。
その横断歩道を手押し車を押した80前後のお婆さんが歩いていた。風に飛ばれそうな華奢なお婆さんだった。
横断歩道の半分まで、やっと到達した。しかし、その足取りは、どう見ても弱々しく思えた。
これは、俺の出番かな、俺が背負わないといけないかな、と思った。
だが、そのとき、タクシーが止まったのだ。
そのタクシーから男が、飛び出してきたのである。
安岡力也氏だった。
安岡氏は、すぐにお婆さんを右手で抱え、左手で手押し車を持ち、強風からおばあさんを守るように、横に歩いて、横断歩道を渡った。
そして、渡ったあと、「婆ちゃん、家はどこだい?」と聞いた。
「すぐそこだから」とお婆さん。
「本当は送ってあげたいけど、俺、急いでいるんだよね。ゴメンね」
安岡氏は、走ってタクシーに戻って行った。
そして、タクシーの後ろで待っていた車に向かって、安岡氏は、2度深く頭を下げた。
強くて優しい男。
その姿を見て、カッコいいな、と思った。
そのときまで、安岡力也氏は、私の苦手なタイプだったが、そのときから、安岡氏は私のヒーローになった。
あんな男になりたいと思った。
話は変わって、昨日の昼のことだった。
三鷹駅の中央総武線のホームを歩いていたら、80前後の男の老人が歩いている場面に遭遇した。
ご老人は、ビニール傘を右手に持ち、それを竹刀のように構えて、傘の先端を細かく振りながら「おい! おい! どけ!」と大声で言いながらホームを歩いていたのである。
実は、3週間前も新宿の中央総武線のホームで、ご老人を見かけたことがあった。
そのときも、ご老人は同じようにビニール傘を振っていた。
危ないではないか。ビニール傘の高さは、子どもの顔の位置と同じくらいだ。無闇に振り回したら、事故が起こる可能性がある。
ご老人には失礼かもしれないが、いったい、どんな人生を歩んだら、こんな老人になるのだろうか、と思った。
「俺は、こんな老人にはなりたくない」と娘に言った。
しかし、娘は言ったのだ。
「おまえは、青島幸男より、そのジイさんの方に近いな。自分のののの立ち位置を把握したほうが良いぞ」
はい、いま把握しました。
気をつけまっす。